日米におけるフリーエージェントの違いと行動経済学

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12 /16 2015
日米におけるFA権の行使率の違いを文化や民族性の違いの寄るものであると、以前書いたのですが、論点がずれているという指摘がありました。その後じっくり熟考するにたしかに私の考え方は浅はかだった可能性があると思い直し、再考しました。


当ブログの中心理念ともなっているリベラルアーツの一技法として<行動経済学>について、本を読んだりすることもあるのですが、行動経済学のアリエリー教授は「人はある重要な決定をする時ですら、デフォルトの形式に則って選択する傾向を持ち、楽な道を選びたがることが統計的にも明らかになっている」と言います。

MLBではワールドシリーズ終了後5日後までに所属チームとの契約が締結されなければ、すべての選手が自動的にFAになるのに対して、NPBでは日本シリーズが終了した日の翌日から土、日、祭日を除く7日間以内に、FAの権利を行使するかどうかを表明する。つまりデフォルトの選択がそもそもMLBでは自動的にFAになるのに対して、NPBではFA宣言をしなければ自動的に元の所属チームに収まるということになります。このデフォルトの設定こそがFAの行使率に甚大な影響を与えているとの指摘はやはり行動経済学の観点からして全く正しいです。

つまり狩猟民族か農耕民族かという私の考察は、ある意味的外れと言えなくもありません。しかしながらここで更に踏み留まって考えてみたいのです。なぜMLBのデフォルトはFAに自動的になり、NPBのデフォルトは元の所属チームへ帰属するようになるのか。日本では生え抜き第一主義が深く根ざしており、まだトレードについては外へ放り出されるとか、FAに関してはチームを裏切るという空気が少なからず蔓延しています。日本では移籍そのものが文化的に必ずしも好ましいものとして捉えられていないためにデフォルトの設定が元のチームへ帰属するままになっている一方で、アメリカでは狩猟民族でもあり、キャリアアップのために転職することが当然であるという文化があるため、デフォルトが自動的にFAになる設定となっているのではないか。つまりデフォルトの設定そのものがすでに両国における文化や民族性の違いとして織り込み済みとなっている可能性が高いのではないかということですね。デフォルトの設定か文化や民族性の違いかという風に、二分法の考え方を私なら採用しません。糾える縄の如しであり、不可分のものとして互いに絡み合っていると考える方がより健全であるという立場を私なら取ります。 ちなみにリベラルアーツとは、古代ギリシャを起源としたものであり偏見や固定概念から自由になるための技術のことです。「リベラル」は自由、「アーツ」は技術、芸術、学問を意味しており、リベラルアーツには七つの技法があるとされています。

ベースボールのリベラルアーツの一つとして真っ先に挙げられるものとは統計学です。私も度々分析記事を書いていますが、単なるセイバーオタクなどではないことはアンチ・セイバーメトリクスの立場を明瞭に打ち出していることからもなんとなく想像がつくのではないかと思います。あくまでリベラルアーツとしてのセイバーメトリクスであるということです。あるいは戦略論なるものもリベラルアーツの一つとして挙げてもいいでしょう。他にもいくつかあるはずです。


これから当ブログの基本理念ともなっている私が考えるリベラルアーツについても少しづつ記事にしてゆくつもりです。例えば解説者やコラムニストであってもレベル差は極めてありますが、このレベル差についてある程度的確に見極めてゆくにはリベラルアーツは必須です。



大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。