犠打・送りバントは有効なのか?それとも 無効なのか?

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10 /27 2015


あるレギュラーシーズンの得点期待値を比較すると、下記のようになっており犠打はナンセンスという話はすっかりお馴染みです。

無死一塁の得点期待値 0.81
一死二塁の得点期待値 0.67

バントで2塁へ送った方が得点期待値が低ければ犠打はやるだけ無駄と結論されます。まして成功率100%ですらない犠打は有効どころかむしろ、完全に非効率的な戦術であり時代遅れの遺物のように捉える方も多いです。しかしこの得点期待値はあくまで平均的な投手と平均的な打者が想定された得点テーブルに過ぎません。

ERAで言えば4.00を切るレベルの投手が投げる場合と言ってもいいでしょう。ペナントでは投手は「シーズンを通してローテを維持することが大事であり、チームに勝つためのチャンスを作るのが自分の仕事であり、クオリティスタートであれば一応の及第点」と多くの投手は考えています。しかし短期決戦では強いチームの3番手までの優れた投手が、「試合に勝つために1点も与えないことが自分の使命」としてギアを一段階上げて投げ込んできます。短期決戦では想定される投手のERAは下がることは必定であり、まして終盤のクローザーが出てくるシーンともなればERAは2.00前後になります。つまり犠打を否定しているペナントの得点期待値のテーブルは、短期決戦では当然、圧縮されてきます。

あるセイバーメトリシャンが短期決戦でロースコア接戦という条件に絞り込んで調べると、送りバントの勝利に対する貢献度があることが明らかとなったとするレポートが挙がっています。 そのセイバーメトリシャンも当初は犠打バントは無効と思っていたようですが、よくよく条件を絞り込んで検証しているみると犠打を単純に否定してはならないと結論していました。実に健全なセンスです。

「古典「マネーボール」の正しい読み方」で結論していることと全く一致しています。平たく言います。レギュラーシーズンでふつうの投手が出てきた場合、無死1塁での初回の犠打は基本愚策です。敵にアウトをひとつプレゼントしている戦術に他ならない。しかしそれが短期決戦9回同点で相手がクローザーの場合、その打者が余程の強打者でない限り、犠打という戦術も選択肢のひとつとしてはありです。

犠打バント(「盗塁」という言葉を入れ替えてもいい)は有効なのか?それとも無効なのか?

有効か無効か、すべては場面によります。すなわちこの記事のタイトル自体全くの愚問であると言っていい。マドンもレギュラーシーズンでは犠牲バントを最も仕掛けない監督として有名でした。リーグ14位という数字です。強打者揃いであり、本拠地がリグリーというヒッターズパークであるという要因も大きいのでしょうが、一転、短期決戦では犠打についても積極的でした。

犠打や盗塁がスモールベースボールのひとつの象徴であるとすれば、セイバーメトリクス的にも投手優位の短期決戦において、スモールベースボールの有効性は証明されているのです。しかしこうした結論でさえ、理解しているのは少数派であるというのが現実です。


「セイバーメトリクスは単なる統計的な技術に過ぎず、時代環境や点差 試合状況などによってケースによってビックボールを肯定もし、ケースによってスモールボールも肯定する理論であるということに尽きます。

セイバーメトリクス=ビックボール

もしそう思い込んでいるとしたら それはセイバーメトリクスの理解不足以外の何物でもありません。セイバーメトリクスは盗塁も犠打も単純に否定しているわけではないのです。」


<得点の最大化を目指す確率論(ビックボール)>と<1点を奪う確率論(スモールボール)>狭間の中で絶えず、状況に応じて戦術的な正しさは揺らいでいる。



大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。