敢えて最下位ヤンキースのジラルディ監督を擁護する

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05 /02 2016
後世からヤンキースの歴史を眺めた時、大きな分水嶺と位置づけられる日とは、ジョージ・スタインブレナーの命日である2010年7月13日と言われるようになるという記事「忍び寄る衰退 ヤンキース帝国の黄昏」を半年前に書きました。リーダーがミスリードする時、組織はどういう末路を辿るのか、注目してその推移を数年前よりずっと眺めています。

今の見るも無残な状況を作り出している最大の責任者は、NYYに限っては間違いなくオーナーであるハル・スタインブレナーですが、負けが込むNYYにおいてジラルディ批判も見受けられます。今回、当ブログではジラルディについて敢えて擁護する記事を書きたいと思います。

まずこれはジラルディが指揮した2012年のエピソードです。当時2番にスウィッシャーが座っていました。たまたまスウィッシャーが5タコなど調子が悪かった時期に調子のいいイチローを前に上げろという声が日本ファンから上がりました。この時、ジラルディはスタメンで一切動こうとしませんでした。イチローは7・8番でありずっと固定。

なるほど、如何にも新思考派らしい監督の判断だと感心したものです。というのもスウィッシャーまさに全盛期であり直近3年も含めて OPSは安定して850を記録。かたやイチローは一年を通せばOPS700を切る打者となっていました。一時的にイチローの打順を上げようが、最終的にイチローの実力値と言ってもいいOPS700以下へと回帰していきます。一方、スウィッシャーは850平均にほぼ必ず盛り返すことがセイバー的に判断できるため、ペナント全体の生産性を考えた時「動かざること山の如し」こそ正着であり、ここは2番スウィッシャー固定こそが正しい判断である。そう言ったことがあります。

では、ペナントにおいてはどんな状況でも打順は固定させるのが正しいのか。

例えば毎試合スタメンをいじくりまわしていたTBのマドンの戦術が間違っているのかと言ったらそうでもない。マドンが採用しているツープラトンの方式は、NYYの黄金期を形成したKCステンゲルが最も得意とした戦術であると言われていますが、野戦病院化した当時のヤンキースやTBのように3番ロンゴリア以外、一年間を通して成績を残せるような実力選手が少ない場合は、むしろ選手のその時々の調子や相手のスターターとの相性をデータできっちりあたりツープラトン方式を採用することが正しくなります。それが戦いのセオリーというものです。

V9や西武黄金期、ビッグレッドマシンあるいは1998年前後のダイナスティを形成したNYYでもいいですが、レギュラーが年間を通してきっちり実力を持っている強力なメンバーが揃っている場合、打順も固定化させることがペナントを戦う意味では非常に大きな意味を持ってくる。しかし野戦病院化していたり、メンバーの力がペナントで計算できない弱者のケースでは、TBマドンのように打順を変えることが正しくなるということです。打順を固定化することが正しいか間違っているかではなく、すべてはTPOにおいて戦術的な正しさというものも表現される。

ちなみにその翌年2013年の5/21のNYYのラインナップを適当にクリックして開いてみると、3番ウェルズ・4番オーバーベイ・5番ハフナーという布陣でした。2013よく見たメンツですが3人とも他のチームではレギュラーを張れない、いずれも引退直前の打者たちによってクリーンナップは固められていました。2013のNYYはジーター・タシェアラ・グランダーソン・ARODと主力がすべて戦線を離脱し、メンバーの名前における貧弱さで言えば2016を上回るものであり、この時、ジラルディは前年と全くポリシーを変えて100通りの打順を組んでなんとか耐えしのぎました。なるほど、この人は論理によって用兵も繰り出すことが2012と2013の打順の組み方ひとつでよくわかりました。2014年もサバシア・ノバ・田中・ピネダ のスターターがシーズン途中で戦線離脱し、スターターは完全崩壊、黒田だけが孤軍奮闘。

NYYペイロールは高いが主力がごぞって戦線離脱した以上、戦力そのものは平均以下でした。実際に得失点差で全体のNYY戦力を大雑把に把握するならば

2013年 -31 84勝78敗
2014年 -21 85勝77敗

印象通り2年連続で得失点差はマイナスです。かかわらず、いずれもNYYは勝ち越しを決めました。運が強いだけなら必ずその反動はくるはずです。統計的には勝率=ピタゴラス勝率へと近似すると言われています。そこで更にジラルディの実際の勝率と得失点差に基づく勝率をキャリア全体で調べました。

   実際の勝率 ピタゴラス勝率

2015 537    541     -4
2014 519    478     +41
2013 525    485     +40
2012 586    584     +2
2011 599    624     -25
2010 586    597     -8
2009 636    588     +48
2008 549    537     +12

ジラルディは総じてピタゴラス勝率に比べて実際の勝率が明らかに高い値を示しています。つまり単なる運ではなくそこには勝率を引き上げている監督としての技術が介在しているという仮説が立ち上がってくるわけです。そもそも能力のない監督が一度でも最優秀監督賞を受賞できるのか?あるいはワールドシリーズを制することができるのか?その辺はフェアーに眺める必要があります。

田口荘という解説者がいました。田口本も私は好意を持っている解説者故にすべて読んできました。セイバーメトリクスが明らかに苦手でありラルーサの申し子でもあり典型的なオールドスクールの田口は、セイバーメトリクスに基づいて小技をあまり使いたがらず強打を選択し、メンバーも少々のことでは入れ代えないジラルディが有能ではないと見えたようであり、強烈なジラルディ・バッシング記事を書きました。

日本の解説者ということでありポジショントーク、つまりいい意味でのイチローびいきという側面があったことは十分に理解していますが、それにしても、解説者田口によるジラルディ・バッシング記事は余りにお粗末な内容でした。なぜこうした記事が書かれたのかその背景のひとつには、田口がオールドスクールでありDHのないスモールなNLを主戦場にしていたのに対して、新思考派であるジラルディが指揮するのはDHのあるビックなALであったという点にあります。

「なぜOAKはプレーオフで勝てないのか?」

この記事ではオールドスクールの立場からOAKの限界を示したように、今回はセイバーメトリクスの立場からオールドスクールの知性の限界について述べていきます。

ご存じのようにスモールベースボールの本義は、ひとつひとつ塁を確実に進めて一点を大事としつつ強力な防御力によって接戦を制し確実に勝ちを拾ってゆくという面があります。時にこのスモールの堅実さを全面に出しつつもそれを梃子にして 相手の隙を見つけてはスピードをベースとした<奇襲>を仕掛けることによって相手を揺さぶり倒すというもうひとつの側面がスモールにはあります。スモールにおいて<動き>を入れることは極めて大事な戦術上のスパイスです。<堅実性>と<奇襲性>の絶妙なミックスこそがスモールベースボールにおける要諦でもあります。言わば、いつ動くのか?というのがスモールのひとつの肝にもなってくるわけで、もちろん上手に動けば 勝ちを掴むことも可能ですが・・・一方で

戦いにおいては <動いたら負けということがある。>

動くことと動かないこと。風林火山の言葉を待つまでもなく価値としては等価です。動きに監督としてのひらめきやセンスのようなものを見出すオールドスクールの田口に、レギュラーシーズン全体の利益を見据え、敢えて動かざるジラルディの良さはおそらく正しく理解はできていない。だからこそあんな無茶苦茶な暴論も吐けるわけです。実際、スモール的なセンスにジラルディはおそらくやや欠けているのも間違いないところです。スモールには心理学者のように敵味方の心理を知り尽くしたひらめきが大事になります。しかし2012イチローをレギュラーとして使わなかった理由も含めて、動かないには動かないだけの論理的な根拠がジラルディにはあります。オールドスクールの田口には新思考派のジラルディを理解できていません。しかし理解できないから=ジラルディは能力がないという方程式は成り立ちません。

優秀な田口監督が2013と2014のNYYの監督をしたとして、果たして連続で勝ち越すという結果をたたき出せたのでしょうか。あのボロボロのNYYのメンバーを率いて勝ち越せたのか、私には大いに疑問です。MLBの半分の監督はピタゴラス勝率に比べて実際の勝率が下回ることは事実です。監督を変えればそれで2016NYYは好転するような性質の課題なのでしょうか。私が第三者の立場で見る限りジラルディは最優秀ではないかもしれないがたしかに有能な監督であります。

本質的に2016NYYの課題は監督の能力などではありません。GMに新人を育てる能力がないという意味では問題ありですが、基本オーナーからGMのFAでの動きを止められている以上、GMへすべて責任転嫁するのもお門違いです。これからNYYはまた世論に負けてオーナーが日和るのかどうか、そこが大きなひとつのポイントです。しかし根本的な戦略が間違っているので、日和るのかどうかなども実は然したる問題ではありません。


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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。