長谷川滋利の虚言 野村克也と共通する自己愛性パーソナリティ障害

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11 /07 2016
「栗山英樹を獲得した元・ヤクルト片岡スカウトが明かす野村克也の真実」

事実とは180度異なる発言を自らの力を誇示せんがために野村本で古田獲得を自らの意思であると既成事実化したように、今回長谷川は全く事実無根の監督要請という話を場を盛り上げるために講演会で話したとされています。

ありもしなかった話を長谷川が講演会でするわけもないだろうとマナーを問題視するコメントもあります。しかしそれこそが固定概念であり、自らの常識の延長線上で物事を捉え過ぎてはいはないかと当ブログでは考えています。野村克也のようにどれほど頭が良くても、自己愛のために過去の発言を180度塗り替えることのできる人物が実際にいるのです。

それを一般に自己愛性パーソナリティ障害と言います。

もちろん今回の長谷川のケースも野村克也と同等に見なすべきかは判然としません。しかし長谷川曰く「MLB数球団からの(メジャー契約)オファーがあったがマウンド上でのモチベーションを維持することが困難になった」との理由で2006年1月に正式に引退を表明したが、代理人は「マイナー球団からのオファーが2、3あったが、MLB球団からのオファーはなかったので引退する」と語っている。こうしたギャップが過去にもあった以上、虚言の可能性は十分にある。

そもそも2016日本ハムは破竹の15連勝に加えて観客動員も球団記録を更新し、最後の最後までNPBの主役であり続けた日本ハムが栗山監督以外の選択肢を現実に模索していたのかどうかという疑問もある。また果たして日本ハムという独特の明るいカルチャーを持つチームが長谷川へ監督のオファーするのかどうか。チームカラーから見てもし監督の要請があったとしても稲葉なら十分にわかります。

日本ハムの持つカルチャーと栗山英樹のスポーツキャスター時代の言葉に惹かれて、ここまで一貫して栗山日本ハムを支持してきましたが、果たして長谷川へ日本ハムはそこまで魅力を感じていたのか、はなはだ疑問ではある。

最後に野村克也を単にディスるブログと勘違いされても困るのでフォローしておきます。

「野村IDの源流には「カージナル・ウェイ(カージナルス流)」がある 」

という記事にもしてきたように、野村は近代野球の父としての役割を担ってきたと言っても過言ではありません。しかし人間性とは別個切り離して考えるべきであり、

「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

とカエサルも言っているように、野村克也には好き嫌いの色眼鏡で物事を見る傾向が明らかにあります。更には自己愛のために時、事実無根のことまで既成事実化することさえもある。野球界に残してきた功績と人間性は別個切り離して考えるのが、当ブログの流儀でもあります。

結論としては、今回の監督要請については、長谷川の虚言に他ならないでしょう。日本ハムと長谷川、どっからどう眺めてもミスマッチ以外の何物でもない。私の感覚ではまず長谷川へのオファーはなかったと考えています。

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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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