ピート・ローズの賭博とフィールド・オブ・ドリームスに描かれた夢

未分類
06 /27 2015


もしMLBというビジネスを倒壊させるにはいったい何をすればいいか?

たとえばPEDを全面的に容認すれば確実に このビジネスは倒壊します。プロレスじゃあるまいしPEDを解襟したMLBなど見ていられるかというファンはおそらく私だけではないはずです。現代にあっても尚PEDを肯定する一部のステロイド容認論者はほんとう何を考えているのか、私にはとても理解し難いものがあるのですが、率直に言って想像力の欠如としか言いようがありません。MLBの深い歴史に対する敬意というものが備わっているならば、PED容認などという愚かな考え方をするわけもありません。なぜならば、PEDの破壊力というものは単に選手の肉体を蝕むだけではなく、150年近くも連綿として続くベースボールの歴史を繋いできた重要なツールである<数(スタッツ)>の価値を破壊させてしまうからです。

薬物を解襟し、とことん薬物を進化させ突き詰めれば、最終的には50歳近くても全盛期に近いようなスタッツをたたき出す選手が出現する可能性も十分にあり得えます。HRの最高記録は73本を越えて次々と更新されてしまうかもしれません。それはこれまでの先人たちの営々と築き上げてきた歴史を蔑ろにする行為に等しいとさえ言えます。

同様にもし八百長を容認にすればPED容認どころの騒ぎではなしにMLBというショービジネスは完璧に破綻します。そういう意味で、PEDよりも遥かには八百長は重罪です。しかしながらもし仮に新コミッショナーが新たなる財源として、賭博の一種であるサッカーくじのようなギャンブル性の極めて低い賭博をMLBへ導入したからと言って、Jリーグが証明していているように基本的にはMLBの健全な運営は保たれると考えてもいいでしょう。賭博にも2種類あります。八百長につながる賭博とそうでない賭博です。



では、どうして野球賭博が禁止になったのでしょうか?


ご存知のようにそれは1919年ブラックソックス事件において、ワールドシリーズがマフィアの賭博に巻き込まれて選手が八百長に買収されたからです。野球賭博は薬物問題よりもたちが悪いものであるとソーシアは言ったそうですが、賭博の一種であるサッカーくじの例からも明らかなように、厳密には賭博そのものではなく、その賭博を通じて派生する八百長こそがベースボールというショービジネスそのものを崩壊させる致命的な問題となる。

よく言われているようにたとえピート・ローズがルール違反の賭博をしていたとしても、ピート・ローズは自分のチームの勝ちに賭けたのか?それとも負けに賭けたのか?そこには決定的に大きな違いがあります。なぜなら負けに賭けるということは手加減することによって賭博が八百長へ転化することを意味していますが、勝ちに賭けた場合は常に全力プレーすることが求められ、賭博が八百長へ必ずしも連鎖することはないからです。

繰り返しになるでしょうが、改めてこの点は極めて重要であると指摘しておきたいです。もちろん誤解はないと思いますがローズの賭博を容認しているというわけでもありません。

映画 「フィールド・オブ・ドリームス」、原作のタイトルは「シューレス・ジョー」です。映画のあのトウモロコシ畑に最初に登場するのは、伝説の4割打者ジョー・ジャクソンでした。八百長は絶対に認めることはできないものです。にもかかわらずベースボールを心から愛するキンセラは、八百長に加担したジョー・ジャクソンに対して、なぜ、あそこまで限りなく温かい眼差しを注いでいるのでしょうか?


矛盾と言えば矛盾ですが、これこそが本稿のメインテーマでもあります。是々非々は大事です。しかしそれらを越えたところに、文学的な素養のみならず真のジャーナリズムの精神というものもまた開かれている。単に正義を語るだけがジャーナリズムではありません。(正義を語ることはジャーナリズムの一部ではあるにせよ)


繰り返しますが私はPEDや薬物については断固としてNOです。しかしそれでも尚、個々の選手に真摯に向き合おうとする時、余りに単純な歴史の審判を裁く裁判官になってはいけいないような気がするのです。一部のマスメディアというものは果たして彼らを簡単に裁けるほど、無謬であり優れた知性と人間性を備えているのかどうか、私自身は大いに疑問を持っています。

もし、今目の前にジョー・ジャクソンが現れた時、あなたは果たしてどのように彼と真摯に向き合うだろうか?

単純に罵詈雑言を浴びせることができるだろうか。そうした想像力を働かせたある種の緊張感の中で、思考を深めてゆくことによってのみ、良識ある健全な批判精神を発揮することができます。批判することはお手軽でそう簡単なことでもありません。



大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。