戦略的正しさについて ~なぜNYYはカノを放出してはいけなかったのか?

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04 /07 2016

NYYの累積ぜいたく税額が3億ドルを超えたという報道もありましたが、年平均にすれば3000万ドルです。例えばこの3億ドルという絶対値にのみ目を奪われ、だからNYYはぜいたく税ラインは切ることこそが戦略的な最大の課題となるわけではありません。このことついては最初に指摘しておきたいと思います。10年前よりNYYは収入は倍増しているが、ペイロールは10年前とほぼ変わりありません。収入が半分であったジョージの頃から今と変わらない2億ドルのペイロールを支払いかつぜいたく税も2000~3000万ドルを支払っていたわけです。10年前と比べて収入が減っているなら、十分にぜいたく税へケアするのもわかる話なのですが、ほんとうに今NYYの喫緊の課題はぜいたく税ラインは切ることなのでしょうか。単にぜいたく税の累計額のみフォーカスすることなく、これはあくまで収入と支出の全体のバランスでこの問題も捉えられるべき問題なのです。収益は一貫して右肩上がりです。視野を限定させることなくもっとより大きなバランス感覚をもって、ぜいたく税についても眺めるべきではないでしょうか。

しかし勘違いして欲しくはないのですが、戦略的な正しさとは、ぜいたく税など関係ないとばかりに常にイケイケドンドンで攻めまくることでは断じてありません。

グリンキーショック、LAD岩隈を獲得する

例えばこの記事では「なぜLADは金が多くあるのにグリンキーを抑えなかったのだ」という一般的に見られたフリードマンへの批判的な論調とは一線を画しており、グリンキーについて中長期の戦略を睨んだ時、サラリーがあまりに高すぎて財政の柔軟性を損なうならば手を出さないという今回の判断こそが、LADにおける戦略的な正しさとなると明言しています。グリンキーを逃した=間違った判断であるとは結論していません。同時にその記事ではNYY2013のカノは絶対に抑えておかなくてはならない案件だったとも言っています。このふたつの案件に対する対照的な見解からもわかるように、単に積極的に攻めるだけが正しいということでもありません。

実は<大胆さ>と<慎重さ>というものはどちらも戦略的に等しい価値を持っているものです。状況判断力が鈍いと、本来大胆に攻めるべきところを慎重になり後手を踏むNYYのハルや2014KCのヨーストのようにもなれば、周囲の流されずに慎重になってぎりぎりところで引き返せるLADのフリードマンのような者もいる。戦略において単に攻めるだけでなく、時には慎重であることも極めて重要であり、一辺倒ではないこうした奥行というのか懐の深さはとても大事になります。

なぜカノは絶対に手放してはいけなかったのかについては、これまでも述べてきました。殿堂入り可能な貴重な生え抜きであるとともにセカンドというディフェンシブなポジションにおける強打の左打者はヤンキーススタジアムにはこの上なくフィットします。何よりもカノを評価する最大の理由のひとつは健康スタミナというツールがMLBにおいても際立って優れたものであるからです。参考までに数字でもただ今調べてみました。ここ10年2007~2016でソートすると、MLBで最も出場試合数の多い選手こそが他ならぬ、ロビンソン・カノでした。スペランカーのエルズベリーやロートルのベルトランにあれだけの金を積むなら、まず最優先事項はカノとの契約ではなかったのか。このブログにその当時はエントリーしていなかったのですが、「カノの放出は大失策以外の何物でもない」とする記事は他の場所にログできっちり残っています。

NYYが見せる<将来の勝利>を大事にして新人育成を図ることはいいことです。それを否定したことなど一度ありません。しかし2015NYYのようにFAには一切動かないという動きは余りに極端であり、亀のように甲羅の中でじっとしていることが戦略的に本当に正しい動きなのかどうか。LADのように<目先の勝利>をFAの補強をし目指しつつ、<将来の勝利>も新人育成を怠ることなく注力するというこのフリードマンの有するバランス感覚の中にこそ、戦略的に正しいあり方を当ブログは見出すものです。

ソフトバンクの孫正義もそうですがLADのフリードマンについても、彼らの動きの中に非凡なセンスを感じます。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。