ジラルディの攻撃作戦について フレイジャーに送りバントをさせるべきだったのか

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10 /17 2017

レギュラーシーズンを任せるには、新思考派のジラルディは有能でありもっていこいの監督であるとも過去、何度か書きました。

なぜ、わざわざジラルディはレギュラーシーズン(ペナントという言葉を使ったはずです)を任せるにはもってこいの監督と書いたかと言えば、裏を返せばジラルディにはスモールなセンスに欠けるため、短期決戦での作戦に関してはやや苦手であると考えていたからでもあります。

TEXのワシントン監督などは奇襲に関しては独特のひらめきの持ち主であったと思います。選手で言えば、度々、私を驚かせてくれたココ・クリスプのような創造性溢れる奇襲を仕掛ける発想がジラルディの中にはおそらくありません。

ジラルディは良くも悪くも、理知的に論理でベースボールを捉える傾向の強い人物であるために、逆に言えば直感によるひらめきのようなものにやや弱いところがある。セイバーメトリクスを理解するにはある程度の論理性を備えていなければならないように、スモールの<奇襲>については瞬間芸でもあり、論理というよりもむしろ直感や感性が大きくものをいいます。

結果が出なければすぐ批判されるジラルディですが、送りバントについては、フレイジャーのようなホームランバッターにまで要求するのは、はっきり言ってその批判している方が間違っています。例えばフレイジャーに送りバントをさせて慣れていないために、強いピッチャーゴロになり、結果ゲッツーとなりチャンスをつぶしたとします。するとフレイジャーに送りバントをさせるべきと批判していた人たちこそが、なぜフレイジャーのような打者に送りバントをさせたのだと必ずジラルディを批判することになるのです。これこそが当の本人たちは全く無自覚な結果論というバイアスというものの正体です。私が見てきた限りバイアスについてケアしている人は少数派であることは間違いありません。

しかしランナーがヒックスでバッター・エルズベリーであっても無策でゲッツーというのは、短期決戦ではさすがに愚かであると評されても仕方ありません。

ではどうするべきのか。

新思考派のジラルディにそうした特に短期決戦での攻撃作戦を苦手としているならば、ヘッドコーチにオールドスクール型の参謀を入れてその人にある程度、スモールについては任せるという方法があります。

セイバーメトリクスにも通じて、同時にスモールなセンスにも恵まれている監督というのはなかなかいません。

結論

その人の長所は短所に根差していることが往々にしてあり、表裏一体である。ジラルディの例に限らず自分の不得意分野をフォローしてくれる逆のタイプの参謀を入れて、その異なる意見を取り入れて、より広い見地から戦況を眺め、正しい判断を下すスタイルを構築すべきである。新思考派の監督にはオールドスクールの参謀を。オールドスクールの監督には新思考派のヘッドコーチを。

こうした工夫をすることによって弱点は補強されることになる。


継投については言うほど悪くはありません。批判の多くは結果論に過ぎない。ひとつだけ言えるのは、ほぼ2017年のヤンキースは開幕時ノーチャンスと言われていた中で、ALCSまで進出させた監督が能力に欠けるということはありないということです。

ほぼノーチャンスと言われていたこととALCSまで進出したことは事実です、

どのように物事を見るのも自由ですが、勝てばすべて選手の力であり、負ければすべて監督の能力へ還元させる、こうしたバイアスのかかった偏った考え方をしている限り、<マージナル>を跨ぎ、物事の本質を大局的かつ深い洞察力をもって捉えることはまず不可能だと言えます。洞察力を深めていく過程においては、マージナルを跨いでいるバランス感覚がどうしても必要となってくるのです。かつてヤクルトを優勝させたのは監督の力が99%であると言った人物が、自分の気に入らない監督が優勝した途端、そのチームが優勝できたのは監督の力ではないとするこうした恣意的なものの見方をしていてはアウトであるということです。

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