なぜエンジェルスを大谷翔平は選んだのか?ソーシアと栗山監督の違いを明らかにする

大谷翔平
12 /18 2017
日本ハムとエンジェルスがどれだけ違うチームかまず分析する。

日本ハムはセイバーメトリクスに基づいた「ベースボール・オペレーション・システム」(通称BOS)を運用し、それを土台として1軍2軍も含めた現場とフロントの全体に対してオープンとなった情報を共有し、互いの意識に齟齬がないように民主的に話し合い、戦略的に一体となってチームの理想的な未来像に向かって力を合わせるカルチャーを持っている。

一方、エンジェルスはオーナー・モレノの直下にソーシア監督がおり、チーム最大の権限を握っている。新思考派のGMとオールドスークルの監督で意見が違えるとき、パイレーツなどは互いの立場に理解を示し、フィールドに立つ現場の知恵とフィールド外においてコンピューターによる数理解析を担当する新思考派の知恵がアウフヘーベンされて、より高次なものへ昇華する理想的な姿が現出することがあるが、エンジェルスの場合は監督とフロントが歩み寄るというよりもこれまではしばしば監督がGMの首を切るという形で問題を解決してきた歴史がある。

つまり、日本ハムのカルチャーが民主的かつボトムアップ式で組織の運営を戦略的に推進させてきたのに対して、エンジェルスは独裁という言い方がふさわしいかはともかく、オールドスクールのソーシアによるトップダウン式によって組織を運営してきたという特徴がある。新思考派の意見を上手に取り入れて、思考をアウフヘーベンさせずソーシアのオールドスクールの意見がまかり通る時、だんだん時代に適応できず古くなり、エンジェルスの最近の停滞の一つの要因となっている可能性はあるかもしれない。

このようにチームのカルチャーが大きく違うのが日本ハムとエンジェルスである。

またマーケットにしても、日本ハムはスモールマーケット故にオークランドやレイズのようにFAやポスティングで次々と育成した選手を国内外問わず放出してきたのに対して、エンジェルスは2000年代ディケ―ド最高のプレイヤーでもあるプホルスやサイヤンガーであったグリンキーも獲得したように、大きなマーケットを持っている。事実、おそらく2018年のペイロールは贅沢税のラインを優先課題としているヤンキースとほぼ変わらない金額になることが予想される。35歳キンズラーも獲得し、完全に勝負モードに入ったエンジェルスではあるが、終盤においてチームの勝利を優先する状況が来たとき、果たして大谷を育成することは最優先事項になるのだろうか。現実的に考えて、大谷が上手にメジャーの環境に適応できず、シーズン終盤でPO争いをしている時、育成の話がいったん保留状態になる可能性がある。

ビックマーケットとスモールマーケットという違いが、日本ハムとエンジェルスの育成も含めた根本的な戦略において明らかな違いを生み出している。

更には監督自体もソーシアと栗山もタイプが全く違う。奇策を好んで使うマジック系統の栗山とセオリーとデータを重視するオールドスークル系統のソーシアと分類することも可能である。(ただしここで言う奇策とは、ヒットエンドランやスクイズの類のスモールにおける奇襲の事を言っているのではない。奇襲ならソーシアは好む。成果の出た二刀流を運用するならともかく。成功するかどうかなど全くわからない二刀流をフロンティアととしてやってみるという発想はソーシアに基本的にない。)

このマジック系統の監督は二刀流に代表されるように奇策を用いるのを信条とするの同時に、ドラマを演出したがるという大きな特徴がある。一方、オールドスークルはデータを重視セオリーし、とことん拘り手堅く勝つこを好む傾向にある。

例えば、オールスターで投手イチローを采配したのは、仰木監督であり、それに乗らなかったのは野村監督である。水と油と言ってもいいこの両者が、なぜここまで違うのかというとその出自に答えはある。野村監督が大変尊敬していた監督は川上監督であり、はじめてドジャース戦法を日本に輸入した監督こそ川上であり、無死でランナーが出れば型通り送りバントをする手堅いスタイルが川上野球であった。このV9の頭脳でもあった森監督と野村監督は昵懇であり、現役時代から日本シリーズの始まる直前になると森が敵の情報を収集すべく夜を徹して森と野村は野球論議に花を咲かせ、この森との会話の中で、野村は川上野球のエッセンスを盗んだとも言われている。

この巨人の型にはまり鉄壁の強さを誇った野球を面白くないと一蹴し、プロとはファンをワクワクさせてナンボであると打倒巨人を掲げて数多くのドラマを演出したのが三原脩であった。「野球とは筋書きのないドラマである」という言葉を遺した三原脩に終生慕い、仰木彬は心服していたと言われている。仰木の采配ぶりは極めて三原に似通っていると言われ、三原マジックならぬ、仰木マジックと言われた。仰木彬の墓は三原脩の対面に立てられているからも仰木の三原脩に対する念いの深さは窺い知れよう。

三原脩同様に仰木の監督人生は極めてドラマティックなシーンに彩られていた。近鉄時代の10・19最終決戦やラルフ・ブライアントの4連発など球史にそのドラマは刻まれている。またイチローという名で世に出した仰木のプロデュース力も、三原脩譲りと言ってもいい。

同様に三原脩を師とする栗山英樹もまた、栗山マジックと言われ数多くの奇策を用いてファンをアッと言わせると共に、昨年の奇跡の大逆転優勝を「2016 ドラマ 北の国から」と命名したように。よくもわるくもドラマ仕立てにすることを信条とする監督である。奇策とドラマがこの魔術師系の監督の大きな特徴である。

一方ドジャース出身のソーシアは現役時代よりドジャース戦法を信条とし、データ好きであり、歴史的にもドジャース戦法をルーツに持つ野村克也と同じく分類することができる。野村とソーシア、キャッチャー出身のづんぐりむっくりとしたデータ好き、知将とも称されどこか似ていると感じるのは決して私だけではあるまい。野村克也と栗山英樹とそりが合わないのも、監督として巨人の野球のアンチテーゼとして出現した三原脩を支持する栗山と川上の野球に傾倒する野村との違いとも言えるかもしれない。

以上まとめると歴史的な日米の野球の歴史から眺めても、栗山監督は仰木マジック、三原マジックという三原脩をルーツに持つ魔術師系統に類するのに対して、ソーシアは野村IDや西武森監督の典型的なオールドスクール系統に属すると言える。つまりメジャーで言うと、栗山監督はフロンティア精神旺盛な守備シフトを最初に大々的に取り入れたマドンのマジック系統になると言ってもいいだろう。マドンも現役時代のめぐり合わせ上、出身はオールドスクールでありソーシアの弟子筋ではあるが、徐々に魂の奥底に眠っていた魔術的なものが目覚めて本領が発揮されるようになったと言える。

青は藍より出でて藍より青し。

師のソーシアを弟子のマドンが超えていった様を表す言葉である。メジャーにおける大谷の活躍如何によってはソーシアを野村、マドンを栗山と入れ替えても後世の歴史家は何の違和感も抱かない可能性がある。新思考派の考えを「現場を知らぬ戯言」と一蹴せずに、セイバーメトリクスに対しても心をオープンにして貪欲に新しいものを取り入れる姿勢がマドンにはある。

このように日本ハムとエンジェルスはきちんと分析すれば似ているどころか、対極にあるチームであると言ってもいい。

以上まとめる。

●ボトムアップ型の民主的な日本ハムとトップダウン型の監督の独裁的なエンジェルス。
●マーケットが小さい故に育成重視の日本ハムとプホルスやグリンキーも獲得したようにFAに積極的なエンジェルス。
●魔術師系の栗山監督とデータとセオリー重視するオールドスクール系のソーシア監督。

分析をした限り、なぜ大谷がエンジェルスを選択したのか今一腑に落ちなかった。ではなぜこうした大きな違いがあるにもかかわらず、大谷翔平はエンジェルスを選択したのか。

その最大の理由はモレノ―オーナーにある。直々に、交渉の場で大谷と話した結果、二刀流でもって育成することをオーナーが確約したとされる。

通常オーナーがフィールド上のことに対してあれこれ口を挟むことはない。しかしながらこの大谷二刀流については、オーナー直々のお達しであり、ソーシアと言えどもその方針に逆らうことはできない。

以上 大谷翔平がエンジェルスを選択した最大の理由である。ソーシアへの警戒は杞憂のものとなる可能性があると言えるかもしれない。 ただソーシアをあまり信用することはしない方がいいとは思っている。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。