野村克也 弱者の戦略の限界 大谷の二刀流 ルーツを求めて プロ野球歴史編 その3

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06 /12 2015
三原脩という人の持つ先進性は、2番に強打者を置くという発想もそうですがじっくり本を読んでいると半世紀前に既にセイバーメトリクスのWARの理念となるような考え方をしている点にも現れています。この三原という人はとにかく固定概念というものがなく、人がやらないような奇策を<合理主義的>に推進するところが大きな特徴です。日本ハムの初代社長でもある三原なら間違いなく、現代にあってはセイバーメトリクスについてもいち早く戦略に中に取り込んでチーム強化に努めていたと確信しています。

三原本人は、自分の原点は伝説にもなっている早稲田大学時代におけるホームスティールを成功させたその奇策を実行するところに自分の自分たる所以があると言っています。人が持ちがちな固定概念を梃子にして、心理に付け入り、奇襲奇策を仕掛けるのが実に巧みな人であったようです。


西鉄ライオンズ時代においては「強者の戦略」ビックボールを実践し見事に勝利を掴んでみせましたが、万年最下位の大洋を就任一年で日本一まで導いた際には「弱者の戦略」を用いて、奇跡を起こしてみせます。この三原はプロ野球史上、「強者の戦略」でも「弱者の戦略」でもどちらでもいけた稀有な能力を持っていた監督であったと言えます。まさに三原脩には状況に応じてどちらにでもいけるという意味で融通無碍という言葉がぴったりであり、野村が言う「超二流を目指せ」という弱者の戦略も、三原脩が大洋時代にキャッチとして唱えたものでした。


この三原脩の融通無碍という見地から、改めて野村克也という人物の「弱者の戦略」を眺めると、「弱者の戦略」こそが野村克也を優れた者にならしめた基本的なフォームであり最大のストロングポイントではあるが、同時に「弱者の戦略」というフレームがひとつの固定概念となり、野村氏の認識における限界を作り出している姿がはっきり見えてくるのです。そうしたパースペクティブを与えてくれるのが三原脩という人物です。



魔術師と呼ばれた知将・三原脩は文字通り数多くの奇跡を起こしてきました。奇跡という言葉を「不可能を可能にする」という意味では捉えるならば、栗山という監督も誰もが不可能であると考えていたことを可能にしてきました。


●ひとつは日本へ行くことは100パーセントないと言い切った大谷をドラフト1位で指名し、見事に口説いて大谷がNPB入りすることによって日本プロ野球界全体の多大な利益をもたらしてみせました点にあります。不可能だと皆思っていたからこそ、あれだけの逸材に対して指名するチームはなかった。大谷を1位で指名してメジャーに行かれた時、リスクが大きすぎる。しかし他が無理だと思っているからこそリスクを取ってでも敢えて攻める。まさに三原流です。


●二つめは誰もがAクラスすら不可能だと思っていたダルビッシュ抜け、前年3位だったチームを就任一年目でリーグ優勝させた点があります。これも誰もが不可能と思っていただけに奇跡と評してもいいでしょう。実際 今年のソフトバンクを優勝させることのできる監督は工藤以外でもできるでしょうが、ダル抜けの日本ハムをリーグ優勝に導ける監督はほとんどいないと言って過言はないでしょう。


●三つめは大谷の二刀流などできるわけないだろうという世間の常識を見事にひっくり返して、13勝11本HRという史上初の快挙を成し得ました。これも完全に世間の常識をひっくり返しました。当初は多くのファンは圧倒的に 反対だった記憶があります。個人的には三原脩、栗山ラインでこの二刀流を捉えていたので、賛成派でした。


仰木彬監督が三原修の最後を看取ったのであるならば、栗山監督は現役で唯一毎年 三原脩の墓参りを欠かさずしている監督です。三原イズムというものはそんな風にして時代を超えて受け継がれてゆくものなのかもしれません。


新聞記者上がりのプロ野球選手という異例の経歴を持つ三原は言葉に卓越したセンスを持っていましたが、この言葉の魔術を通してチーム内のコミュニケーションを図り、モチベーションを選手へ植えつけるとともに、敵に対しては時に怒らせ、時に油断させるという言葉の変幻自在ぶりで巧みに陽動し勝利を手繰り寄せたのが三原でした。日本シリーズ3連敗直後の「首の皮一枚残った」やその後の4連勝で大車輪の活躍したエースを称して「神様 仏様 稲尾様」という後世にまで残る言葉も残しています。この言葉を通して、野球に魔術をかけるという部分に栗山監督も大変に魅かれたと言っています。栗山自身が一流の言葉におけるコミュニケーターであればこそでしょう。


この大谷、二刀流をなんとしてでも成功させるという栗山の信念の原点には、おそらくは三原脩が近鉄の監督時代、あぶさんのモデルともなった永淵洋三の二刀流にあったわけですが、トルネード、振り子、二刀流。結果が出てみれば容易に見えますが、こうした極めてオリジナリティの高い個性を受け入れる器を保守的なプロ野球の流れの中に見出すことは、なかなかに難しいことです。野茂は日本人投手のパイオニアとして、イチローは日本人野手のパイオニアとして、そして大谷は日本人二刀流のパイオニアとしてMLBの舞台に立つのかどうか、、、それが成功するかどうかはともかくそのチャレンジにはファンを魅了して止まない夢があります。夢を見せるという点にこそショービジネスにおけるプロ野球の原点があることも三原脩という人は十分に知っていた人でした。


そしてこの三原脩という人そのものが今から80年前に 日本人最初のプロ野球選手として巨人と初めて契約を結んだパイオニアでありました。成功するかどうかさえ全くわからなかった職業野球に身を投じた三原脩もまた道を拓く人であったと言えます。


栗山監督は2015年シーズンinする前に、オリックスやソフトバンクといった大型補強したチームがシナリオ通りそのまま勝つならば、ペナントを戦う意義などそもそもないじゃないかと言いました。おそらくは誰よりも勝利することを栗山監督は信じ勝つためにどうすべきか戦略を練っている。


大戦力ソフトバンク必勝をよしとしない前提として、野球ほど予測不可能性に満ちたゲームもないことを栗山は確信しているはずです。


   「野球とは筋書きのないドラマである」       三原脩

圧倒的な戦力を持つソフトバンクに勝つことができるのかどうか、これからのペナントも期待をもって日本ハムが繰り広げるドラマを見守ってゆくつもりです。




大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。