ボールパーク戦略の極意は<花>にあり

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09 /07 2015

アメリカでは球場について3種類の呼び名があります。スタジアム、フィールドそして<ボールパーク>です。


パークの語源とは<パラダイス>であり、もともとは「囲ってある場所」という意味です。例えば世界で最も人気のあるディズニーランドというテーマパークにはウォルト・ディズニーの魔法がかけられ、祝祭化されその囲われた場所は<パラダイス>と化し、人々はその強力な磁場に惹きつけられて何度でもテーマパークへ足を運びます。


今ではMLBの文化としてすっかりお馴染みとなっているホームランが出れば<ボールパーク>では華やかな花火が打ち上げられ、特別な日に来場すればレプリカのユニフォームやバブルヘッドなどの景品がもらえたり、イニングの間にはチームのマスコットがさまざまなイベントを繰り広げるといった取り組みも、すべて今から半世紀以上前にその始まりがあります。こうした野球場のテーマパーク化へ独自の取り組みをした最初の人物がビル・べックでした。花火が球場で打ち上げられることも最初から決して当たり前のことではなかったということですね。当時からべックは女性のために託児所を設けたり、トイレを清潔に保つといった施策を打ち出し、女性客まで取り込むという非常にフレッシュな経営感覚を持っていたようです。

そんなビル・べックの魔法にかけられたCLEの本拠地であったクリーブランド・スタジアムは、ボールパーク化戦略によって続々と人が集まり、オーナー就任前はわずか観客動員は大戦中ということもあって50万人弱に過ぎない状況から、一気に5倍に跳ね上がり、1948年には260万を越えるという大盛況振りを示しました。全盛期であったヤンキースをも越えて1948年には観客動員メジャー全体の1位を獲得します。 まさにビル・ベックの魔術でした。


CLEにはかつて火の玉投手と言われたボブ・フェラーという快速球投手がいました。スライダーの開発者としても有名であり、投手の歴史に大きな足跡を残した人です。スライダー出現前と出現後で投手の時代のフェーズを分けることは十分に可能です。テッド・ウィリアムズもスライダーの出現が、打者を大きく戸惑わせる要因となったと証言もしています。

そのスライダーの開発者であるボブ・フェラーの真骨頂は言うまでもなく剛速球です。投球フォームを後ろから写した映像もありますが、個人的な感覚としてはダルビッシュの4シームよりも速いというものです。現実的にボブ・フェラーはどう少なく見積もっても100マイルは出ていたと考えています。もっともフェラーの速球を見た全ての関係者が170km/hを超えていたと証言しています。1997年のワールドシリーズでロブ・ネンが104マイルを計時した時、ボブ・フェラーは「それは俺のチェンジアップの数字だ」とコメントしたそうですが、そんな快速球自慢のボブ・フェラーでさえ「サチェルの投げるボールがファーストボールなら、俺の投げるボールはチェンジアップだよ」とも語ったそうです。


サチェルとノーラン・ライアン両者の球を受けた捕手はサチェルの球速をおおよそ179km/h位ではないかとコメントしています。179kmかどうかはともかく100マイルは確実に出ていたフェラーやライアンよりも、間違いなく速いとされるサチェルが投げた球速は、チャップマンレベルにあったことはほぼ間違いありません。ちなみにサチェルのファーストボールはベーブ・ルースを青ざめさせたとも言われています。サチェル最盛期の1930年のメジャーリーグ選抜との交流戦では22奪三振完封勝利を記録しています。当時のメジャー平均K/9は3.00前後という時代でした。

そのボブ・フェラーをエースとしてワールドシリーズでCLE優勝をした1948年のことです。史上最速投手ではないかとも言われる、黒人サチェル・ペイジを1948年にCLEからデビューさせたのも、実はビル・べックでした。ジャッキー・ロビンソンのデビューのわずか一年後の出来事でした。当時、サチェル42歳。今の40歳に対する感覚でもっては、間違いの元になります。今でいうとサチェルは山本昌レベルのレジェンドということになるのでしょうか。べックの常識破りのアイデアでした。

1951年に登場した背番号1/8 ゲーデルについても、小人症のゲーデルはもともともファンサービスのイニング間のアトラクションで活躍しており、これは選手として登録すれば全打席四球となり、OBP1.000の選手として十分に戦力になるとビルベックは閃いたようです。代打で背番号1/8がグランドに登場するやスタンドはどよめきました。べックの魔術に観客はすっかり魅入られます。ゲーデルはすべてのボールを予定通り見送り、四球で出塁します。しかしこれを知ってコミッショナーは健全な判断をすぐに下します。即座にゲーデルの出場権は剥奪されました。尚、ゲーデルはメジャーの選手としてその歴史にOBP1.000の選手として残っています。







球場をボールパーク化しようとした魔術師ビル・べックを眺めてゆくと、肌の色が白であるとか黒であるとか、選手の年齢がいっているとか、健常者であるとかないかとか、そうした既成の社会通念が作り上げた境界線(マージナル)に縛られず、ビル・べックはそのマージナルの上を自由に行き来する人であったことがわかります。魔術の源泉には常識を超えてゆく発想力が大事となるのかもしれません。


ここまで書いてふっと想起したのが、世阿弥という超一流のプロモーターの思想書、「花伝書」でした。能の達人でもあり花伝書を書いた世阿弥は、人々を惹き付けて止まない魅力のことを<花>と表現しました。世阿弥は「珍しきが花」と言います。

「住する(とどまる)ところなきを、まづ花と知るべし」

「ただ花は、見る人の心に珍しきが花なり」
平たくいうと今までの芸に安住せず、常に斬新なものを提供し続けることで、観客は感動を味わうと世阿弥は言います。(これってビル・べックの演出そのものじゃないか!)世阿弥という超一流のプロモーターが書き残した「花伝書」を読むと、常に新しいアイデアを汲み上げチャレンジし続けてきた<スポーツマーケティングの父>と言われるビル・べックが、花伝書の極意である<花>を体得している人物であることがよくわかります。こうしたビル・ベックの<花>を大事とするスポーツマーケティングの理念は、やがて時を越えて現代において受け継がれ、あらゆるMLBのボールパークをより個性的で魅力あるものにする形で多元的に展開されていきます。 メジャーリーグのボールパークにはそれぞれに個性があり、<花>がある。

ビル・ベックが一流のプロモーターでなければ、珍しき花であるところの史上最速の投手サチェルや背番号1/8のゲーデルがMLBでプレイすることもなかったはずです。**ちなみにべックがもし現代MLBのオーナーなら、絶対にイチローと契約を結び観客動員につなげるはずです。

2016のイチローには数字に纏わる様々な<花>がありますから**。

尚、この記事は「メジャー通必須の知識 MLB史に聳え立つ巨人ビル・ベックを知っているか」の続編です。

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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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写真は古代ギリシャの神殿。