グリエルにみせたダルビッシュの寛容さの中には、思索しうる者だけ持つたしかな知性がある

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11 /02 2017

私自身、世間における多数の意見は反対の立場を取ることが極めて多く、最下位のジラルディを擁護するかと思えば、二刀流・大谷がバッシングにさらされた時も栗山監督を擁護しました。

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にもあるようにボンズも擁護すれば、永久追放の大合唱に晒された巨人の福田も擁護し、賭博はしても八百長はしていないピート・ローズに対しても擁護する姿勢を当ブログは保っています。そして、覚せい剤で捕まった清原和博に対しても、その罪を擁護することは断じてないものの、ダルビッシュや楽天の三木谷社長と全く同じ意見であり、清原にはセカンドチャンスを与えるべきというこれまた少数派の立場を選び取ってきました。

一方で

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メジャー通と言われる人が、それもカルチャーであると危険なアトリーのスライディングを擁護していた際には、間髪入れずに、必ず近い将来、ルールが改定されることになると予言し、そこでは寛容さを示すことはありませんでした。

三木谷オーナーは、例えば福田に始まる賭博問題について、賭博そのものはもちろんいけないことと批判しつつも「人間は完璧ではないし間違いも起こす」「俺は賭博した選手でも雇うよ」とあります。おそらく三木谷オーナーとダルビッシュのスタンスはかなり近いものがあることが推定されます。しかし清原の覚せい剤の時も、清原を擁護した三木谷オーナーやダルビッシュさえもひっくるめてバッシングに晒される有様でした。

有名人である清原が転落していく姿をバッシングすることによって、日頃の欲求不満を解消するかのようなヤフコメに見る世の多くの意見に対して、どうしても私が一線を画したい思ってしまうのは、その言葉に一種の知性の欠如を感じてしまうからです。

グリエル的なる差別意識は、ダルビッシュの中にももちろん、私自身の中にもあり、自分はグリエルとは違うと言わんばかりにグリエルを叩きまくっている人の中にも気づいていないだけで確実に内在するものです。グリエル的なる差別意識が人類の中に普遍的なものとして内在していることを少なくとも、ダルビッシュの知性はキャッチしています。

だからこそ、グリエルはそれなりの処分は受けるべきという立場はダルビッシュは堅持しつつも、自らが100%正義になってグリエルを徹底して糾弾することがダルビッシュはできないでいるのです。賭博も、覚せい剤も、差別も、その罪そのものは裁かれるものです。しかし人間そのものまで社会的に抹殺し、完全に否定すべきなのでしょうか。そうあってはならないと考えるのがおそらくダルビッシュであり、当ブログもその立場に同意するものです。

「完璧な人間はいない。彼もそうだし、僕もそう。彼が今日したことは正しいことではなかった。でも我々は、彼を責めるよりも、学ぶ努力をしたい。もしこの経験から学べるなら、それは人類にとって大きな一歩だ。私たちはこの素晴らしい世界に生きているのだから、怒りにフォーカスするよりも、前向きにとらえ、前に進んでいこう。みんなの大きな愛を頼りにしている」
ダルビッシュ有

ハンナ・アーレントという偉大な哲学者がいます。彼女もまたドイツ・ナチスの罪を見つめ、深く思索し続けてきた人物でした。

ハンナ・アーレントは「誰もが悪を犯し得る」と言います。アーレント自体、ユダヤ人であり差別される側の立場にあったにもかかわらず、アイヒマンというドイツ・ナチスのユダヤ人を収容所へ送り続けた役人に対してある種の寛容さを示すに至るのです。社会はアーレントにアイヒマンに対して激しく糾弾する姿勢を期待していたために、そのアーレントもまた当時の社会から強烈なバッシングを受けることになります。

その一連の流れを映像化した先日見た映画「ハンナ・アーレント」。そこに示めされた透徹した哲学者の知性に、私自身の魂は激しく揺さぶられました。間もなく終了する当ブログが読者のターゲットとしてきたのは、例えば映画「ハンナ・アーレント」に思わず反応してしまう人たちです。少数派ではあっても確実にこの記事を読んでいる人の中にもいます。

結論

ダルビッシュにみる寛容さの中には、思索し得る者だけ持ち得るたしかな知性がある。

さて、当ブログでは戦いの原理を探求してきた中で、カブスやボストン、インディアンズなど強いチームは他にもたくさんありますが、度々取り上げてきたのがアストロズであり、ドジャースであったことはこれまで当ブログを読んできた方には了解いただけることと思います。

特にドジャースについては一貫して、正しい戦略を取っていると主張し続けてきました。

いよいよ本日 その結論が出ます。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。