ヤンキース ファイアーセールへ 論理を超えたジョージ・スタインブレナーの偉大さ

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08 /06 2016
「視聴率も下がり続ける チャップマン放出劇にみるヤンキースの現状」

どうやらこの記事を書いた時までは、やはりというべきかハル・スタインブレナーは中途半端な動きを選択しチャップマンだけは売って、補強はせずにコンテンダーとして8月に突入する予定だったようです。しかしチャップマン放出以後のレイズ3連敗で一気にファイアーセールへ決断。オーナーからGOサインが出ればいつでも合意できるようにキャッシュマンが下準備をしており、デッドラインぎりぎりで、ミラーを皮切りにノバ・ベルトランとファイアーセールへ断行したという流れだったことが判明しました。

今回改めてはっきりしたことは、現オーナーが父親同様、チーム編成に相当の口出しをしているということです。問題はそのハル・スタインブレナーの口出しが、戦略的にほんとうに正しいのかどうかという点にあります。今回は「合成の誤謬」という少し変わった切り口から、今回の件について改めて振り返ってみたいと考えています。(それなりのオチを最後に用意しました。気が向いたらお付き合いください。)

下記3点ABCのグループについてまず見てください。

A「無駄な支出をしない。」
B「アクティブロースターが若い。」
C「マイナー組織プロスペクトが充実している。」

無駄な支出を「贅沢税」と言い換えてもらってもいいですが、それぞれ3つを単独で見ればすべて正しいことを言っています。これら正しい事柄ひとつひとつ繋ぎ合わせて、大きなひとつの理念でまとめ上げれば今回のファイアーセールに帰着し「創造的破壊」、新生するためにスクラップアンドビルドすると表現することも可能です。

一方、財政力にものを言わせたジョージ・スタインブレナーがやってきたことをEFGのグループとして箇条書きにすると

E「贅沢税をじゃぶじゃぶ支払う。」
F「アクティブロースターは高齢化している。」
G「マイナー組織はすかすかである。」

ジョージ・スタインブレナーが断行したことを要素分解すると、どれもが間違っているように見えます。更に冷静に俯瞰していきますと、ハル・スタインブレナーのやっていることはボスこと・ジョージ・スタインブレナーのアンチテーゼであることがよくわかります。ABCグループとEFGグループを比較すれば、ABCグループのハル・スタインブレナーのやり方にも明らかに理のあることがわかります。

しかしここにこそまさに今回お話する「合成の誤謬」の大きな罠があります。

「合成の誤謬」とは、ザックリ言ってしまうと「正しいこと+正しいこと+正しいこと=間違った結果」となる事例もあることを示しています。普通に考えると正しいことを足していけば正しい結果が返ってくるようにも思えますし、正しい結果が得られることもあります。しかしどんな条件下でも常に正しい結果が返ってくる訳でもありません。

そもそも翻って戦略の目的とは何でしょうか?

「チームを勝利へ導き、多くのファンに喜んでもらい観客動員を増やし利益をたたき出す」ことに尽きます。

最終的に抑えておくべきポイントは、論理的に正しいか間違っているかでもなければ、まして手法が古いか新しいかでもありません。すべては戦略の目的を達成しているのかどうか、当然のことながらここへ戻ってこなくてはなりません。実際、人気においても実力においても他のチームとは一線を画し、明らかに一目置かれていたのがボスが率いるかつてのヤンキースでした。

ジョージ・スタインブレナーの手法にはたくさんの欠点や負の要素があることは明らかです。しかしそこだけを切り取ってフォーカスしてボスという人物の全体像を把握したと早合点してはならないはずです。つい最近も「いつまでも昔のヤンキースのようにPOに出ることが当たり前だった時代はもう終わったのだ」そんな記事を見たことあります。そのライターが自らの認識力の限界に引き付けて、常勝で居続けることはできるわけがないと結論づけ話を勝手に展開していたわけですが、そのライターが不可能と考えていたことをジョージ・スタインブレナーは可能なものとして実際に結果として出し続け引退しました。

これは一体何を意味するのか?

おそらく第三者の立場から眺める限り「そのライターよりも遥かにジョージ・スタインブレナーの方が偉大であった」ということです。「金をつぎ込めば誰でも勝てる。」そんな口上もよく聞くはずです。しかし金はあることと実際に勝負につぎ込むことは別物であり、勝負に出るためには度胸が必要です。大金を投じて勝負できるというのも立派な才能の一つだという視点を決して見落としてはなりません。

ジョージ・スタインブレナーを過大に評価する必要もないですが、過小に評価するのもまた大きな問題となります。HOUやCHCのように一度、徹底して破壊をした後に大いなる飛躍があったように、何の疑念を呈することもなくヤンキースも同じように完全な売り手へ回ったことを正しいとする論理を展開する話を見た人もいるはずです。しかし中小マーケットのチーム戦略の延長線上で、単純にヤンキースのようなビックマーケットを語るという時点で、全く戦略のイロハを知らないことを表明しているに等しいと言ってもいい。しかもこれが一般の人だけでなく、一部の名物記者と言われる人までもが同じようなことを言っているのには驚きました。野球の情報や知識を豊富に持っていることと、戦略の知識は全くの別物です。

当ブログがヤンキースは売り手へ回るべきと言ったのはミスの上にミスの上塗りをしてはならいといった程度の話であり、なぜファイアーセールをしなくてはならないほど、ここまでヤンキースを衰退させてしまったのかという点にこそフォーカスし続けています。

戦略的な正しさを掴む上において大事なのは「合成の誤謬」からもわかるように、論理的に正しいか間違っているかという以上に、本質的に何がより大であり、何が小なのかを見極めるバランス感覚に求められなければなりません。

セーフィコというピッチャーズパークにあってSEA2010のズレンジックによる超守備型戦略などが「合成の誤謬」の一番わかりやすい例です。論理としては一見正しく筋は通っていたが、戦略としては間違っていたために100敗超もし大失敗に終わった最たる例です。当時あの戦略は絶対に正しいと信じ込んでいたSEAファンは多数でした。しかも一定の知性を備えた人たちに限ってズレンジックを支持していたという点が非常に重要です。そこには賢い人たちを納得させるだけの明快な論理性が備わっていたことになります。個人的にはそこには正しい論理性があることは認めるものの、最終的にその戦略は破綻すると予測した側の人間だったので、どんなに負け続けてもズレンジックの戦略の正当性を論理でもって擁護する意見をどうしても読めなかった記憶があります。

このようにどのような意見にも一定の論理があり白か黒かで完全に区分けすることはできません。ジョージの手法にも正の要素があり負の要素もあるように、ハルの手法にも正の要素があり、負の要素がある。大事なのは戦略の目的から鑑みて正と負を比較してどちらがより大なのかを判断する、深いバランス感覚に帰着することになります。ヤンキースのブランド化に成功したボスのやり方にいろいろ問題はあったが、そういた負の要素を補って余りある、更なるプラスを打ち出すことに成功していたことは実績からも明らかなことです。MLBではアクティブロースターの年齢の若さを争っている場でもなければ、プロスペクトがどれだけ充実しているかを争っている場でもない。まして手法が新しいか古いかで評価することなど全くのナンセンスである。戦略の目的を達成していたかどうかですべては判断されるべきである。

個人的には数百冊程度しか戦略の本も読んでいません。特に戦略について精通しているというわけでもないですがしかし戦いにはセオリーというものは確実に存在しており、強者の戦略から眺めてもやはりジョージ・スタインブレナーの手法は基本的に正しいと結論できます。尚若手や生え抜きに対して多少のケアもし、その手法に一部マイナーチェンジを取り入れたらもっと良くなるとも考えています。

ファイアーセールを肯定する論理は、十二分に理解しています。しかし当ブログが着目しているのは、論理の正しさではない。高橋是清という財政の天才も、「合成の誤謬」に秀才は陥りやすものであるということをはっきり言っています。論理的な正しさは必ずしも戦略的な正しさを保障するものではありません。

今回ファイアーセールをもろ手を挙げて賛成し、贅沢税回避することはマストであると信じる人たちは高橋是清も言う通りたしかに論理的でもあり賢いと思う。しかしジョージ・スタインブレナーというMLBの歴史においても名を残こすであろうオーナーにはそうした賢さを超えたスケールの大きさ感じるのです。

結論

金があれば誰でもジョージ・スタインブレナーと同じようにヤンキースをリードできると思ったら、全くの大間違いである。何が大であり、何が小なのかが、わかるという意味での論理を超えたリーダとしての賢さがジョージ・スタインブレナーにはあった。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。