もし四割打者のジョー・ジャクソンが現代に生まれていたら

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12 /14 2015
ケーブルTVの放映権をはじめとし、ロゴが入った商品化を行うマーチャンダイジング、スポンサーシップなどによってMLBの莫大な収入増加によって、選手のフリーエージェントのマーケットは右肩上がりのインフレ路線をひた走っている。シーズンオフになっても尚MLBファンもストーブリーグを楽しめ、今の選手たちがこうした富を享受できるのも過去の偉大なる先人たちが多大な犠牲を払ってその礎の上に築かれているものです。

四割打者の一人でもありタイカッブやジョージ・シスラーと同時期に活躍したジョー・ジャンクソンがいます。ブラックソックス事件に巻き込まれた悲劇のヒーローでもあり終身打率356、MLB史上3位。しかしタイ・カッブが同時代にいたため一度も首位打者を獲ったことはありません。奇しくも1911年にこのジョー・ジャンクソンが作ったルーキー最多安打記録233本は、2001年に日本からアメリカに渡ったルーキーによってほぼ一世紀ぶりに破られることとなります。

このジョー・ジャクソンを含めたホワイトソックスの8人を八百長へ駆り立てたものとは、吝嗇家でもあったオーナー・コミスキーがホワイトソックスが強豪であったにもかかわらず<保留条項>・・・別称<奴隷条項>をいいことに、徹底して選手たちから搾取していたからであると言われます。ジョー・ジャクソンは打率400の超一流打者でもあり、ジョー・ジャクソンはルースが打撃フォームを真似たことで有名ですが、あのタイ・カッブも自伝において最も輝かしい天才打者と絶賛しているのがジャクソンでした。ちなみにルースまでも同じく自伝で、当時最高の打者を一人選べと言われたら、ジョー・ジャクソンの名前を挙げるくらいの打者でした。

最盛期にはジョー・ジャクソンのWARは9.0を超えるというものであり、現代最高のプレイヤーでもあるトラウト並みのWARであったということです。もし今ジョー・ジャクソンが現代のMLBに生まれていたら、その時代における傑出度からすれば2500万ドルは確実にもらえたプレイヤーだと考えていいでしょう。しかし1919年にジャクソンがもらっていた年俸はわずか6000ドルであり、今で換算してもわずか20~25万ドル程度の年俸でした。実に1/100です。現在のメジャー契約の最低年俸の半分の賃金で甘んじていなければならなかったわけです。ブラックソックス事件はオーナーから<保留条項(奴隷条項)>によって選手たちが不当に搾取され続けていたために起こった事件であり、選手はその仕事に見合う報酬を得るには手段としてはもはや八百長しかなく、ある意味八百長は起こるべくして起こったとも言われています。結局、ブラックソックス事件によって8人をごっそり永久追放された強豪ホワイトソックスは、大幅な戦力ダウンにより長らく低迷期を迎えることになります。再びWS制覇するには井口が在籍した2005年までシカゴのファンは待たなければなりませんでした。これが世にいうブラックソックスの呪いです。

ブラックソックス事件を引き起こす大きな契機となったこの悪名高き<保留条項(奴隷条項)>を打壊し フリーエージェントの時代へ切り開いた最大の功労者こそが私淑して止まないマービン・ミラー選手会会長であり、人身御供となって自らの選手生命を投げ出して戦った<カート・フラッド>でした。1960年代のNLの外野手というと、コンプリートプレイヤーであるウィリー・メイズやライフルアームの異名も持つロベルト・クレメンテなどの名前がすぐに思い浮かぶ人も多いでしょうが、その二人に加えてカート・フラッドのこの3人によって NLのゴールドグラブは6年間独占という状態であり、守備力の極めて高い選手だったのがカート・フラッドでした。STLの黄金期にもあたるチームにあってキャプテンでもあり、打率300を超えること6回、このカート・フラッドを現代の選手でいうと、ちょうどトリー・ハンターをイメージもらえればいいでしょう。アフリカ系の外野手でありオールスター及びゴールドグラブの常連でもありWARについてもほぼ同等です。

事件はフラッドがセントルイスから、差別意識がまだ色濃く残るフィラデルフィアへトレードで本人の意思に関係なく送り込まれそうになるところから始まります。どうしてもPHIにフラッドは行きたくなかったようです。当時強力な<保留条項>によって奪われていたカート・フラッドが働き場所を選択する権利を主張するには、MLB機構と真っ向から法廷で戦わなくてなりませんでした。それは文字通りユニフォームを脱ぐこと、選手生命の死を意味しており、「それでもお前は戦う覚悟はあるのか?」と問われて、当時31歳のバリバリであったカート・フラッドはMLB機構のクーン・コミッショナーを相手取って法廷で戦う決断を下します。その法廷では他の現役選手はオーナーからの報復を恐れて証言台にさえ立たなかったと言います。カート・フラッドの勇気がどれほどのものであったのか、そこからもよくわかろうというものです。他の選手がそうであったようにふつうなら自らの利益や保身を第一に考えてトレードにも従い、多額の給料を手に入れることを優先するはずです。しかし正義の人カート・フラッドは己の信念を貫きました。結果、選手生命は31歳にて実質的には終わりを告げ、法廷でも敗訴してしまいます。

しかしその敗北は決して無駄ではなく、その後フラッドにつづく選手が数多く現れカート・フラッドの選手生命の死を礎としてフリーエージェントの石碑は打ち立てられてゆくことになります。このフリーエージェント制度導入は選手のサラリーを爆発的に拡大させたのみならず、オーナーの懐具合まで潤す結果となり、このフリーエージェントこそがMLBのビジネスを一回り二回りも大きくきっかけとなり、結果MLBを一大ビックビジネスとし、繁栄の道へと大きく導くことになります。

歴史を俯瞰すれば選手の自由や権利を阻んでいた二大障害とも言えるのが<人種の壁>と<保留条項>であり、カラーバリアを破った功労者であるジャッキー・ロビンソンとブランチ・リッキーGMはとっくに殿堂入りし、野球の神様の一人としてクーパーズタウンで祭られてもいます。しかし敢えて<偉大なる>という形容詞をつけますがマービン・ミラーとカート・フラッドは未だ殿堂入りしていません。如何にベテランズ委員会というものが恣意的な人物を選出をしているのかという証明でもあります。

プレイヤーとしても1960年代のSTLの中心であったフラッドには選手としてもハンターなみの力量があり、フリーエージェントの扉を開いたというその歴史的に成した仕事と合わせて考えた時、カート・フラッドには殿堂入りする価値が十分ある選手であると私自身は考えています。現在のFA制度を明記した法律が1998年にカート・フラッド法と命名されていることを果たしてどれだけの人が知っているでしょうか。<人種の壁>を突破するに勝るとも劣らない戦いが<保留条項>を巡ってもあったのであり、その先鞭として英雄カート・フラッドの勇気がなければ、歴史も動くこともなかったわけです。日々情報がアップデイトされるFA市場に関心を寄せることもとても楽しいことですが、端緒としてジョー・ジャクソンらのブラックソックス事件があり、マービン・ミラーやカート・フラッドらの尽力によってフリーエージェント制度の扉が開かれて、そして今があるという遠大な歴史認識を持つことも決して悪くはありません。

もし四割打者のジョー・ジャクソンが現代に生まれていたら・・・八百長するまでもなく、好きなベースボールで2500万ドルは確実にゲットしていたでしょう。ジョー・ジャクソンの引き起こした八百長事件を肯定するつもりもないですが、ある意味、時代の犠牲者とも言えるジョー・ジャクソンについて、少なくとも私はフィールドオブドリームスの作家キンセラやマービン・ミラー同様に一方的に糾弾する気にはとてもならないのです。

参考文献

メジャー通必須の知識 MLB史に聳え立つ巨人ビル・ベックを知っているか

なぜ四割打者は絶滅種と化したのか?


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。