2016は大谷翔平で始まり、大谷翔平で終わる!

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09 /28 2016

大谷の選手としての成績は、おそらく投手としてWAR5.0、打者としてもWAR5.0、計WAR10.0前後の数字を大谷は最終的に残すのではないかと予測しています。(日本のサイトには有料でアクセスできず。いずれ明らかになるはずです。わかれば修正記事を入れます)。参考までにWAR5.0というとオールスター級の投手、あるいは野手という評価になる。

日本ハムチーム全体のWARが27.0前後ですから、4割前後のWARをたたき出す大谷の戦力としての巨大さが数字からも明らかになっている。WAR以外にもセイバーメトリクスにとって選手を判定するのに、最も馴染みのある指標のひとつはFIPとOPSということになる。投手大谷のFIP2.00台前半 打者大谷のOPS1.00。イメージとしてわかりやすく言うと打者大谷は松井秀喜の日本時代のキャリア平均レベルのOPSであり、投手大谷はダルビッシュのキャリア平均レベルのFIPにある。

大谷二刀流のパフォーマンスの質としては、紛れもなく主砲でありながらエースそのものである。

こうした大谷のポテンシャルを最大限引き出せてこそ、はじめてパリーグを制することができると栗山監督は優勝という目標から逆算して、戦略を練っていたことがこれまでのインタビューの端々からも伝わってきたはずです。WAR10.0を超えてくるようなスーパースターが出現しない限り、最下位であった2013年から黄金時代を築きつつあったソフトバンクをオーバーテイクするための戦力差を補うことはできないと戦略家・栗山監督は考えたに違いありません。

中田を4番に育て、レアードを本塁打王を奪取するまで辛抱強く使ったのも栗山監督でしたが、そんな中、なかなか飛躍することのできない斉藤佑樹にはとても甘いとも言われます。ただでさえ世間からは数限りない心無いバッシングが寄せられる中、監督が斎藤の防波堤にならなくてどうするというのか。どうやら世間は斎藤が潰れることを望んでいるようですが、監督はそうした選手が潰れないように配慮するのは当然のことです。あるいは大谷翔平についてはほっておいても世間は絶賛しているわけです。監督くらい大谷には厳しい眼差しを注ぐくらいでちょうどいい。

すべてはチームにとって、選手にとって最善手とは何かという目的思考によって、栗山監督の行動原理は貫かれている。大谷二刀流や増井のコンバートだけではなく、先発斎藤の起用や吉井のコンバートもすべて含めて、それ全体ではじめて栗山マジックとなる。おそらく栗山マジックの全体像を把握するとはそういうことなのではないか。

かつて1958年伝説の日本シリーズ、3連敗からの4連勝で見事に日本一に西鉄ライオンズを導き大逆転勝利を収めたのは三原脩でしたが、実は1958年ペナントにおいてソフトバンクの前身でもある強豪・南海と一時的11.0ゲーム差につけられながら、絶対に不可能であると考えられていた奇跡の逆転劇でパリーグを制覇するというドラマを既に演じていました。ある意味、日本シリーズ以上のドラマ性を孕んでいたのが1958年のレギュラーシーズンであったと三原脩は回想している。

栗山マジックの本質は、二刀流やコンバートも含めて<三原脩>という文脈の中ですべて捉えられるべきものだと言ってもいい。それだけ三原脩の強烈な影響力が栗山英樹という監督に深く及ぼしている。プロである以上、ほんとうに単に勝てばそれでいいのだろうか。少なくとも三原脩はプロの監督の仕事をそこまで矮小化したものであるとは考えていなかった。魅せながら勝つことこそ真の名将の条件となる。観客動員200万人を突破し、数十年に一度しか起きないような奇跡的な勝利まで後わずかに迫っている。

勝負は9回2アウトから。その言葉通りダルビッシュの在籍するTEXは過去2度までも9回2アウトから大逆転を喰らって、ワールドシリーズの優勝フラッグを逃している。わずか二試合を残してマジック1、日本ハムの若手がプレッシャーで浮足立ち、もし大谷で落とすようなことがあれば、「今あるピンチは世紀の大どんでん返し逆転優勝、ソフトバンク最大のチャンス」と工藤監督が捉えることは十分に可能である。もし残り2~3試合でマジック1という状況をSBの監督が心底、これはピンチではなく大チャンスであると逆転の発想で捉えているとしたら、監督としては相当の器だろう。

11.5ゲーム差がついても、それは単なるピンチではなく大逆転優勝するためのドラマを演じる最大のチャンスなのだと信じ切る栗山監督のような人は果たしてどれだけいるだろうか。栗山監督という野球人を眺めていると、映画に感動し自家製の野球場「Field of Dreams」を作ってしまったように、おそらく誰よりも野球に恋をして、誰よりも野球の知識を持つべく好奇心を持ち、誰よりも野球にロマンを感じているに違いない。打算が先行するプロの世界では、時には計算も超えた監督のようなひたむきさな野球と向き合う純粋さが力となるのかもしれない。

残された試合は極めて少ない。大谷二刀流が決めるのか、それともコンバートされた増井が決めるのか最後まで勝負はわからない。この記事に目を通している人の中には今の状況に微かな危機感を覚える人もいるかもしれない。

しかしだからこそ、プロとして大いなる見せ場としてのチャンスが今ここにはある。

ちなみに最初からTVドラマのように完全なシナリオがあるとしたらそれをプロ野球の世界では八百長という。結末は最後までわからないからこそ、そこに真の野球としての醍醐味もある。日本ハムからしてみれば開幕を大谷翔平で迎え、レギュラーシーズン最後を大谷翔平で締めくくるとしたら。これ以上の出来過ぎたドラマはない。人を感動させ勝利を得るまでのドラマ性にこそ、ベースボールにおける真の芸術があり、そして、そこにこそ栗山マジックの真骨頂がある。


「頼むから、勝ってくれ」




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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。