ジャッキー・ロビンソンからビーンGMまでロジスティクスの歴史  落合中日は日本ハム流広義のマネーボールに学べ 

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08 /29 2016
記事をアップすべきところを間違えました。再掲です。失礼しました。

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ロジスティクス。兵站こそは、チーム強化における要諦でもあり、如何に質のいい選手を戦いの最前線へ送り込めるのかという課題は、ベースボールがプロへと化し優勝を目標として以来、時代を超えてGM最大の課題であり続ける。

そのロジスティクスにおいて「ビックマーケット」の財政力にものを言わせてFAで数多くの大物を獲得して、大きな成功を収めたジョージ・スタインブレナーのようなやり方もあれば、育成能力を洗練させつつ各選手がチームの勝利に向かってベクトルを一にして戦えるような体勢をファームシステム全体まで深く浸透させ、FAとの適切な補強のバランスによって「ミドルマーケット」にあっても強豪の地位を築いたSTLのようなチームもあります。あるいは「スモールマーケット」であるにもかかわらず野村再生工場によって他のチームでは価値のないと判断された選手の力を改めて引き出し、弱者の戦略によってそれらを束ねて巨人を倒したチームもあれば、OAKのようにセイバーメトリクスを駆使して選手の真の価値を見極める独自の技術によってチーム強化に成功したところもある。

それぞれの財政力、マーケットの大きさによって、正しいロジスティクスのあり方というものは変わってくる。

ここではまずざっとMLBのロジスティクスについての歴史について触れてゆくこととする。

1920年より以前においてまだ完全に独立組織であったマイナーリーグのチームをMLBの下部組織として組み入れ「ファームシステム」を構築することによって豊富な人材供給源を得て弱小だったチームを一躍強豪へ変えたのは、STLのブランチ・リッキーでした。ヤンキースに次ぐWS制覇すること11回を数える強豪でもあるSTLですが、意外にも世界一のフラッグを奪取したのは1926年であり、リッキーがファームシステムを構築し始めて成果が出始めたのが5年後くらいからであったということになります。

ファームシステムとはメジャーがマイナーの各チームへ経済的な援助する代わりに、マイナーのチームは優れた選手を育成しメジャーのチームへ選手を数多く供給するというwin-winの戦略的互恵関係に持ち込むというものです。効率的なロジスティクスの活路を見出した策士ブランチ・リッキーは、他のチームもSTLに追従しファームシステムを構築するまでは、大きな先行利益によって1930年前後においてはすっかり強豪となりSTLは「ガスハウス・ギャング」と呼ばれるまでになります。

強いチームになるための最短距離はいい選手をどれだけ揃えることができるかという実にシンプルな結論に帰着し、ロジスティクスの質に大きく左右されることになります。

このSTLのGMであったブランチ・リッキーは後にブルックリン・ドジャースのGMとなり、各チームもファームシステムを構築し終えた1940年代に入るとファームシステムの先行利益も消えたため、新たなる人材供給源を当時はご法度であったアフリカ系の選手へ目をつけることになります。当時のブルックリンには数多くのアフリカ系アメリカ人がいたためにマーケティング戦略の観点からして、同時に如何に安く優秀な選手を獲得できるかというマネーボールの観点からも、アフリカ系のジャッキー・ロビンソンをデビューさせるという大胆な奇策はブランチ・リッキーからすれば極めて合理的な経営判断であったと言えます。人道的な側面からジャッキーをブルックリンからデビューさせたというよりも、あくまでリッキーはGMとしての戦略の一貫の中で後にジャッキー・ロビンソンディともなる1947年の4月15日という日を捉えていたということです。

他のチームに先駆けて数多くのアフリカ系の選手を数多く獲得した1950年代、ブルックリン・ドジャースは全盛期を迎えることとなります。しかし「さらばヤンキース」という本にも詳しいように1960年代半ばにもなれば保守的であったアメリカンリーグのチームも積極的にアフリカ系の選手と契約を結ぶようになり、またもやドジャースの先行利益はなくなりつつありました。多くのチームがアフリカ系の選手へ触手を伸ばせば、最初は安かったアフリカ系の選手の年俸もマーケットは買い手から売り手市場へと移行し、適正価格を目指して上がっていきます。

そこで新たなる人材供給源をドジャースを探すようになります。それが中南米のヒスパニック系でした。ヒスパニックがMLBに本格的に増えたのは ドジャースが1980年代に入って中南米にベースボールアカデミーを作り始めた頃からです。フェルナンド・バレンズエラはもちろんヒスパニックであり、バレンズエラが新人王に輝いた1981年にはワールドシリーズ制覇。

改めてLADの世界一の年を列挙します。

1955 · 1959 · 1963 · 1965 · 1981 · 1988

勝つには勝つだけのロジスティックスの背景がある。

やがてどのチームもドジャースの成功に影響を受けて中南米にベースボールアカデミーを作りはじめると、1990年代に入るや、ドジャースはアジアへと他に先駆けて進出しパクや野茂を受け入れてゆくのです。

古来よりGMはチームを強くするために如何に優れた選手を安く仕入れることができるのかという、この戦略的な課題を解決することに注力してきました。もしこれを広義におけるマネーボールと呼ぶならば、セイバーメトリクスという技術に目をつけたOAKの手法もマネーボールにおけるひとつの手段にしか過ぎないことがわかります。そして他のチームもセイバーメトリクスを取り入れてOAKの追従すれば先行利益はなくなるのもまた自明なこととなります。

こうした中、当ブログが感心したのはBOSがペドロイアとの契約を結ぶ際に示めされた少しユニークなマネーボールにあります。BOSのペドロイアという身長170cm強の小柄な選手が2014年から総額1億1000万ドルの8年契約を結びました。ゴールドグラバーでもあり、リーグMVP、球宴選出4度とメジャーを代表するセカンドでもあるペドロイアの契約は、比較対象ともなり得るカノが10年2億4000ドルであったことを考えると、一年当たりではカノよりも1000万ドル以上も安くバーゲンコントラクトと評価されていました。

ペドロイアがFAでマーケットに出れば確実にあと総額数千万ドルを上乗せすることも可能でした。しかし選手は必ずしも常に経済合理性に従って、判断する存在ではありません。非合理性をも内包した存在こそが人間であるからこそ可能となったBOSのマネーボール。「身長を理由に、多くの球団が指名を控えたなかで、BOSは僕をドラフト指名してくれた。球団に正しい選択をしたと思ってもらえるように、今まで必死でやってきた」と、ペドロイアはドラフト2位指名された球団への恩義を忘れていなかったからこそ、マーケットに出た時の年俸よりも明らかに低いBOSのオファーを受け入れた。日本ハムのレアードも監督やチームへの恩義故に、FAのマーケットに出るのに比較して総額において、おそらくは数億円もの利益を失ってでも日本ハム残留という意思を強く表明するに至りました。

余程の個人的な事情がない限り、大島と平田は中日を確実に出ることになるはずです。人材よりも金を優先し非情なコストカッターと化した落合中日は、日本ハムのような人材を大事にする姿勢にこそ学ぶべきではないのか。日本ハムは決してFAとなった選手を無理に引き留めることはしません。しかし活躍した選手に対して保留条項を盾にして、落合が示した理不尽なまでの低い年俸をオファーすることもまたないのです。

現在、日本には88名もの1億円プレイヤーがおり、その多くはセイバーメトリクス的には大島と平田よりも価値が低い選手たちである。大島と平田のようにWARがリーグにおいてもbest5とか10に入っていた選手が、なぜ1億の金さえもらえないのか?セイバーメトリクス的には全く理不尽にして不可解なのです。ほんとうに落合GMはマネーボールという本を読解したのだろうか。

数年前に大島ともめた時も落合による主観的なフィーリングによって大島の守備に難癖をつけ年俸を抑えていたが、セイバーメトリクス的に見れば大島のUZRはセリーグ平均のセンターよりも高い数値を示していました。あるいは落合は現役時代、リトルリーグでも使用可能と言われた川崎球場で記録した50HRという数字を、第三者から低く評価されるのは我慢ならんということなのか、落合はたとえナゴヤドームにおいても球場の広さなど全く関係なく自分が現役なら50HRを打てるという荒唐無稽な話をしていたことがあります。ここからわかるのは、落合はパークファクターという概念さえ全く理解していないということです。落合は旧ナゴヤ球場という川崎球場にも劣らない超ヒッターズパークでも50には全く届かなかったはずであるが、全く理解に苦しむ話ではあります。

大島への不当な守備評価といい、打者のスタッツは球場の大きさには影響を受けないという無茶苦茶な結論といい、落合GMはセイバーメトリクスについてもほぼ全く勉強などしていないにもかかわらず、「マネーボール」という本を持ち出して自ら中日のGMに就任したことは明々白々である。マネーボールの本質は、主観的に過ぎる印象によって選手の価値を見誤ってはならない点にこそあるが、大島や平田への不当な低い評価のみならず、自らの選手時代のスタッツ評価を不当に高めることまで落合GMはやってしまっているのです。

コストカットへの王道は単に落合が示したような非情さのみに開けているものではありません。もちろんシビアな面を持つことは大事です。しかしレアード残留へからもわかるように、同時に選手を大事にする温情の中にもコストカットへの道が開いていることを落合中日は知るべきではないか。

どんなに素晴らしい成績を残そうが、俺流フィーリングによるイチャモン査定で年俸を抑制する限り、選手のモチベーションは下がり、中日が負のスパイラルを避けることは不可避である。<魅せながら勝つ>それが三原脩の野球であり、その継承者でもある栗山監督は見事に今表現しているが、選手さえも魅了することのできないGMに果たして、スタンドに足を運んでくれるファンを魅了する野球を表現できるのだろうか。

ブレ―ストーミングで現実性をすべて括弧に入れて思いつくままに書くならば、暗い閉塞感のある中日の現状を変えるにはとにかく明るい中畑のような監督を据えることが大事になります。更には三原脩も言うように、今の中日のようなこうした停滞したチームを変えるには大型トレードによってチームの血の入れ替えをドラスティックに断行するしかなく、同時にFAで有力選手を引き入れる政治力をもったGMが適任である。となれば楽天の星野取締役を引き抜いてGMとして再登板を願うしかないのではないか。

交渉において落合は一見、大島をねじ伏せて勝ったように見えながら、戦略的な観点から眺めた時、チームは弱体化したという意味でほんとうは負けたのではないか。落合がGMである続ける限り、中日が人気と実力ともに手を入れることは極めて困難なことのように結論されるが、今後の動向に注目していきたい。

(当ブログとしては珍しく、多数の意見と一致した結論となりました)

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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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写真は古代ギリシャの神殿。