大谷二刀流のルーツは「強者の戦略」 にあり

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05 /24 2015
「弱者の戦略」と言うとまず野村がパッと頭に浮かぶはずです。その「弱者の戦略」で勝てなかったチームを星野がリリーフし阪神 楽天ともに優勝を果たしました。

ここにはどんなからくりがあったのでしょうか? この星野の戦略を敢えて言うならば「強者の戦略」と言ってもいいです。
弱小チームを率いるのが野村の常ですが、弱者が勝つための緻密な戦略によって何度かヤクルトを野村は優勝させました。しかしここからが大事なのですが、同時にそのやり方が普遍的なものでないことを阪神 楽天と見ても明らかなように歴史によって野村は自ら証明しました。


そこで星野が取った戦略は実にシンプルなものです。弱者が「弱者の戦略」をもってペナントを制することができないのであれば、弱者が強者へと変身して優勝をもぎ取ればいいのではないか?というものです。このGM型の監督はあらゆる人脈と政治力を使い、その年の最大のFA大物であった金本や伊良部、松井稼や岩村(岩村だけ駄目でしたが)を徹底的に集めるとともに、外人にも大金を投じ戦力を十分に整えてから、勝利に導くという強者のスタイルを構築し、二度とも成功を収めることになります。


この星野という人は中日時代においてFAがない時であっても、落合をロッテからトレードで獲得して優勝しています。極めてGMとしての仕事の能力が高い監督であったと言えます。


日本プロ野球の歴史を振り返りますと、「弱者の戦略」という保守本流の流れと「強者の戦略」というもうひとつの傍流があることがわかってきます。次回以降、「弱者の戦略」と「強者の戦略」がどうNPBの歴史において対峙してきたかをざっくりお話したいと思います。


ところで「弱者の戦略」とはつまるところ己を弱者と規定するところから出発します。故に 自分が勝てる分野に絞込みをかけて自分が勝てる土俵で勝負することよって相手を倒すというものです。つまり「弱者の戦略」のキーワードは絞込みです。


しかし大谷の二刀流という発想は、あれかこれかという絞り込みとは対極にあり、あれもこれもと追うものですね。己を強者と規定していればこそのチャレンジです。己を弱者と規定し絞込みを大事とする「弱者の戦略」からはまず二刀流という発想は出てきません。それが証拠に野村が二刀流について反対したのは道理と言ってもいいです。ここからも栗山は野村チルドレンではないことがわかります。

大谷の二刀流のルーツは「強者の戦略」にあるという結論だけを言って本稿はひとまず終了です。



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大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

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写真は古代ギリシャの神殿。