2番ジャッジが躍動 ジラルディの真骨頂「動かざる力」

未分類
10 /18 2017
ALCS第4戦をジャッジの大活躍もあって見事な大逆転で2勝2敗のタイに持ち込みました。34打数21三振のジャッジを2番から下位へ下げるという選択肢もあったはずです。しかしジラルディは将来も見越してどれだけ三振を重ねても2番ジャッジは梃でも動かさなかった。それで負けても甘んじて批判を受け入れて自らの責任として負う覚悟ではあったのだと思う。

何か派手に動いてそれが成功すると、変化が目に見えるだけに多くのファンはそのファインプレーにマジックと称して拍手喝采を贈る。しかし風林火山という言葉を待つまでも、<動くこと>と<動かざること>は全くの等価である。

カストロが調子が悪ければ下げるという判断もジラルディはしています。では三振率60%を超えるジャッジ2番を動かさず、それが結果として出た今日のこのジラルディの静かなる決断をファインプレーとして認識するだけの<深い目>を持つ人はいったいどれだけいたでしょうか。

ジラルディの良さを評価するには、<深い目>が必要であるというのはこのような例を示しています。そのファインプレーは派手じゃないためになかなかわからない。チャド・グリーンの使い方にしてもメンタルをケアしつつ、先回の失敗で潰れないような細心の注意が払われていることがよくわかるはずです。ここがわからなければジラルディをフェアーに評価することはまず不可能です。

例えばNLCS第2戦、9回同点でラッキーを出してサヨナラになったマドンの継投ですが、そのミスも名将だから仕方なしとして一般にはスルーされています。果たしてあの場面でラッキーは正しかったのでしょうか。では同じことをジラルディがしたらどうなるでしょうか。言うまでもなく、全く同じ判断をしてミスをしても大バッシングとなるはずです。

それがバイアスというものの正体です。ほんとうの意味で物事をフェアーに見るにはそれなりの訓練が必要となるのです。

当ブログは戦いの原理を探求してはいます。ジラルディを擁護するブログではありません。私自身ジラルディのファンでもない。ジラルディ批判の中に戦いの原理に照らして奥深いところにキラリと光るような言葉があるならば、擁護するよりもその言葉を選び取るつもりはあります。

ただどう探しても核心をついた言葉が見当たらない。

結論

2番ジャッジは固定するというこの決断にこそ、ジラルディの真骨頂でもある「動かざる力」がある。派手さもなく、全く目立たない。しかし動かないという決断にもまた力を擁するものであり、誰にでも容易にできるものではない。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。