監督の野球に対する知性の差が勝負を決する

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10 /28 2016

緒方監督のポリシーはレギュラーシーズン通りに日本シリーズも戦うというものらしいですが、それも必ずしも間違いではないが決して正しいとも言えません。フェイズが違っている以上、戦いのセオリーは自ずと変わってくる部分が出てくるからです。

例えばソフトバンクとの天王山、日本ハムは大谷先発であり1点差ゲームであり、栗山監督はまさしくセオリー通り7回から外野の守備固めに陽を入れて大ファインプレー2発でチームを勝利へ導きました。青木が在籍していたKCでも、ダイソンというメジャー最高の守備力を有するアウトフィルダーを守備固めに7~8回にかけて入れることによってポストシーズンを勝ち抜いていきました。

一方、緒方監督は第四戦、9回表の松山の打席のことを考えて、8回裏ピンチの場面であっても赤松を守備固めで入れることはありませんでした。それがシーズン通りの戦い方であると主張。たしかにレギュラーシーズンであればその戦術でも全くOKかもしれません。しかし短期決戦では、目先の一勝の価値、目先の一点の価値が大きくなるためにベースボールという球技の性質上、投手が主導権を持っているために防御の持つ価値がレギュラーシーズンに比べて短期決戦では相対的に大きくなります。それはセイバーメトリクス的に考えても自明のことです。

接戦の終盤において、守備固めをするというのはセオリーです。

ちなみにダルビッシュが在籍するTEXはあと1アウトというところでWS制覇を逃していますが、それも9回2死ライト後方へのフライを長打にしてしまったからです。陽や岡の守備力を持つライトが守っていれば、TEXもワールドチャンピオンでしたが、クルーズという守備範囲の狭いライトであったがために最後の最後で負けました。

8回裏に松山に代えて赤松にすべきというのも後付けの結果論なのでしょうか。

当ブログの主たる研究対象としては野球の戦術もありますが、どう考えてもこれは結果論ではなく、赤松を守備固めで8回に入れなかったのは完全に緒方監督のミスです。それは奇しくも一か月前に守備固めについて栗山監督の正しい判断力と同時に緒方監督の采配ミスについて記事にもしています。かえって今読む方が面白く読めるかもしれません。

「栗山監督 信じる力と峻別する力 ソフトバンクと0.8ゲーム差に縮まる」

短期決戦でのセオリーについて、特にMLBにはサンプルが多くそれを抽出するには絶好のチャンスです。例えば、MLBカテゴリーでは繰り返し書いているのですが短期決戦における継投の第一法則は、試合をぶち壊す前に継投はレギュラーシーズンと違って前倒しにすべきであるというものがあり、第二法則は、調子の良い絶対エースが投げている時は後ろに絶対的守護神でもいない限り無暗に交代させてはならないというものがあります。

栗山監督は2回途中で試合が壊れる前に、メンドーサへ交代。これは試合の大きなポイントとなりました。レギュラーシーズンのセオリーでは2回1失点でメンドーサへ交代させるべきではありません。言うまでもなくそんな継投で一年持つわけもないですから。一方緒方監督は沢村賞も受賞した絶対エースを6回95球で交代、レギュラーシーズンの方程式に拘った。結果同点に追いつかれ、サヨナラ逆転負け。

これは結果論では断じてありません。

天王山SB戦、勝った試合であるにもかかわらず9回大谷降板を栗山監督の継投ミスと指摘していたのは当ブログ以外それほど多くはありませんでした。これについては如何に栗山監督が名将であって、栗山監督に個人的には好意は持っていても譲るつもりもありません。9回大谷降板は結果はどうであれ、あのシーンではすべきではない。つまりこの大谷降板例を敷衍すればジョンソン交代は果たして正しかったのかどうか。エース続投で7回ゼロ封であれば十分可能でした。であれば勝負の綾というものもありその後の試合展開も大きく変わっていた。一方において第三戦の延長における広島前進守備についても、結果は大谷のサヨナラヒットであっても当ブログでは緒方監督の判断は正しいと結論しています。

たとえ試合に勝っても監督のミスがありそれを陽の大ファインプレーによってカバーされるケースもあれば、たとえ試合に負けても監督の守備シフトの判断そのものは正しく、結果は大谷にサヨナラを打たれることもある。プロセスと結果をきちんと切り離して考えることがブログ「MLB 戦いの原理を求めて」の絶対的なポリシーでもあります。


このシリーズ、監督の野球に対する知性の差が勝負を決するかもしれません。セオリーから眺めても実際に両監督の力量差というものは明らかで、野球の戦術、戦略部分に対する理解において知性の差が相当にあります。

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強い者が勝つ!それが二つの呪いを解いたエプスタイン・スタイル

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10 /26 2016

今回はLADサイドではなく、中立な戦いの原理から眺めた時、CHCがどう見えるかという記事です。

今から3~4年くらい前になるでしょうか。

BOSの攻撃・BABIPと防御・被BABIPについて取り上げていた記事がありました。パークファクターからするとフェンウエイにはグリーンモンスターがあるために特に二塁打を中心としたヒットの出やすくメジャーでも屈指のBABIPが高い球場です。サンプルをきちんと採って調べるとBOSの攻撃・BABIPはリーグ1位であるに対して防御・被BABIPはリーグ平均レベルであり、BOSはとても運がいいと結ばれていたように記憶しています。

しかしBABIPの特性を知っていれば、そういう分析にはなりません。まず大前提としてサンプルが多ければ運不運は相殺される。つまりBOSの攻撃・BABIPと防御・被BABIPの格差を決定づけているものとは<運不運>などではなく「力」にこそあるのではないだろうかという仮説が出てきます。というのもBABIPが「運」そのものを表現している指標ではないからです。特に攻撃のBABIPは打者の能力をかなり反映する指標です。

もしBABIPが「運」そのものを表現しているならば、長い期間同じ球場でプレーしているBOSの<攻撃>BABIPと<防御>被BABIPのリーグにおける相対順位はほぼ一致してくるはずです。しかしそうはなっていない以上、BOSの投打における実力がBABIPの数値にも反映しているに違いないと判断し、パークファクターの影響も排除したチームの実力そのものを把握できる攻撃WARと投手WARを当ブログでは調べてみました。

するとその当時の直近10年間におけるBOSの攻撃WARは30チームで1位と投手WARは30チームで1位と出てきたわけです。(当時の投手fWARはFIPとパークファクターを考慮した実にあっさりしたもので、今のように守備力やBABIP、LOB率の影響を排除していませんでした。今のサイトで調べてもfWARはそれなりの変動があることのご注意ください。セイバーメトリクスの指標には算出式の進化とともに、数値も毎年、微妙に変化してゆくものがあります。そこが打率や本塁打、打点というような旧指標との大きな違いの一つです)

仮説通り、BOSの投打における実力がBABIPのはっきりとした格差をも生み出していたことが確認できました。

と同時にこんなことがすぐに理解されました。ルースの呪いを破るためにエプスタインはセイバーメトリクスを駆使しWAR1位と投打共にたたき出すことにより、勝つべくして勝つというスタイルを確立することによって、10年で三度ものWS制覇したチームの礎を築いたのだと。おそらくカブスの「ビリー・ゴートの呪い」を解くために、エプスタインはBOSと同じようなスタイルでやってくることはすぐに予想できました。すでに昨年に時点で地区3位であったものの投打を合わせた総合WARが30チームで1位であり、ターゲットであるワールドシリーズ制覇に向けて完全にロックオンされた状態であったと言えます。そしていよいよ総仕上げとして2016ゾブリスト・チャップマン・ヘイワード等の的確な補強をし満を持して現在に至った。

CHC2016投打の総合WAR30チームで1位。

勝つべくして勝つ。力で寄り切るスタイル。それがエプスタインのチーム作りにおける真骨頂でもあり、現代における最高の戦略家と言ってもいいでしょう。

たしかにマドンは素晴らしい監督ですが、勝利にとって監督以上に重要なのが、戦力のロジスティクスです。そう言っているのは魔術師と言われた三原脩であり、ミラクルメッツを演出したギル・ホッジスです。それは野村克也の監督99%説とは一線を画するものです。監督としてできることの限界をきちんとわきまえていないと、阪神の万年最下位という現実を突きつけられることにもなります。野村克也よりも三原脩の方を当ブログで評価しているのは、例えばこの客観性です。

千葉茂が近鉄の監督になる際にも、三原脩は「チームが優勝するために最も重要なのはオーナーの真剣に勝ちたいという姿勢である」とアドバイスを送っています。監督の力だけではどうにもならない部分があるのだと三原脩ははっきりと認識していました。

現代のMLBにおいてロジスティクスに最終責任を負っている者とは、言うまでもなくGMです。「ロジスティクスを整えれば、チームは勝つべくして勝つのだ」ということを何度も再現し証明してみせたエプスタインの手腕は見事という他ありません。再現性があるということはそこに何らかの技術が隠れているということでもある。




最後にちょっとした余談。投手の力量を測る上で、K/BBという指標はセイバーメトリクス的には極めて大事なものとなります。過去1900年以降でイニング数2000以上でソートをするとK/BB4.00を超える投手は3人しかいません。ちなみに、あれだけ制球力に優れたクリフ・リーや現代最強左腕のカーショウでもキャリアでは4.00を切っています。4.00を超えることの意味がここからもわかるはずです。

1位がシリング4.66、2位がペドロ4.30です。

両者の共通点が何かわかるでしょうか。

BOSのエプスタインが獲得した投手だということです。セイバーメトリクスにおいて歴史的な発見と言ってもいいDIPS(FIPはその一種)を提唱したぼボラス・マクラッケンをBOSはデータアナリストとして採用しましたが、BOSというチームはK/BBという指標の重要性についてかなりの早い段階で気づいていました。ちなみに上原のK/BBはブルペン枠でありながら7.91というもので、球史に残るレベルの高い数値をキャリアでも残しています。言うまでもなくこのボラス・マクラッケンこそがK/BBの重要性を最初に提唱した人です。

総合的な戦力を揃えることによって相手を寄り切るというスタイルのCHCと機動力や守備力を中心としたスモールなCLEにおけるワールドシリーズの戦い。それは「強い者が勝つ」という強者のCHCと「弱者は必ずしも負者ならず」という弱者のCLEの戦いとも言えます。いよいよ最終決戦が始まります。

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なぜ広島は前進守備を敷かなかったのか

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10 /26 2016
「神様 仏様 大谷様」という言葉を彷彿とさせる大谷翔平の活躍ぶりで、ようやく日本ハムが一勝を上げました。

10回裏2死2塁、次の打者はパリーグの打点王であり、今日の全打点を上げていた中田であり、大谷へはカウントも追い込んでいる状況。歩かせてもいいという形でおそらく大瀬良は大谷に勝負しにいったはずです。実際、低めに完全なボール球を大瀬良は大谷へ投じました。最後はフォークで勝負するつもりではなかったのか。

解説者は前進守備こそが正しいと言い切っていましたが、これについては全く賛同できません。前進守備を敷くということは、シングルでもホームでアウトにできるところまで前進しなければ意味がありません。走者は日本を代表する韋駄天・西川の場合、通常の前進守備ですら、2死ということもあり、あまり意味をなさなくなります。

であるならば、2死ということもありフィールド内におけるヒットゾーンを狭めるという意味では、広島の深めに守備シフトを敷くという意味も十分に頷けるものがあります。2死2塁でサヨナラ場面、長打力のそれほどないふつうの打者に対して前進守備をするのはセオリーです。しかし実際かつて栗山監督は2死2塁でセンターだけは深めという選択を取ろうとしたが、ベンチコーチの福良に作戦は徹底させなければ意味がないという進言に従って、見事にセンターオーバーを打たれてサヨナラ負けという経験を持っています。

どういう形であれ最後のひとつをアウトにすれば、回は終了するというのがポイントです。

なぜ焦点をシングルヒットを打たれた際のホーム封殺だけに当てなければならないのか。深い外野フライへケアしフライアウトにできる確率を高めることも同じくらい大事になる。前進守備のメリットとデメリットは表裏一体。例えばシングルヒッターの中島のヒットチャートをフィールド上で表現すれば、内野を中心に打球落下点のプロットは集中し、外野のフェンスへプロットされる点は皆無です。しかし長打力のある大谷のヒットチャートを見れば一目瞭然、フェンス最深部の右へ左へスタンドへ、数多く打球落下点のプロットがなされることになります。フライアウトひとつでもフェンスぎりぎりでアウトになったケースも数多い。

打者長距離砲・大谷、走者西川。2死2塁。次の打者中田。

要は打球の前だけにケアをすればいい打者なのかそれとも、後方の打球にもケアをしなければならない打者なのか。そこがひとつの分岐点ともなり、広島の外野守備位置は必ずしも駄目でない。結果論でしか語れない解説者が余りに多すぎる。8回裏中田への守備位置も逆転阻止を目的に深めに守らせた。これも日本ハムにクローザーは不在であり、前進守備を敷く方がリスクが高いと広島は判断した。

どうしても広島の深い守備位置を完全否定するだけの根拠は見当たりません。結果論に過ぎない。

それよりもベンチワークにおける最大のミスはなぜ松山に代えて8回1点リードで、名手赤松へ代えなかったのかということです。以前も緒方監督のエルドラッド、レフト出しっぱなしによる拙守逆転負けの采配ミスについて書いたことがありますが、同じミスをしてくれました。これについては結果論でありません。セオリーに従って、広島は守備固めに入るべきでした。

●26日 夕方 新たに追記

記事を書いた時点では入っていなかった新たな情報によると大谷は広島の外野手が深めであったことを見て、シングル狙いへ変更したとありましたが、では、もし広島が前進守備を敷いていたならどうだったのか。大谷はシングル一本では帰ってこれないと判断して、外野手の頭をオーバーテイクするような打球を狙った可能性があります。

シフトは状況に合わせてバッティングを変幻自在に変えられる打者に対しては、シフトは通用しないということなのかもしれません。

ちなみにMLBのBABIPはついに300の大台に乗りました。MLBでは守備シフトが本格化し、インフィールドにおけるヒットの割合が減るどころか増えるという現象が出てきました。打者もシフトの変化に対して柔軟に対応していることがわかります。いち早くCHCのマドンは過剰な守備シフトを取らなくなったとも言われていますが、打者の変化にいち早く対応したということに過ぎません。

いずれこの守備シフトの件についてはMLBカテゴリーで書きます。


日本ハム2連敗にシンクロする 1958年の日本シリーズ

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10 /25 2016


「首の皮一枚残った」

この三原脩の言葉は1958年の日本シリーズ3連敗直後に生まれたものであり、以後野球というジャンルを超えて人口に膾炙することになります。その3連敗から奇跡の4連勝で日本一。「神様 仏様 稲尾様」というお馴染みの言葉もこのシリーズが生まれたことは多くのプロ野球ファンにもすっかりお馴染みなはずです。

今よりも年間試合数が13試合も少ない中、11.0ゲーム差を逆転しての優勝ですっかり達成感を得ていた西鉄にとってレギュラーシーズンで精根尽き果たし、日本シリーズは余興のようなものであったと独白するのは、他でもない三原脩でした。黄金期を形成しつつあった昨年日本一のソフトバンクを倒すことをターゲットにひたらすら戦ってきた日本ハムにとっても、11.5ゲーム差を逆転してのリーグ優勝に一種の達成感のようなものがあったと言ったらウソになるだろうか。

こちらから敵である広島に戦いを挑むというよりも、奇襲を仕掛けられすっかり受け身に回り、慌てふためき日本ハムのミスに乗じて広島によって一気加勢に攻められたというパターンで過去2試合は終わりました。西鉄には稲尾がいたために奇跡の4連勝で、1958年のシリーズを終えることができました。その稲尾に相当するのが大谷翔平ですが、逆襲するとしたらキーマンはやはり大谷ということになる。

率直に言いますと、ソフトバンクとの天王山の戦いに対する応援の熱のようなものが個人的にはなく、広島との日本シリーズの応援に対して、どこかしらけている自分がいます。パリーグでリーグ優勝したという価値がそれだけ2016の場合、大きかったということなのかもしれません。

カブスが呪いから解かれる時 チャレンジシステムの誤審か

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10 /22 2016
第四戦、2回裏のゴンザレス、ホーム寸前でタッチアウトと判定されてLADのチャレンジがありました。最初にプレーを目視した印象ではタイミングは完全にアウトというものでした。スロー映像を見ると多数の人にはセーフに見えたはずです。しかしベースにタッチしていたかが確認できなかったために判定は覆らず。第五戦、4回裏のケンドリック三盗もタッチアウトと判定されてLADのチャレンジがあり、最初にプレーを目視した印象ではタイミングは完全にアウトというものでしたが、スロー映像を見るとセーフに見え判定は映像通り覆りました。

ベースに手がつくのと、自分の体にグラブがタッチされるタイミングはランナー自身がどちらが早いかはもっともよくわかっている。人間の目が行う審判の判定に間違いはつきものではあるが、選手も監督も基本的に真実をチャレンジはすべて明らかにしてくれるという前提に立っている。

ゴンザレスもケンドリックも、アウトの判定された直後にすぐにそれぞれ確信をもってベンチを見てへ指をさす姿は、完全にシンクロしたものでした。もしベースタッチの方が遅いことをランナーが瞬間的に把握すれば、真実はアウトであるにもかかわらず、ランナーがセーフであるとアピールするパフォーマンス自体、真実を明らかにするチャレンジシステムの前では基本全くのナンセンスなものとなる。2012日本シリーズ第5戦・巨人・加藤、疑惑の危険球パフォーマンスも、対象が人間の目であれば有意義ではあるが、チャレンジ対象プレーに限りパフォーマンスの虚偽をチャレンジは逆に明らかにしてしまう。

ご存じのようにチャレンジ映像がバックスクリーンのオーロラビジョンでも流れました。それを見てセーフであることを確信したゴンザレスのベンチで喜んでいた姿を見る限り、判定はアウトであったが、真実はどうだったのかある程度、総合判断することは可能となります。言うまでもなく、過去にも数度ミスを犯したチャレンジの精度は、限りなく100%には近いが完全無欠ではない。

10年前万年最下位であったKCが2015にワールドシリーズを制覇するなんて誰も想像できなかったように、わずか5年前の2011年は、フィリーズはハラデー、クリフ・リー、ハメルズ、オズワルトと最強の投手陣を擁して5年連続地区優勝を果たしていた。

「誰が勝者で誰が敗者かというな
 今負けたものが 明日には勝つこともある
 時代は変わっていくのだから」

そうボブ・デュランも歌っている。

ヤンキースが勝つ日もいずれやってくる。繰り返し映像を見れば見るほどセーフではあるが、シリーズの流れも変わったのか、はたまた実力なのか、あそこまで0行進だったがカブス打線がゴンザレスのチャレンジ以後、一気に息を吹き返したことはたしかなことである。これまで負け続けてきたカブスが呪いから解かれる時には、得てしてこのようなことが起こるものなのだろうか。

「その答えは風に吹かれている」

必ずしもカブスは絶対優位ではない ドジャース ワールドシリーズへ一歩前進 

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10 /19 2016
さて2016NDCSですが、LADの歴史においてひとつの転換点になる可能性をも秘めたディビジョンシリーズの勝ち上がり方だっただけに、LADにも勝機はあると漠然とした記事を先日は挙げました。今回は少しデータを眺めていきます。

レギュラーシーズンでは得失点差というスタッツを通してチームの総合力を把握するのが定石です。この得失点差を見ると30チーム中1位。CHCは投打の総合WARといい30チーム中1位です。CHCが圧倒的な戦力を持っていることはデータでも明らかです。ところで一試合におけるスターターの持つ力の及ぼす影響というものは大きく、特に短期決戦においては、バムガーナーの例を引くまでもなく絶対エースの存在が極めて重要です。そしてその投手の力を短期決戦において計算するにはERAよりも、FIPの方が断然あてになる。

そこでスターターのLADとCHCの4人に絞り込んでFIPを並べました。

カーショウ 1.80
ヒル 2.07
ウリアス 3.02
前田 3.58

ヘンドリックス 3.20
レスター 3.41
ラッキー 3.81
アリエタ 3.52

FIPが2.00台に入ると一流の投手です。こうしてみると絶対エースはCHCには実質一人もいないことがわかります。レギュラーシーズンはチームの総合力を競うために、試合を作れるFIP3.50前後の投手が平均して揃っていることは極めて重要です。しかし短期決戦においては試合をつくることが至上命題ではありません。絶対エースの存在の有無、確実に勝利を計算できる投手の有無はより大きな価値を持つ。漠然とチームの総合力だけを眺めて、CHCはすごいという印象論もいただけません。

スターターのFIPを比較してもLADにこのNLCSに十分にチャンスはあるというのが当ブログの見解です。少なくともCHC圧倒的優位という下馬評は全くあてにならないデータがある。ロバーツの采配一つでおそらくLADは勝ち上がることは十分に可能です。初戦、チャップマンを引っ込めるために勝負の満塁策を8回に出したこと自体は問題ないと考えています。問題だったのは、なぜ満塁にした時にブラントン続投だったのかということです。その前段で左打者をブラントンは敬遠していたはずです。向こうがチャンプマンに代打の左で勝負したなら、LADも勝負をしジャンセン投入の一択だったのではなかったのか。昨日8回2死4点差でわざわざジャンセンを出すくらいならば、チャップマンをCHCが引っ込めた時点で、同点の満塁時にこそジャンセンで勝負すべきであったと考えます。初戦は監督の采配で落とした試合と言われても仕方ありません。

もちろん戦力的にはCHCの方が上であり、勝つ可能性は当然であるわけですが、言うほど短期決戦での強みを持ったチームでもないといったところです。野球は筋書きないドラマであり、まだどちらにも勝つシナリオはあります。しばし成り行きを見守ります。


最後に余談になりますが、戦いの原理に照らして見た時に、正しい方向性を取っていると一貫して当ブログが支持してきたのは、これまでの記事をご覧いただいてきた方にはご承知いただいているかとは存じますが、日本ハムとドジャースでした。それぞれ11.5ゲーム差からの日本ハム大逆転と、絶対エース・カーショウ不在に加えて故障者リスト入り続出であり、すでに終わったと言われた中、首位と8ゲーム差からドジャースもまた逆転劇でここまで勝ち上がってきました。日本ハムはFAに補強を頼まない育成中心の弱者の戦略を採用しているのに対して、LADは典型的な強者の戦略を取っているという違いがあります。

ドジャースはヤンキースのように断じて日本ハムの真似をすべきではありません。

それは完全に戦略的には間違った考え方です。強者には強者の戦略があり、弱者には弱者の戦略がある。ヤンキースの戦略について決定権のある実質的なGMでもあるハル・スタインブレナーは、エクスキューズ・予防線としてまず「金をかけたからといって必ずしも強くなるわけではない」ところから話を始めるようであり、若手への切り替え、コストパフォーマンスを何よりも重視すべきとお考えの良識派に属する方々もその考えに賛同しているようです。(いっそキャッシュマンはGM補佐という役割で考えた方がすっきりわかりやすい。)

2016の短期決戦の戦いのセオリーにおいて当ブログが繰り返し強調していることの一つは、「リスクを承知で勝負を前倒しで仕掛ける」ことの重要性です。監督にも勝負を仕掛けるべきポイントを知る監督とそうでない監督がいるように、これは監督だけではなく、勝負を仕掛ける大胆さはGMにおいて極めて重要な資質です、はっきり言えば、ハル・スタインブレナーの言っていることは勝負度胸がない金持ちオーナーが自らのケチを表面上、正当化するために理論武装した詭弁に過ぎないということです。

ヤンキースの現在進行中の底なしともいえる観客動員の減少トレンド、及び、ピタゴラス勝率の推移でみる戦力の圧倒的な衰弱ぶりは目に余るものがあります。ここ4年で3年も大きく得失点差が-なのがヤンキースであり、実際の勝率はずっと貯金をキープしているためにその深刻さに気付かない方も多いようです。監督がヘボであれば実際の勝率は500を下回るのがもはや恒常化していたのが今のヤンキースであると言えます。

最大のキーマンであるオーナーのリーダーとしての資質に焦点を当てることによって、スポーツナビにエントリーした昨年よりも遥か前にヤンキース帝国の衰退をはっきり当ブログでは予言をしていましたが、ほぼ予想通りの展開になっています。

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黒田博樹の引退 完成された野球人生とは

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10 /19 2016

ベーブ・ルースのキャリアが ボストン・レッドソックスから始まり、ニューヨーク・ヤンキースを経て 最後は再びボストン・ブレーブスでその野球人生を終えたように、ウィリー・メイズもまた ニューヨーク・ジャイアンツから サンフランシスコへと移動し 最後はニューヨーク・メッツでその野球人生を締めくくったように、二人とも最後はキャリアをスタートさせた場所へ戻っていきました。

野球というゲームとは ホーム(ベース)からスタートし、再び「苦難を克服してホームに帰還する」までのドラマであり、それはまさしくギリシャ神話の古典でもある一大叙事詩 「オデュセイア」にも通じるのであり、それが証拠に「オデュセイア」作者の名は「ホーマー」なのだと、ピート・ローズを永久追放した歴代コミッショナーであるジアマッティは言ったそうです。

ホームベースはマウンドの方向から眺めるとまさしく、家のような形をしている。すっかりお馴染みのバックドア(裏口)やフロントドア(表玄関)もホームベースを家に見立てて作られた言葉です。

慧眼の士マービン・ミラーが似非インテリと称したジアマッティの「オデュセイア」についての話が私はとても好きなのですが、ひょっとすると完成された野球人生とは 黒田のようにホームである広島からキャリアをスタートし、海を越えてさまざまな経験を経て戦果を得て、再び ホームである広島へと帰還するものなのかもしれない。

20億と6億、もし選択する権利があるならば1000人いれば999人は20億を迷うことなく選びます。一方、ヤンキースのマイナーリーガーであった福留は阪神入りに際しても、実力不相応の金額を要求しその守銭奴ぶりを遺憾なく発揮しました。両者のあり方は余りにも対照的でもあり、20億円のオファーを蹴ってでも広島へ帰還した黒田の移籍劇は野球という一ジャンルを超えて、「義に生きる、武士のあるべき姿とは何なのか」その生き様を通して現代の日本人に自らの足元をもう一度見つめ直す機会を与えたと言ってもいいかもしれません。

松井も5億は絶対にくだらないオファーも巨人からあったのでしょうが、醜態を晒したくないと潔く引退をしました。その毅然とした姿はSB松坂とは対照的でもあります。

過去様々な名勝負がありました。イチローと松坂。伊良部と清原。

しかしながら私の一推しは全盛期の黒田と松井であり、二人が対決したあの一種独特の空気感は今でも鮮明に覚えています。あの緊迫感は二人がその本質において本物の武士であったからこそ、生まれたものだったのですね。

拝啓 黒田博樹 様

初優勝おめでとうございます。長い間 お疲れさまでした。


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「もう一つのブラックソックス事件」マービン・ミラーの慧眼」

9回表 大谷の平均球速は164.0km!CS一戦目スターター時は158.4km

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10 /17 2016

タイトルの件については 記事の後半にて。

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繰り返し、栗山監督の采配は基本的に魔術師・三原脩の文脈の中ですべて捉えられるべきであると言ってきました。ここを抑えない限り解説者・和田のように常に栗山采配を見誤ることになります。

5回裏、1死23塁。一打勝ち越しの場面。バントの名手中島に3塁には走力のある陽がおり、スクイズのすべき条件は揃っていました。解説者和田はスクイズをまずないと否定していましたが、日本ハムのファンの方ならスクイズを仕掛けてくると思ったのではないでしょうか。三原脩は自らの原点を、まだプロ野球がなかった頃の早慶戦、敵の隙をついたホームスティールにあると明言しています。奇襲にこそ三原脩の本質がある。その三原脩に心服している栗山監督のことです。仕掛けないと油断した時にこそ、奇襲を仕掛ける。それが栗山野球というものです。

またプロ野球選手の理想的な最高の選手として三原脩は真っ先に長嶋茂雄を挙げたように、「魅せる」ということに至上の価値を置いていました。9回クローザーとして大谷投入という、栗山監督は球場に足を運んでくれたファンの予想を超えるサプライズを演出してくれました。こうしたサプライズを世阿弥という超一級のプロデュ―サーは「珍しきが花」と言いましたが、「魅せて勝つ」を可能とするところにプロ野球の監督、栗山マジックの真骨頂があります。

ちなみに解説者和田の常識ではスクイズだけでなくクローザーとして大谷投入も完全な想定外であったようです。そうした解説者の常識を超える采配をこれまでも何度となくしてきた栗山監督であるからこそ、大谷二刀流というアイデアも生まれたということなのかもしれません。もともとかくいう大谷自身が、プロではピッチャーかバッターか、どちらか一本に絞るという選択肢しかないと思い込んでいたと、入団記者会見ではっきり言っています。そこへ栗山監督から二刀流という常識破りのアイデアを示されて、日本ハムへ入団した経緯はご存知の通りです。

他の監督なら二刀流などまずやらせてもらえないと言われることもあります。正しくは、やるやらない以前に選択肢そのものに二刀流はなく、4年前に二刀流というインスピレーションが降りてきたのは栗山英樹ただ一人だけだったということです。もともと栗山監督以外には大谷自身も含めて野球界の選択肢の中には常識通りピッチャーか、バッターかの二通りしかなかったと言えます。

そこへ第三の選択肢があることを栗山監督は示しました。そしてこの二刀流というインスピレーションを栗山監督に与えたアイデアの源泉こそ、他ならぬ三原脩であったことは繰り返し強調して述べてきました。この三原脩まで遡らなければ、二刀流の本質にはたどり着くこともできません。少なくとも栗山監督はこの地上を去った<三原脩>に見守られていると固くそう信じました。二刀流が単なる思い付きレベルであれば、あれだけのバッシングに栗山監督が耐え抜けるはずもありません。二刀流を実現するにあたって野球の神様から下された一種の使命観のようなものさえ、栗山監督にはきっとあったはずです。

日本プロ野球の繁栄を真に願う存在を<野球の神>と言います。

もし<野球の神>がこの地上に姿を現したならば、バッターバックスに立てばOPS1.004と松井秀喜となり、マウンドに上がればFIP2.14とダルビッシュ有になる。それが2016の大谷翔平であり、大谷二刀流にはこの世ならざる神からの力が働いているとオカルトチックに見なす方が、むしろ視界はよりクリアなものとなる。

タイトルの件になりますがCS初戦のファーストボールの平均が158.4km。メジャーのスターターで98.3マイルの平均で一試合、投げきれる投手は、データを見る限りメジャーではシンダーガードただ一人のみ。そしてクローザー大谷の平均球速は164kmジャスト。メジャーでこの平均球速をたたき出せるクローザーはわずかにチャップマンただ一人のみとなっています。

最後に改めて、栗山監督にはよくぞ100%とないと言い切った大谷翔平を説得し日本ハムへ入団させてくれたと、一プロ野球ファンとして感謝の意を述べたいと思います。

大谷翔平には<野球の神>が入っている。ゆえに、大谷翔平の一挙手一投足が次の瞬間、プロ野球の歴史そのものへと変わってゆく。


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NLCS ドジャースに勝機あり カーショウが見せた勝負への執念

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10 /15 2016
カーショウはポストシーズンには弱い。LADは地区リーグ優勝決定戦になるとなかなか勝てない。

そうした短期決戦における苦手意識を払しょくしたという意味において、NLDSの劇的な勝ち上がりはLADにおいては極めて価値の大きな勝利でした。そして3戦すべての勝利にカーショウがかかわり、その接戦をすべてものにしてきたほんとうの価値は、次のNLCSにおいてこそ明らかになってくるかもしれません。下馬評ではCHCが鉄板とも言われている。戦力を分析をすればたしかにそのとおりかもしれない。しかしもしLADがCHCを倒すとしたらディビジョンシリーズの戦いにおいて、これ以上ないプロセスを踏んで勝ち上がってきました。

短期決戦では<勢い>が極めて大事な要素となる。

また闘将ロバーツの勝負師としての決断力も見過ごせません。今更指摘するまでもなく、それはジャンセンの7回投入、カーショウの救援にもはっきりと表れている。まさしく常識破りであり、レギュラーシーズンにおける定石といったものもポストシーズンで勝つためにはかなぐり捨て去ることのできる監督であることを改めて証明してみせました。それは第5戦のみならず、それまで負けたNLDSの試合においても常に勝負出ていたのがロバーツであったことは試合前の記事でも指摘していた通りです。

CLEのミラーやLADのジャンセン、カーショウの起用方法とは実に対照的であった、ショーウォルターの継投。レギュラーシーズンにおいては冷静に全体を俯瞰する視野が監督には欠かせないが、短期決戦では監督の勝負師として執念と直感が極めて重要な要素となります。

こうしてみるとKCの2014第7戦で、最もスターターでは力の劣るガスリーが打ち込まれはじめた2回、KCは誰一人ブルペンで投げる準備をしなかったシーンは全く信じがたいものがありました。結果論でもなんでもなく、とにかくブルペン投入の時期がワンテンポ遅かったのが2014ヨーストであり、ワールドシリーズ第7戦でありながら、レギュラーシーズンに毛の生えた程度の心構えでいたことがブルペンの準備からも十二分に伺えるものでした。監督が優秀であれば2014KCは確実に勝てたという念いが消えることは今でもありません。

このように通常、短期決戦では前倒しでの継投は正しいというセオリーはありますが、同時に絶対エースが好投をしている時は全く別枠だとも言いました。ジマーマンや大谷の降板させた失敗例を引いたように、ワシントンのベーカー監督はピーダーソンのラッキーショット1本に慌てふためき、LADが最も待ち望んでいたシャーザー降板という判断をしました。結果論ではなく、2016サイヤンガー最有力候補の絶対エースはせめて7回終了時までは引っ張るべきだったと結論しています。調子が悪いというのなら別ですが、シャーザーの調子は良かった。

CHCを率いる名将マドンに対して、戦力の差は否めないが、闘将ロバーツがカーショウを中心にどう立ち向かうのか。結果はどうであれ、ロバーツ監督なら、短期決戦を任せるに足る判断をしてくれるはずです。

シーズン中からLAD推しということもあって、ドジャースサイドに立ちながらNLCSについて何か気づいたことがあれば随時、記事としてアップしてゆくつもりです。それにしてもエプスタインの力は絶大です。

LAD 第5戦はヒルで勝負か 結果論で批判してはならないボウチーの継投

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10 /14 2016
ボウチーの細かい継投について、小宮山はレギュラーシーズンにおける勝ちゲームの際の映像を流しながら、ここにボウチーの巧みな継投があるのでそこに着目せよとPO直前の特集でやっていました。しかし一転、負けゲームで細かい継投をし失敗すれば、あたふたと慌て過ぎであり批判が集中するという、これぞまさに結果論の極みである。

重要な点は、なぜこうした細かい継投をボウチーは選択せざる得なかったのかという点にこそある。

レギュラーシーズンにおいてSFはリードを奪いながらも何度も繰り返し逆転負けを喫してきた事情が、ボウチーの細かい継投の背景にはある。レギュラーシーズンでとっかえひっかえ、さまざまな投手をクローザー役で試したが私が見てきた限りほぼ全滅であった。9回を任せるに足るクローザーが不在であった現状を解決すべく、最終的に導き出されたボウチーの結論は細かい継投であり、課題が浮き彫りだったにもかかわらず、フラッグディールでブルペンを補強しなかったフロントにもその責任の一端はある。

正直なところ、投手ラッキーであればSFは十分に打ち崩せるとも考えており、前回のブログにも書いたように本音ではSFはCHCを逆王手をかけて、リーグ優勝決定戦へ進出する可能性は大ではないかとも考えていました。というのも第4戦を取れば今年のレスターのERA2.44(WRA4.3)ではあるがFIP3.41と決して内容自体は良いという程のものでもなく、クエトのfWAR5.5、FIP2.96よりも低い数字ともなっており、最終戦に持ち込めばクエトの完投勝利という勝利へのシナリオはボウチーならずとも十分に描くことは可能であったからである。最終戦に限ってはバムガーナーで締めるという禁じ手を繰り出した可能性さえあったかもしれない。

カーショウとロスのマッチアップならばLADは第4戦で勝ち上がると予想することは容易く、シャーザー相手で第5戦LAD若干きついが初戦に打ち崩してもおりLADに勝利の目がないこともない程度には考えていました。1勝2敗で迎えた第4戦前に書いた前記事で共に追い込まれていたSFとLADに注目しているとしましたが、SFにより勝ち目はあると記事を書いた時点で考えていたのが本音です。結果は歴史的な大逆転負けというものであり、それは何度となくレギュラーシーズンで見てきたSFお馴染みの光景であった。

それにしてもLADについては短期決戦に勝ち上がれるというイメージをほとんどできないのはなぜなのか。絶対エース・カーショウもPOでは全く別人となってしまう。唯一の救いはLAD監督のロバーツは勝負師であるという点にある。完全試合ペースのヒルを降板させたような心を鬼に出できるのが勝負師ロバーツの真骨頂でもある。最終戦、先発は奇しくもそのヒルということになるのだろうか。LADはいつになったらNLDSを突破できるのか、数時間後に間もなくその結論は出る。




今、目の前で繰り広げられている戦いもやがては歴史となり、その歴史の中にこそ、間違いなく戦いのセオリー、戦いの原理原則は埋もれている。そして時代を超えて尚、普遍的であり続ける短期決戦における戦いのセオリーを抽出するためには、ベースボールを<見る>のではなく、ベースボールを観なければならない。

誰でもTVをつければベースボールを<見る>ことはできる。投げた、打った、走った、勝った、負けた。そのスポーツショーを受動することは誰にでもできる。しかしながらベースボールを<観る>という行為は、単にそうした起きているプレイの表面上を<見る>というものではなく、その現象のもっと奥深いところにある「原理・原則」のようなものまで自ら踏み込んで、深く透視してゆくようなあり方のことを言う。

<観る>をギリシャ哲学では<観想(かんそう)>とも言い、ギリシャ語でテオーリアと言う。英語のセオリーという言葉の語源となっている。ベースボールという競技の奥深いところに宿っている<セオリー>とも言うべきものまで到達し得るような眼差しを持たなければ、ベースボールを観ていることにはならない。

戦いの原理を求めるとは、ベースボールを観るという行為を探求することでもある。そして最もベースボールを観る目が鍛え上げられるのが、一勝、一点、一球が重要な意味を持ってくるPOということになる。

ふだん見慣れている何でもない街も「君の名は」で一躍名を馳せた新海誠の目を通して観ると、何でもない電車や高層ビルや駅の改札の風景すべてが、永遠と一瞬が交錯するような鮮やかな輪郭に縁どられ全くの別世界のように捉えられていることに驚かされることがある。見ると観るにはそれだけの決定的な違いがある。

ベースボールを<見る>ことは誰にでもできるが、ベースボールを<観る>ことは誰でもできるわけではない。だからこそ、戦いの原理は主体的にこちらから働きかけ、求めてゆかなくてはならない。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。