なぜOAKはプレーオフで勝てないのか?

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10 /02 2015

例えば1982年、リッキー・ヘンダーソンはメジャー記録の130盗塁を記録した。しかし、一方で42盗塁死があり成功率は75.6%。ヘンダーソンの130盗塁を得点換算すると年間で+22.2点であり、42盗塁死はチームにとって-20.6点の損失となり、1982年ヘンダーソンの盗塁した結果の総合的なパフォーマンスは得点換算した価値は+1.6点のみである。年間チームは700点前後はたたき出すわけですからオールドスクールは盗塁、盗塁と連呼しているが実際こうして数字をはじき出せば、盗塁の価値は実に限られたものなのだとセイバーメトリシャンはスモールベースボールを侮るわけです。

たしかに一面としては正しいです。しかし敢えて言っておきます。ここにこそセイバーメトリクスかぶれに対して大きな陥穽が待ち受けている・・・と。それを以下、明らかにしていきます。


ちょうど松坂がBOS在籍時にドリューという左の強打者がいました。2007年、ほんとうに大事なチャンスで全く活躍しなかったのですが、そうした印象と違ってOPSだけは立派であり900という数字を残していました。ドリューの過小評価は禁物だなと思いながらふっと気になって、WPAの数字を調べるとシーズンに入ってから半ばを過ぎる頃にあってもWPAがマイナスを記録していました。さすがにこれは極めてレアなケースです。如何にドリューが肝心な場面で打てなかったのかという証明です。


例えば短期決戦でOPS900を記録しても肝心の大チャンスでは悉く凡退しWPAがマイナスを記録している限り、チャンピオンフラッグを奪取するという意味において勝ちに貢献していない以上、その打撃の価値はほとんどありません。一方でOPSが600を切るという成績でも、放ったわずか2本のヒットがサヨナラや終盤の貴重な同点打であり、WPAが突出していたなら、フラッグを奪取するという意味においてとても価値があるということになります。


ペナントにおいてMVPを決するに最も最適な指標がWARであるならば、プレーオフやその一試合に限ったMVPを決するに最適な指標はWPAであると一般的に言われます。昨年OAK戦で9回1死2塁からのダイソンの盗塁がなければ、KCはあそこでthe endでした。あのダイソンの盗塁WPAは13.3という高い数値を示しています。OAK戦で奇跡の大逆転勝利をしたKCでしたが7盗塁によって約30パーセントの勝率を上げる価値があったとされています。ペナント全体では盗塁の価値がそこまで高いことはないわけですが、ワンゲームプレーオフという絶対に負けられない試合において盗塁という戦術の威力を見せつけた試合であったわけです。

もう少しわかりやすく具体的に話をします。

2008年第七戦日本シリーズ同点で西武は8回、デッドボールの片岡が盗塁し、栗山が送って、中島が内野ゴロで片岡のギャンブルスタート、ノーヒットで貴重な決勝点を奪うというスモールベースボールの力を見せ付けたシーンがありました。


オールドスクールの野村も言うようにベースボールは確率のスポーツです。オールドスクールのラルーサや野村、マドンはデータ主義です。別に新思考派だけがデータを扱うわけでもない。8回時点で1点リードしていればその試合のほぼ85~90%は勝つことが過去のデータで出ています。1点がシリーズの行く末をほぼ決定づける。無死1塁、シーズンでも50盗塁をしていた片岡、特にシリーズ絶好調の足があり2塁への盗塁成功率75~80。犠打のスペシャリスト栗山のバントで片岡が3塁へ到達する確率も80~85は過去のデータに照らしてもある。更に3塁からランナーを迎い入れる確率はメジャーの最高レベルでグウィンの70%を超えるというものですが、松井も60台後半の数字を残していたはずです。長打力もあり打率300を超える中島が外野フライや内野ゴロ あるいはヒットも含めて片岡をホームへ返す確率は60~65%はあると見てもそれほどおかしくはない。


これがペナント序盤の初回なら、当然渡辺監督は得点最大化の戦術を選択し、栗山にもふつうに打たせていたかもしれません。しかし日本シリーズ最終戦の接戦終盤、1点を取ることにフォーカスした場合、西武の見せたスモールな野球は確率論から眺めても絶対にありです。つまり一部のセイバーメトリシャンがペナントにおいてあまり価値がないと決めつけている盗塁や送りバントという戦術が、最も緊迫した場面で勝つために極めて確率の高い重要な戦術へと姿を変えることがある。こうした観の転換を自在に図ることこそが大事になります。少なくとも私は盗塁や犠打 進塁打という戦術を2つの視点より肯定的かつ否定的に同時に評価を加えています。


昔から鳥の目、虫の目が大事であるとよく言われます。鳥の目とは高みから俯瞰するロングショットのWARの視点です。高所大所から見れば、得点と極めて相関関係が高いOPSで表現される攻撃力に比べたら全く取るに足らないからこそ、盗塁や進塁打・犠打などスモールベースボールで大事とされるパフォーマンスはOPSという攻撃力の評価から省かれています。(仮にRCにしてもその評価は小さなものです)しかし盗塁や犠打を虫の目でもって改めてクローズアップしたWPAの視点から見た時、一つの守備一つの走塁に対して決して疎かにしない緻密なスモールベースボールこそが絶対に負けられない戦いにおいてフラッグの行く末を左右することが実際にあるわけです。それは過去の歴史を見れば明らかです。単純に打って出てリベラから得点できるならそれで問題はない。BOSのロバーツは盗塁をしなくてもいいのです。しかしふつうに打っても得点できない時、どうするのかということです。


個人としてセイバーメトリクスとスモールベースボールを同時に研究してきた最大の理由とは、真に強いチームとはペナントを勝ち抜くだけでなく、短期決戦ここ一番という大勝負に抜群の強さを発揮できるようでなければ本物ではないというポリシーを持っているからです。そのためにはセイバーメトリクス的なロングショットのパースペクティブを確保しながら、同時にスモールベースボールが追求している一球の大事さへ如何にクローズアップするという両方の視点を手に入れることが必要となります。


両方を研究してゆくと、偏った考え方をしている人がどういうバイアスや固定概念を持ってベースボールを眺めているのかが、手に取るようにわかります。今回はスモールな立ち位置でもって、セイバーメトリクスに偏った考え方を批判しましたが、逆も真なりであり甲子園の多くの監督が採用している戦術を見ていると、全くおかしなスモールベースボールのショーケースです。状況を考えずに送りバントのし過ぎです。そんな中でも大阪桐蔭の監督だけは洗練された印象があります。話し方も温和でありまるまると太った外見に似合わずというのか、考え方は実にシャープです。

ペナントでPOに進出するためにセイバーメトリクス的な大局観を持つことはとても大事です。しかし同時に小事(スモールな一つひとつのプレー)を疎かにする者に、大事をなすことはできない。このどちらも真実なのであり、かつて監督や走塁コーチをお飾り扱いをし、守備や盗塁のスモールな価値を認めようとせず、短期決戦は運次第と結論づけて、プレーオフでどうしても勝てない有名なGMがいました。もっとも昔と今ではそのGMの考えにも変化はあるとは考えていますが、ひとつ言えるのは短期決戦の勝てない理由を運に責任転嫁している限り、そこで思考は停止するということです。
きっと戦いの奥深い原理とは、セイバーメトリクスとスモールベースボールが鬩ぎ合っている、その狭間の向こう側に限りなく拡がっている。だからこそ、思考を停止させずにラルーサのようにもっと考えを深めてゆく必要がある。ここに研究する余地がまだまだあります。


例えばHOUのようなセイバーを前面に出した野球の質でPOを勝ち抜けるとしたら、相当の数のラッキーマンが登場しないと難しいかもしれません。本塁打狙いという戦略はペナントでは通用しても、所詮 HRが出る確率は5パーセント前後というレベルであり、接戦時の1点を取りに行く際の西武の見せたスモールな確率に比べたら格段に落ちることは指摘するまでもないことです。ただここには1~3番にスピード感覚に優れた選手が揃っています。HOUがプレーオフでどのような戦いを展開するのか?非常に楽しみでもあります。その前にまず出場する権利を手に入れてもらいたいと考えているのは私だけではおそらくないでしょう。短期決戦についてもう少し話はつづきます。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。