黒田博樹の引退 完成された野球人生とは

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10 /19 2016

ベーブ・ルースのキャリアが ボストン・レッドソックスから始まり、ニューヨーク・ヤンキースを経て 最後は再びボストン・ブレーブスでその野球人生を終えたように、ウィリー・メイズもまた ニューヨーク・ジャイアンツから サンフランシスコへと移動し 最後はニューヨーク・メッツでその野球人生を締めくくったように、二人とも最後はキャリアをスタートさせた場所へ戻っていきました。

野球というゲームとは ホーム(ベース)からスタートし、再び「苦難を克服してホームに帰還する」までのドラマであり、それはまさしくギリシャ神話の古典でもある一大叙事詩 「オデュセイア」にも通じるのであり、それが証拠に「オデュセイア」作者の名は「ホーマー」なのだと、ピート・ローズを永久追放した歴代コミッショナーであるジアマッティは言ったそうです。

ホームベースはマウンドの方向から眺めるとまさしく、家のような形をしている。すっかりお馴染みのバックドア(裏口)やフロントドア(表玄関)もホームベースを家に見立てて作られた言葉です。

慧眼の士マービン・ミラーが似非インテリと称したジアマッティの「オデュセイア」についての話が私はとても好きなのですが、ひょっとすると完成された野球人生とは 黒田のようにホームである広島からキャリアをスタートし、海を越えてさまざまな経験を経て戦果を得て、再び ホームである広島へと帰還するものなのかもしれない。

20億と6億、もし選択する権利があるならば1000人いれば999人は20億を迷うことなく選びます。一方、ヤンキースのマイナーリーガーであった福留は阪神入りに際しても、実力不相応の金額を要求しその守銭奴ぶりを遺憾なく発揮しました。両者のあり方は余りにも対照的でもあり、20億円のオファーを蹴ってでも広島へ帰還した黒田の移籍劇は野球という一ジャンルを超えて、「義に生きる、武士のあるべき姿とは何なのか」その生き様を通して現代の日本人に自らの足元をもう一度見つめ直す機会を与えたと言ってもいいかもしれません。

松井も5億は絶対にくだらないオファーも巨人からあったのでしょうが、醜態を晒したくないと潔く引退をしました。その毅然とした姿はSB松坂とは対照的でもあります。

過去様々な名勝負がありました。イチローと松坂。伊良部と清原。

しかしながら私の一推しは全盛期の黒田と松井であり、二人が対決したあの一種独特の空気感は今でも鮮明に覚えています。あの緊迫感は二人がその本質において本物の武士であったからこそ、生まれたものだったのですね。

拝啓 黒田博樹 様

初優勝おめでとうございます。長い間 お疲れさまでした。


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日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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写真は古代ギリシャの神殿。