なぜ四割打者は絶滅種と化したのか?

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08 /18 2015

グールドの「フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説」を読むと統計学の観点より テッドウィリアムズ以降 4割打者が絶滅種と化したのかが画かれています。以下私なりの言葉で要約し、最後にそれなりのオチを用意したつもりです。
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あらゆるスポーツは創世期からはじまって 成長期を迎えやがて成熟期を迎えるようになります。100mの陸上にしろマラソンにしろ野球にしろすべてそうです。成長期に入ると 記録というものはどんどん伸びてゆく時期を経過し やがて成熟期を迎え、その記録の伸び レベルの向上は非常に鈍化していきます。マラソンの記録などそうなっています。マラソンで言うと1920年頃ならば2時間50分が世界記録であり まだまだ いくらでも記録向上の余地はあり5分程度の記録更新は簡単でしたが、現代のように2時間5分に到達すると人間の物理条件が限界を作り出し これから先この5分を縮めるのは 90年前の比ではありません。成熟期の入ると記録の伸びる余地が極めて限定されてきます。打率もその応用で説明できるということです。


野球文化を歴史的に眺めても クイックや投手分業制 エンドラン 100球制限など あらゆるものが システマティックに磨き上げられているはずです。野球文化もブラッシュアップされていっています。技術も洗練され 練習方法から肉体や食事の管理 トレーニング方法かなどあらゆるものが総合的に進化していきます。セイバーメトリクスひとつ取っても日進月歩でしょう。選手の体の大きさも昔よりも統計的に大きくなっています。グローブの開発等によって 内野の守備率なども大幅に向上をしています。投手はスライダー チェンジアップ ツーシーム カットなど実に多彩になっていますよね。速球も体格に合わせて速くなっています。少なくとも投手のレベルは確実に上がっています。


では 打撃はどうかというと 平均打率が260のまま ほとんどここ100年を眺めても変化はありません。それはさまざまなルールの変更によって修正はされてきた結果でもあるのですが、グールドは野球界全体における打者のレベルがどう変化しているのか を判定するに <最低の打率と最高の打率>の差の傾向を眺めてみようと言います。


<最低の打率と最高の打率>の差の割合を標準偏差で統計学では表しますが、同じ打率260でも平均レベルどんどん上がってゆくならば そのカテゴリーの平均的なプレイヤーは 人間の限界に向かってどんどん近づいているということであり 自然限界の壁が迫っているために 傑出した選手が出にくくなるのだとグールドという生物学者は言っています。


実際 グールドの主張を裏付けるように打率の標準偏差も 経年でどんどん小さくなる傾向にあります。


打率400を超えても首位打者を獲得できないMLBの創世期 シスラーやタイカップ ルースなどが活躍していた時代でもいいですが 選手の打率は100台~400台まで分散しているという有様でした。現在は200~350程度になっているはずです。創成期では傑出しやすく 成熟期では傑出しにくくなるのは統計学的見地から見て当然であるとグールドは言います。


なぜ4割打者が絶滅種と化したのか ?



それはメジャーの平均レベルが上がることにより 人間の肉体的、技術的限界へもどんどん近づいているために 成熟期に入ると 必ず人間の能力の限界が大きな壁となり 同じ平均打率260であるならば 現代になればなるほど 傑出する余地がなくなり結果、400を超えるような打者が極めて出にくい状況になると考えられるのです。すなわち、野球が進化してきからこそ、その証拠として四割打者が絶滅したのだとグールドは主張します。


現代MLBよりもルースの頃の方が遥かに傑出しやすい環境にあったということは統計学的には確かなことです。「だからこそそれを裏付けるべく創世期では4割打者がゴロゴロ存在したし トリプルクラウンも数多く出現した。」ルースの野球界に与えたインパクトをどう評価するかはともかく、スポーツは時代が進むにつれて進化していくものであり、傑出度ではルースは抜群の数値を誇りますが、一般にスポーツは創成期のほうが傑出度が高くなるのは当然であり、傑出度でもってこれまた単純に評価するのも大きな問題があるということです。


よくMLBの選手を時代を超えて比較する際に、傑出度で比較するのがいかにも科学的でありフェアーであるとする本を読んだことはありませんか?しかし私から言わせたら、ルースやカッブの時代の方が当然、傑出しやすいわけであり、事は彼らが考えている程そう単純ではありません。傑出度というものさしだけでは物足りない。更にもう一段深みへと降りてゆく必要性があります。

いずれにしても 傑出度を肯定的に捉えたり 傑出度を否定して眺めたり、永遠に答えのない問いに対して近づいてゆくには 肯定と否定の狭間をスィングする認識の一段深いあり方が欠かせません。グールドの「フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説」もこれを機に是非一読されたらどうでしょうか。

次回「なぜ メジャーの球場は左右非対称なのか?」についてUPします。これからたまに、なぜなぜシリーズをupしていきます。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。