なぜハル・スタインブレナーこそがヤンキースの実質的GMと言えるのか

戦略
02 /18 2019


下書きの日付を見たら 1/18でした。セベリーノはその後 この記事とは違い激安コントラクトを結ぶことに。なぜそれが可能になったのかはセベリーノが徹底して人格批判に晒される調停を恐れたからとも言われている。

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なぜハル・スタインブレナーこそがヤンキースの実質的GMと言えるのか、その痕跡はいくつも残されています。

理由は明白であり、第一点目はグレゴリウスの戦線離脱にともない内野のデプスが薄い状況にあって分厚い外野は人材は余っている状況であるにもかかわらず、不良債権のエルズベリーではなく内野のバックアップとしては十分に戦力に成り得るトレイエスを切ったというこの一事をもってして、誰が判断しているかが明らかになったと言えます。

LADもクロフォードという40Mの不良債権をたたき切ったように、BOSもまたサンドバルという50Mにも達しようかという不良債権をたたき切っています。ふつうの能力のあるGMならば、エルズベリーへの投資はサンクコストを割り切って、損切りする判断力くらいは必ず身につけているはずなのです。この程度の判断ができない人物がGMにつくことはまずあり得ない。

物事の優先順位がわかることを戦略的と定義するならば、この優先順位がわからないこの判断力のなさこそハル・スタインブレナーが実質的なGMである証明でもある。私が見る限りキャッシュマンはそこまで無能ではない。この程度の判断は当然できる。

エルズベリーを塩漬けにするという判断が「コインの表」であるならば、DFAになったトロウィツキーを格安で手に入れるという判断は「コインの裏」だと言ってもいいでしょう。ここに損確定を嫌い、リスクをとにかくガチガチに管理したい人物像は透けて見えるわけです。

第二点目。ハル・スタインブレナーは2015年にKCが世界一になった成功モデルを模範として、金を出しても優勝できるわけではないと「自らのセコさ」を弱者の戦略へすり替えて正当化しようとしました。改めてKCの戦略を振り返りますと、FAになる前の若手野手を主軸として、先発はクリス・ヤングやガスリーなどベテランで2線級3線級の安いサラリーのスターターを揃えつつも、強力なブルペンを用意し、相手を僅差の終盤に誘いこみ、そこではじめて強者として立ち振る舞い逃げ切るゲームプランを持っていました。

KCに見て取れるブルペンに厚みを出すというNYYの一貫した戦略は、元を質せば、2015年のKC優勝の緊縮モデルがケチなハル・スタインブレナーの心の琴線に触れたところに端緒があります。これがNYYの実質的なGMがハル・スタインブレナーであることの第二の理由です。

例えば2016年のオフにNYYは完全に再建期に舵を切りました。にもかかわらずチャップマンだけは抑えたわけです。なぜ再建期に入るのにリーグを代表するクローザーだけは抑えたのか。言うまでもなくNYYの司令塔ハル・スタインブレナーがKCの戦略を踏襲しているからです、

このプランに沿ってチームつくりをすることは決して間違ってはいません。スモールマーケットのKCで既に勝っている以上、ビックマーケットのNYYでもふつうにやれば勝てることになります。ただ強者のNYYであるならば、KCのこの弱者の戦略の物まねに終わらせてはなりません。更にバージョンアップさせることができる。

では具体的に、バージョンアップさせるのか。

一点目は金がある以上、KCのようにブルペンのみならず、先発の層も同時に厚くすることができるという点です。例えばハーパーやマチャド獲得はともかく、コービンを抑えることくらいの財力はNYYには当然ありました。しかしリスク管理第一主義なのでFA市場でWSHとの勝負に負けた。バムガーナーの例をひくまでもなく、大事な試合で頼りになるエース級がいるかいないかは極めて重要なポイントになります。先発への投資もできる財力があっても、躊躇してしまうところで最後に勝ち切るダメ押しの余力を失ってしまうかもしれません。ハル・スタインブレナーの勝負しきれない性向が故にその代償として、勝ち切れないという危惧が懸念されます。

そして次なるポイントですが、通常スモールマーケットのKCではFAでホズマーやムスタカス、ケインなどが流出してしまいますが、そうした生え抜きの流出を抑えることがビックマーケットにはできます。ところがカノ流出に代表されるように、べタンセスにせよセベリーノにせよ、セコさ故に年俸調停に持ち込んでいます。

例えばNYYから「6年150M」という仮にセベリーノが将来、囲い込みオファーをされたとしましょう。すでにNYYがFAマーケットでも勝負はしない姿勢を知っているセベリーノからすれば、FAになった方がより大きなメガコントラクトを獲得できるに違いないと算段をすることに必ずなります。

二点目はハル・スタインブレナーの目先のコスト削減が長期的な利益を損ない、目先のセコさがセベリーノ等生え抜きの流出を招く等の可能性へとつながりかねないということです。すなわち強者であるにもかからわず、KCにはない強みを失う可能性が高くなるのではないか。NYYは生え抜きで本来抑えて置かねばならない選手の何人かが、彼らを抱え込む力を持ちながら、FAによってNYYはおそらく流出することになるでしょう。

田中将大もFAの選手側オプションにおいてオプトアウトを行使すれば、1年前に外へ出ていたわけです。こうした額面通りの仕事を遂行している選手を確実に抑えるだけの経済力はありつつも、セコさ故に外へ流出してしまう可能性を晒してしまっている。とにかくブルペン以外のメガコントラクトについては余程の条件がと問わなければNYYが動くことはまずない。そのリスクを恐れる判断が最終的な勝利を逃す一つの要因になるのではないか。

結論

KCの弱者の戦略を踏襲するハル・スタインブレナーのやり方が完全に間違っているというわけではない。しかし弱者ではない以上、強者としての余裕ある立ち振る舞いこそがNYYには求められている。キャッシュマンの仕事はトレード等極めて限定的なものであり、チームの方針及びFAに関するNYYの実質的なGMはハル・スタインブレナーである。

果たして今後NYYがどのような命運を辿ることになるのだろうか。

ジョージ・スタインブレナーのように闇雲に金を突っ込めばいいというつもりも更々ない。チームが本当の意味で強くなるには、大砲だけを並べれば強くなるというものでもない。若手とFA、攻守、スピードとパワー、投打、様々なバランスに留意しなけければ、本当に強いチームを作ることはできない。それでもトータルとしては、ジョージの時代はハル・スタインブレナーの時代よりも確かな成果を出したことになるのではないかとは考えている。その是非は、いずれ歴史が明らかにすることになる。







メジャーリーグ最古のチームはシンシナティ・レッズではない

歴史
02 /03 2019


ナショナルリーグが設立されたのが1876年。ちょうどアメリカ独立宣言から100年後のことであった。

そのナショナルリーグに先駆けて、1869年にはじめて誕生したプロ球団をシンシナティ・レッドストッキングスという。このプロチームはまるでサーカス団のように旅から旅をして各地の素人チームを相手に華麗なプレーをし連戦連勝を繰り広げ、興行によって金を稼ごうとするもののわずか一年で頓挫する。

しかしシンシナティ・レッドストッキングスの監督ハリー・ライトは挫けることなく、1871年に「ボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」を立ち上げ、全米初のプロ野球リーグであるナショナル・アソシエーションに加盟する。尚この時シカゴ・ホワイトストッキングス(現シカゴ・カブス)も加盟する。シカゴ・ホワイトストッキングスはシカゴ・ホワイトソックスのルーツにあたるチームではないためにここにも注意する必要がある。

◎ポイント 現在もMLBで残っているのはレッドストッキングス(現・ブレーブス)とシカゴ・ホワイトストッキングス(現・シカゴ・カブス)の二つだけである。

やがて「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」はボストンへ移動し、「ボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」と名乗り、ボストンからミルウォーキーへ、そして現在のアトランタに居を構えることに至った。

◎ポイント アトランタ・ブレーブスの名前の変遷

シンシナティ・レッドストッキングス(1869年
ボストン・レッドストッキングズ (1871年 - 1875年)
ボストン・レッドキャップス (1876年 - 1882年)
ボストン・ビーンイーターズ (1883年 - 1906年)
ボストン・ドゥーブス (1907年 - 1910年)
ボストン・ラスラーズ (1911年)
ボストン・ブレーブス (1912年 - 1935年)
ボストン・ビーズ (1936年 - 1940年)
ボストン・ブレーブス (1941年 - 1952年)
ミルウォーキー・ブレーブス (1953年 - 1965年)
アトランタ・ブレーブス (1966年 - )

1882年にこの最古のプロチームである「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」の移動した後釜に座ったのが、現在のシンシナティ・レッズ。つまり、最古のチームである「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」と「シンシナティ・レッドストッキングス(現 レッズ)」と名前は同じではあるが 全く別のチームなのである。

あくまで現在のシンシナティ・レッズの創設はオフィシャルとして 1882年にある。一方、アトランタ・ブレーブスのツールを辿れば1869年のシンシナティ・レッドストッキングスまで遡ることが可能となる

1975年のワールドシリーズはシンシナティ・レッズVSボストン・レッドソックスであった。歴史に残る激闘であったといわれいる。シンシナティ・レッズはシンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)を、ボストン・レッドソックスはボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)をオマージュとして設立されている。だからこそ1975年のワールドシリーズのVTRを見ると2つのチームのユニフォームは瓜二つなのです。

もしメジャーリーグで名門と問われたら、圧倒的な優勝回数を誇るNYYでももちろんかまわない。しかし私ならアトランタ・ブレーブスを挙げる。なぜならもともと市民のスポーツであったベースボールをショービジネスの興行としても十分にビジネスとして採算が取れるとハリー・ライトが閃き、最初にプロチーム、シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)が誕生しなければ、プロリーグなどそもそも成り立なかったからである。

結論

トラディショナルオープナーと言って、かつてメジャーでは最古のチームに敬意を払いシンシナティ・レッズの試合だけを他のチームに先駆けて1試合のみ開幕試合を行っていた。あるいは2015年にシンシナティでオールスターゲームが行われた際も、シンシナティ・レッズこそがメジャー最古のチームであるとそれを最大のセールスポイントに挙げていた。

しかしメジャー最古のプロ野球チームは現在のシンシナティ・レッズではなくあくまでアトランタ・ブレーブスであり、かつてシンシナティ・レッドスットキングスと呼ばれていたチームである。そして、それは繰り返すが決して現在のシンシナティ・レッズのルーツに繋がるチームではないのである。

メジャーの歴史における初歩的な知識であるため、是非 抑えておいて欲しい知識でもある。




大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。