バリー・ボンズは必ず殿堂入りすることになる

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01 /21 2017

何事も明け透けに語ってしまう暴言王カート・シリングは、ラジオ番組で「現役時代にレッドソックスの トレーナーから禁止薬物を薦められた」と告白したことが過去に記事となったことがあります。あれだけPEDに身を染めたクレメンスにも手厳しい態度を見せてきたシリングのことです。シリングは良くも悪くも思ったことを口に出してしまう性分故に、率直であるからこそ、シリングの言葉に一定の信頼を持っています。

ところで2007年に報告されたミッチェルレポートなるものには、89名の中にボストンの現役選手は誰一人載っていませんでした。調査報告書を書いたのはボストンのフロントを務めたことのある元アメリカ合衆国上院議員のジョージ・J・ミッチェルであったことは周知の事実です。あまりに不自然な報告書であると言わざる得ない。ほんとうにボストンだけは他のチームとは違いステロイド汚染から絶対的にクリーンな場所であり続けたのだろうか。

ミッチェルとシリング、どちらを信用すべきなのか。

その答えは2009年にリークされた2003年の陽性反応リストが明らかにしています。2009年にリークされた2003年の非公開検査に陽性反応していた103名選手リストの中にボストンの選手は下記の8人がリストアップされています。

1.Nomar Garciaparra
2.Manny Ramirez
3.Johnny Damon
4.Trot Nixon
5.David Ortiz
6.Shea Hillenbrand
7.Derek Lowe
8.Pedro Martinez

全体の7.7%がボストンの選手によって占められているということになる。通常、平均的にばらけているならば30球団あるために、約3.3%。当ブログとしてはミッチェルレポートは明らかに記載されていなければならない選手の名前がオミットされているという意味で眉唾であると結論する。

ちなみに 2003年の非公開陽性反応リストにはバッジことI・ロドリゲスの名前は掲載されており、カンセコの暴露本にもはっきり名指しで掲載されているのはご承知の通りです。時系列で眺めると2005年のカンセコの暴露本で明かされていた事実を2009年にリークされたリストが図らずも裏付ける恰好となっているわけです。

アスレテックスでカンセコと同僚だったエースのデーブ・スチュアートは、暴露本「禁断の肉体改造」について「カンセコは多々問題のある人間だが、嘘つきではない」と言っている。2009年にリークされた陽性反応リストとカンセコが暴露本で名指しした選手はバッジに限らず、ジェイソン・ジアンビ、ラファエル・パルメイロ、フアン・ゴンザレスなどなぜか一致しています。ファクトベースでこの一致をどう受け止めるかは各人に委ねることにします。

もっとも検査の不備を指摘し一度は自らの罪を逃れることに成功したライアン・ブラウン同様に、バッジやペドロ、オルティースの一部のファンは2003年の陽性リストに名前があろうが殊更にその検査の不備を指摘し、それが黒であることを決定づけるものではないとして彼らを擁護しています。実際に白なのかもしれないし、それについてとやかくは言うつもりもない。なぜならば私にはそれを確かめる術もないからです。マスコミの追及の手も決して厳しいというほどでもない。

その一方で、同じく2003年のリストにあったソーサやボンズ、クレメンスは完全なるマスコミのスケープゴートになりその扱いは大きく異なっている。記者受けが良くなかった選手やあまりにド派手な記録を残した選手たちは、マスコミの標的となったということです。

では、次なる問題として実際どの程度、メジャーリーグ全体にPEDは蔓延していたのでしょうか。2003年の陽性反応リストに一定の瑕疵があったとしてもまさか、薬物使用者が最大で103名であったということはないはずです。1チームでメジャーのベンチ入り選手は開幕時の25名もいずれは怪我や不調などで入れ替わることなる。仮に1チーム平均33名の選手が一時であってもベンチに入るとすれば、メジャー全体では約1000名がフィールドでプレイすることになる。とすれば使用した選手の割合が約10%に過ぎないということになる。10%という数値を客観的に見る限り、汚染と言うほど事態は深刻ではないと判断するのが妥当である。

カンセコは暴露本でメジャーリーガーの約85%が薬物を使っているとも言っています。この数字そのものについては実際にカンセコが30チーム全体をすべてをカウントを調べて計算されたものではなく、あくまで自分が在籍していたチーム内の状況から帰納的に導き出した結論ではあるでしょう。もしカンセコの話を半分以下に聞くとしても、仮に30%のメジャーリーガーが薬物に手を出していたというならばざっと300名はいたと考えられます。

それに呼応するかのように薬物を使用していたが運良く検査を潜り抜けて、逃げ遂せた選手は軽く見積もっても100名以上はいつでもすぐに名前を挙げられると断言するジャーナリストがいるのは事実です。我々はこれらの情報をどう整合させ、現実をどう捉えるべきなのでしょうか。

カンセコはこうツィートしたとされています。

「どうしてバグウェルが殿堂入りできてマーク・マグワイアができないのか。こういうのは腹が立つ。禁止薬物使用者を殿堂入りさせたりさせなかったりする記者投票なんて偽善だ。マーク・マグワイア、サミー・ソーサ、ロジャー・クレメンス、ラファエル・パルメイロ。彼らが殿堂入りしていないなんてとんだ茶番だ。もちろん、バリー・ボンズだって殿堂入りしてしかるべき。バカにしているとしか思えない。本当に腹が立つ」

この意見の内容そのものについては括弧に入れるとして(当ブログではボンズは殿堂入りの資格は十分にあるがソーサやマグワイヤはNGという判断、理由はもちろんあるが今は省略)、カンセコは内実を知る現場にいた者としてジャーナリズムの正義とは如何に欺瞞に満ちたものであるのかに憤っており、十分に理解できる話ではあるのです。実際黒なのかはわかりませんが、このツィートを見る限り、カンセコはバグウェルが使用していたことを確信していることだけは事実です。

ちなみにボンズがPEDの威力に魅せられたのは、オールスターのクラブハウスでカンセコの凄まじい裸を目撃してからであると暴露本では書かれていました。ケン・カミニティが在籍したHOUでメジャーデビューを果たしたバグウェルですが、まさしくステロイド時代のただ中に身を置いていたのがバグウェルであり、なぜユニフォームがはち切れんばかりのボディビルダーのようにバグウェルは年々、筋骨隆々となったのか。

だから黒であると決めつけることもしません。ひょっとしたらバグウェルが特異な超筋肉体質だったのかもしれません。それに繰り返しますが私には黒を立証する手筈もありません。

いずれにしても現段階で殿堂入りした選手の中に、PEDを使用したことのある選手は皆無であると言い切れる人など誰一人としていない。だからこそ、深いジャーナリズムの精神というものがこの問題では要求されるのです。単純に白か黒かでしか物事を捉えられない者の言葉は時間の中で必ず敗れ去ってゆくことになります。

殿堂入り 私ならバリー・ボンズへ投票する ジャーナリズムの精神とは何か

この記事の冒頭に出てくるNHKで放送されたケン・バーンズの作品は2011年1/1に放送されており、記事自体は2012年頃、2016年にこのブログにアップする4年前に書いたものです。ひょっとしたら中にはネットでかつてその記事を見たことのある人が今もこの記事も読んでいるかもしれません。もちろん5年経った今の2017年であっても一貫して意見が変わることはありません。最近ではボンズやクレメンスらをあれだけメディアはバッシングしていたにもかかわらず、殿堂入りから遠ざかっているボンズとクレメンスへの評価に変化の兆しがあるとニューヨーク・タイムズは伝えています。

ちなみに

殿堂入り 私ならバリー・ボンズへ投票する ジャーナリズムの精神とは何か

の最後はこの一文で締めくくっています。

「時間というものはその対象との距離を適正に取らせる働きがあります。時間には人を冷静に立ち返らせる力があると言ってもいい。私の歴史観に基づいた直感ですが、おそらくボンズはいずれかの機会(ベテランズ委員会)において、必ず殿堂入りすることになります。」

クレメンス
2013 BBWAA (37.6%)
2014 BBWAA (35.4%)
2015 BBWAA (37.5%)
2016 BBWAA (45.2%)
2017 BBWAA (54.1%)

ボンズ
2013 BBWAA (36.2%)
2014 BBWAA (34.7%)
2015 BBWAA (36.8%)
2016 BBWAA (44.3%)
2017 BBWAA (53.8%)

しかしこの予言、逆の意味で外れる可能性が出てきました。ベテランズ委員会ではなく、まさかの記者投票で選出されるという可能性が出てきたということです。さすがに、ここまでは予測不可能であったことは正直に告白しておかなければなりません。2012年当時の空気感は今とは全く違いが私のような意見は極めて少数派であり、スポーツライターにせよ、多くのファンにせよ、ボンズ=悪であり、殿堂入りなど絶対にあり得ないという空気が支配的でした。その潮目が大きく変わりつつある2017年の投票結果と言ってもいいでしょう。たとえボンズに肯定的な記事であっても、「ジャスティスというものを打ち出すには、そこには必ず深いバランス感覚が要請されている」ことを真に意識したものはあまりありませんでした。

改めての結論

バリー・ボンズは必ず殿堂入りすることになる。



多数やスポーツライターの意見と反対の立場であった時、どちらの意見がほんとうに正しいのかを判定するのは、多数決や肩書ではなく<時間>であると言ってきました。このボンズの殿堂入りに対する判断もどちらが正しかったのか、いずれ必ず決着がつきます。

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言葉の質は支持の数によって測られるものではなく、時間によって支持されるが何よりも大事なことである。

イチローとジョー・ジャクソンを結ぶ 偉大なるベースボールの力

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01 /18 2017

”それを作れば彼はやってくる・・・”

どこからともなく語りかける声なき声に導かれるまま、主人公レイ・キンセラが<それ>を作り始めるところからこの物語は始まります。

映画「フィールド・オブ・ドリームス」。

この原作者であるキンセラは大のイチローファンでも知られています。イチローへの熱烈なラブレターとも言うべきエッセイまで上梓しています。これから少しだけ、この映画とイチローを結びつけるお話します。

物語の舞台にもなったアイオワの大地。周囲の人々から嘲笑されつつも、霊感に従って主人公キンセラは生活の糧である広大なトウモロコシ畑を切り開き<フィールド・オブ・ドリームス>を作り始めます。

「それを作れば彼はやってくる」というメッセージ・・・果たしてそこに誰がやってくるというのか。

<フィールド・オブ・ドリームス>が完成すると 最初にそこへ姿を現したのは伝説のメジャーリーガー「シューレス・ジョー」ことジョー・ジャンクソンでした。

終身打率356、MLB史上3位。

4割打者の一人でもありタイカッブやジョージ・シスラーと同時期に活躍。しかしタイ・カッブがいたため一度も首位打者を獲ったことはありません。奇しくも1911年にこのジョー・ジャンクソンが作ったルーキー最多安打記録233本は、2001年に日本からアメリカに渡ったルーキーによってほぼ一世紀ぶりに破られることとなります。

当初は他の選手の安打記録がルーキーイヤーの記録とされていたのですが、イチローの記録ラッシュにあわてて古い記録が調べなおされ、浮かび上がった名前がジョー・ジャンクソンでした。よもや映画「フィールド・オブ・ドリームス」をオリックス時代に見たイチローも 映画の登場人物と2001年にMLBの史上記録においてクロスするとは思わなかったかもしれません。

その4割打者の一人でもあるジョー・ジャンクソンが、ブラックソックス事件というMLB史上最大の八百長事件に巻き込まれて、野球界より永久追放されたのは1920年のことです。ちなみにジョー・ジャンクソン現役最終の1920年の打率は382でした。

ジョー・ジャンクソンは野球が何よりも大好きだった。

382もの打率を残しながら球界を去らねばならなかったそのジョー・ジャンクソンを八百長でワールドシリーズの試合に負けた悪徳な選手であると決め付けることは簡単です。

しかしそもそもなぜジョー・ジャンクソンはわずか5000ドルという金で八百長に加担せざる得なかったのか?

どうもいろいろと調べてみるとホワイトソックスのオーナー、チャールズ・コミスキーがケチが原因だったとも言われています。わずかなユニフォームのクリーニング代も出し惜しむ始末であって、今でも残っているタイカッブと一緒に写っているプロマイドではタイカッブの真っ白なズボンと対照的にジョー・ジャンクソンの下のユニホームは真っ黒のままです。

どうやら彼らは1919年の八百長事件以前から「ブラックソックス」と揶揄されていたようです。

ホワイトソックスというチーム名。白い靴下がトレードマークの球団であるにもかかわらず、白ソックスまで常に黒ずんでいたというエピソードはあまりに皮肉であり それが八百長の遠因ともなっていた。私自身それまでは<ブラックソックス>のブラックとは薄汚れた罪深い者たちというアイロニーを込めて この事件の呼称として使われたと思っていたのですが どうやらこの<ブラックソックス>には 現代MLBでは考えられない 球団による選手に対しての劣悪なる扱いの象徴であることを知りました。

ところで、この映画のラストでは主人公キンセラは フィールド・オブ・ドリームスで既に亡くなりかつてのマイナーリーガーでもあった まだ未婚の若き日の父と再会を果たします。

ゆっくり歩み寄りながら「われわれがプレーできる球場をよく作ってくれたね。」と、息子キンセラへ手を差し伸ばす若き日の父。夕焼けの空に包まれる美しいフィールドを背景にして握手を交わす二人。

取り囲むアイオワの素晴らしい風景と野球場に恍惚としながら、息子キンセラへ父は思わずこう問います。
「ここは天国かい?」
地上であることを認識するキンセラは当然のようにこう答えます。
「アイオワさ。」
「天国かと思ったよ。」と感嘆する父。

その父の言葉に感じ入った息子キンセラは逆にこう尋ねるのです。
「天国って、ほんとうにあるんですか?」
すると確信をもった口調で、かつての若き父は答えます。

  「ああ。そこはどんな夢も叶う場所さ。」

愛すべき家族がおり、アイオアの透き通るような青空と豊かなトウモロコシ畑 そして 素晴らしきフィールド・オブ・ドリームス。父の言葉を介して 主人公(=作家)キンセラは今ここにある現実こそが 天国であることを判然と悟ります。

そしてそれまで関係が断絶されていた親子が<フィールド・オブ・ドリームス>にて、キャッチボールというコミュニケーションを通して関係を回復してゆくラストシーンは余りにも美しい。

更に作者キンセラは 映画のつづきとして小説でこんな粋な演出をします。現実と夢が交差する場所 <フィールド・オブ・ドリームス>でしか起き得ない出来事・・・それは現代MLBのスターであるイチローや野茂と「シューレス・ジョー」の共演をさせるというものでした。

不遇のジョー・ジャンクソンを温かい眼差しで包み込みながら、野球への愛とアイオアの広大なる自然を伝えてくれた 作者キンセラ。そんな彼の作品を見ながら改めて私はこんなことを感じました。


「きっと言語や民族 時代を超えて 野球を愛する人々の心の中にこそ<フィールド・オブ・ドリームス>が拡がっている。どんな境涯にあっても<フィールド・オブ・ドリームス>を心に内包する者にとって、今ある現実がたとえどんな厳しくても それは「天国」へと変容してゆく。生きるフィールドは人それぞれであっても 野球を愛する人の心の中に<フィールド・オブ・ドリームス>が拡がり続ける限り ベースボールは永遠である。」



最後に、イチローのコメントを記して このコラムを終えたいと思います。

マリナーズのユニフォームに初めて袖を通し少年のようにはしゃぎながらくるりと回ってみせた入団記者会見のコメントです。

  「ここは(セーフィコ・フィールド)僕のフィールド・オブ・ドリームスです」

              ICHIRO SUZUKI


どんな時も心に<フィールド・オブ・ドリームス>を湛えてゆくこと・・・・ほんとうはそれだけですべてが成就している。







今からちょうど100年前、MLBのヒーローだった左・タイカッブとユニフォームが真っ黒なままでブロマイドに収まるジョー・ジャクソン。

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野球の神様に愛される条件 スポーツキャスター時代から栗山英樹の言葉をずっとウォッチしてきた

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01 /16 2017
紀貫之は「詩歌には天地をも動かし、神々の怒りを鎮める力がある」という強い信念を持っていました。天地や神々とも大いに和する言葉。大和言葉にそれだけの力があり、それが日本の伝統文化の根幹も成しています。まずは当ブログが「言葉」をどう捉えているのか、ギリシャ哲学から話は始まります。

ということでここで引き返してもらってもかまいません。ターゲットとしている人を相当に絞り込んだ記事となっています。


       「野球とは言葉のスポーツである」  パンチョ伊東  

===

目の前で繰り広げられるベースボールにおける数々の戦いもやがては歴史となる。

その歴史の中にはたしかに「戦いのセオリー」とも言うべきものが埋もれており、時代を超えて尚、普遍的であり続ける「戦いのセオリー」を抽出するためには、ベースボールを<見る>のではなく、ベースボールを観なければならない。

誰でもTVをつければベースボールを<見る>ことはできる。投げた、打った、走った、勝った、負けた、そのスポーツショーを受動することは誰にでもできるが、ベースボールを<観る>という行為は、単にそうした起きているプレイの表面上を<見る>というものではなく、その現象のもっと奥深いところにある「原理・原則」まで自ら踏み込んで、深く透視してゆくようなあり方のことを言う。

<観る>をギリシャ哲学では<観想(かんそう)>と言い、ギリシャ語で「テオーリア」と言います。英語の「セオリー」の語源となった言葉です。ベースボールというゲームの奥深いところに宿っている<セオリー>とも言うべきものまで到達し得るような眼差しを持たなければ、ベースボールを観ていることにはならない。

戦いの原理を求めるとは、ベースボールを観るという行為を探求することでもある。

ふだん我々が見慣れている何でもない街の風景も「君の名は」で一躍名を馳せた新海誠の目を通して観ると、ごくふつうの電車や高層ビルや駅の改札の風景もそのすべてが、永遠と一瞬が交錯するような鮮やかな輪郭に縁どられ全く別世界のように捉えられていることに驚かされることがある。

このように単にボーっと<見る>のと、深いところにあるものを透徹して物事を<観る>という行為は似て非なるものであり、ベースボールを<見る>ことは誰にでもできるが、ベースボールを<観る>ことは誰でもできるわけではない。だからこそ、戦いの原理は主体的にこちらから働きかけ、求めてゆかなくてはならないものでもある。

「MLB 戦いの原理を求めて」というタイトルはもともとはマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」のオマージュとしてつけたものですが、ギリシャ語で原理や法則のことを<ロゴス>と言います。このロゴスには法則以外にもう一つ意味があり、それが<言葉>という意味であります。

「戦いのセオリー・原理原則というものは、本質において言葉(ロゴス)に対して開かれたものである。」

<セオリーと言葉>はロゴスという理念によって統合され、不可分にして一なるものであるという、ギリシャ哲学の理念によって私はこれまでも「MLB 戦いの原理を求めて」というブログを一貫して書き続けてきたつもりです。

前置きが長くなりましたが、様々なプロ野球の解説者がいます。当ブログから眺めて、そうした中でも極めて数少ないキラリとした言葉を駆使していた人物こそが、スポーツキャスター時代の栗山英樹でした。栗山監督には現役時代の大きな実績があったわけでもなく、コーチや監督の経験も一切なかった。あったのは知性に裏打ちされた言葉だけでした。最初に栗山キャスターは日本ハムの監督になるに際して、「自らに残された唯一の武器は言葉である」と言っています。それを聞いた時、当ブログの言葉の力を見る目は果たして節穴なのかどうか、とても興味深く見守っていたことはよく覚えています。

最下位になればこき下ろし、優勝すれば持ち上げるような目先の結果で上がり下がりするようなファンと、もし当ブログが一線を画する部分があるとすれば、それは栗山英樹のキャスター時代からその言葉に一貫して焦点を当て続けてきた点にあります。

「メジャーではなく日本ハムに入って本当に良かった」と大谷翔平は言ったそうです。そして「大谷翔平がメジャーではなく日本ハムに入ってくれて本当に良かった」と思っているのは、日本プロ野球ファンのほぼすべてがそう思っているに違いありません。その大谷翔平を日本ハム入りへ導いた最大の立役者は、言うまでもなく二刀流というアイデアをひらめいた栗山監督です。

日本プロ野球の繁栄のために、大谷翔平を何としてでも口説けと野球の神様から勅命が下った―――。もし野球の神様から愛される条件がひとつだけあるとすれば、それはきっと栗山英樹のように誰よりも深い野球への愛によって貫かれているということなのかもしれない。

「野球は筋書きのないドラマである」「まだ首の皮一枚でつながっている」

これらの言葉は野球が続く限り、絶対になくならない不滅性を有しています。その人の遺した言葉が、時代を超えて語り継がれてゆくというのは、一種の神格を持った存在だけに付与されるものです。タブロイド紙の言葉などはその日のうちに消費されてしまい、多くの言葉は消滅の運命にあります。なぜ三原脩の言葉は現代まで残っているのかということです。

聖書のヨハネ福音書に「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき、言葉は神なりき―――」とあります。

三原脩を私が<野球の神々>の一人であると考える最大の理由は、三原脩の残してきた言葉の力にあります。もともと三原脩はプロ野球選手の第一号になる前は報知新聞の新聞記者であり、言葉を生業としてきた人でした。もし言葉に神が宿るならば、栗山英樹と三原脩を結んでいるその延長線上にもまた、野球の神へと至る道が開かれているのではないだろうか。

「野球の神様はいるか」と問われて、大谷翔平は「いると思います」とそう答えていました。

日本ハムがOBでもなく現場経験も一切なかった栗山キャスターを監督へ招聘した最大の理由も栗山英樹の言葉にこそ魅力を感じたからであり、究極のメジャー志向の大谷翔平がドジャースから日本ハムへ切り替えたのも、日本ハムと栗山監督による言葉の力にあったのは紛れもない事実です。野球の神が<言葉>を通じて、栗山英樹と日本ハムと大谷翔平を必然的に引き合わせ「北の国から 2016」というドラマを完結させたと言ったら言い過ぎでしょうか。

最後に

ブログのタイトルにしている「戦いの原理を求める」とは、ロゴス(言葉)を求めることであり、もしも言葉に神が宿るなら、私にとってブログを書く意味とは野球の神を求める営みそのものでもある。


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「なぜワイルドカードから勝ち上がるチームは強いのか」?

栗山キャスター時代の言葉を扱った記事。

「9回表 大谷の平均球速は164.0km!CS一戦目スターター時は158.4km」

大谷翔平と「野球の神様」についての記事。

2017年、大谷翔平争奪戦を制すために、最大のキーとなるものは何か

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01 /11 2017

究極のメジャー志向であった高校時代の大谷翔平はドラフト直後に「自分の気持ちは変わりません。評価していただいたのはありがたいですが、アメリカでやりたいという気持ちは変わりません」と語りメジャーへ本気度はガチであったと言ってもいいでしょう。

2016ドラフト6位で指名された履正社の高校生も、指名が低ければプロ野球は考えていないと表明していましたがその後の展開が全く異なりました。履正社の高校生が日本ハムと面談することすらなかったのに対して、大谷の賢いところは人の意見に耳を傾ける柔軟性が備わっていたという点にあります。その一方において、田中やダルビッシュが「投手一本へのすすめ」をアドバイスしようが大谷は自らの信念を曲げることは断じてしなかった。人の意見に耳を傾ける柔軟性と周囲の意見に惑わされない強い信念の深いバランス感覚にこそ、大谷翔平の賢明さが如実に示されている。

日本ハムの「夢への道しるべ」というプレゼン資料では、大谷がメジャーで活躍するというゴールを達成するためにどういった手段があるのかを明示し、どのルートを辿るのが夢を実現するために最も合理的であるのか客観的なデータに基づいて大谷の知性に訴求したものであり、日本のプロ野球の歴史に残る一級の資料となりそうです。メジャーのチームは2017のオフに向けてこの資料を十分に研究しなければ大谷獲得争奪戦の勝利は覚束ない。

メジャーでは投手一本という大谷へのオファーをしたところは、その時点で完全に脱落確定です。ALであってもDH契約と投手契約の二つを提示し、具体的に二刀流を実行するにあたってどういうプランがあるのかを示せるところはNLよりも有利になる可能性があります。例えばDHで60試合、先発で25試合の機会を用意するためにどういうチーム編成をするのか、具体的なプランを出せるならばALの方が俄然、有利になる。

今でも一部のファンはメジャーで二刀流はできないと決めつけている方もいますが、全く理解できません、大谷の超売り手市場であり、主導権はメジャーのチームにはありません。大谷はマエケンのように選んでもらうという立場ではなく、どのチームへ行くのか選択権は大谷にあります。大谷は日本でやってきたことを率直に評価してくれるチームを希望している以上、二刀流でもってメジャーへ乗り込むことだけはほぼ確定です。

大谷翔平を口説くには、単に義理人情だけでは難しいこともはっきりしました。もし大谷が情だけの男であるならば、ドラフト直前に、「メジャー(もっとはっきり言えばドジャース)へ直接挑戦する」とも公言し、悪い時でもずっと見守り続けたドジャーススカウトの情熱は高校生の大谷にも十分に伝わっていたはずであり、あのまますんなりと日本ハムと会談することもなく、ドジャースと契約を結ぶという選択肢も十分にありました。しかし日本のプロ野球全体を一人の高校生が翻弄するという構図であったにもかかわらず、最終的に情よりも理性を優先し大谷は無意味なプレッシャーに囚われることなく君子豹変、極めて難しい決断を下すことに成功しました。

元ドジャースのスカウトが日本のプロ野球よりもメジャーの環境の方がいいのだと4年前とほぼ全く同じ内容の繰り言を言っています。結論から言うと、だからこそドジャースは日本ハムとの争奪戦においても負けたのだというのが率直な感想です。なによりドジャースへ行けば二刀流を実現することはまず不可能だったのであり、現在の大谷翔平にとって二刀流こそが、彼のアイデンティティそのものであり成功感覚と不可分なものであるという視点がそこからはすっぽり抜け落ちているのです。誠実なる日本ハムの高い知性と栗山監督の奇抜なアイデアの完全勝利であり、どれだけメジャー文化の優位性を懸命に説いたところで外周で元ドジャースのスカウトの言葉は4年前からぐるぐる回り続けて、本質にたどり着くことがない。何をもって成功なのか、結局において何よりも本人が納得できなければそれは真の成功ではない。大谷は日本ハムを選択して大正解であったとインタビューでも答えている以上、敗北を素直に認めつつつも、その敗北した原因を分析し次につなげてゆく方が生産的でもあり有意義なものとなる。文化を相対化するという記事の試みはともかく基本的な内容は4年前の繰り言であり、今更感は半端ありません。

2017年、大谷翔平をメジャーへ突き動かす最大のキーとなるもの。それは 大谷の心の琴線に触れるような知性と情熱を内包する<言葉の力>であり、その言葉を有するチームこそが、最終的にこの大争奪戦を勝ち抜くことになる。

では、どこが最も優れたプレゼン資料を作れるのか。

日本ハムと業務提携しているパドレスがアドバイスももらえる立場にある以上、極めて有利になるのは当然のことです。もしこのような絶好の状況さえパドレスが活かせないようであればフロントの能力に問題ありです。日本ハムはその交渉力によってドジャースが絶対的優位な状況からなぜ大逆転できたのか。ここを正しく分析できたフロントを有するチームがおそらく2017年の争奪戦で勝ち抜くことになります。

追記

10日も前からアップしようかと思いつつ二の足を踏んでいる記事があります。もしドラゴンスレイヤーというワードが出てきたら、お蔵入り予定だった記事です。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。