イチロー、今季最終の打率は?についてセイバーメトリクスする

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06 /28 2016


「イチロー、今季最終の打率は? ヒントは本塁打と三振の数、セイバー系サイトが予想」

という記事がありました。結論からすると、どこから手をつけたらいいのかというくらい酷い分析記事であったわけですが、この記事の論拠は「一般的には、打率は偶然性に左右され変動幅も大きいが、BABIPは長いスパンでは多くの選手が概ね3割前後に落ち着くとされている。」になります。

一見何の問題もなさそうですが、実はこの<打者BABIP>の認識自体がそもそもの間違いの発端です。この記者のように打者のBABIPを投手の被BABIPと混同して間違った理解をして分析するライターが一定の割合でいます。打者BABIPは投手の被BABIPとはその特徴の様相が異なり、打者の能力というものがかなり鮮明に表れてくる指標なのです。これからそれについて説明を試みます。

打者BABIPの大きな特徴をざっくり記せば下記のようになります。

●ボールを強く弾き返せるコンタクト能力の高い打者のBABIPは高くなる傾向がある
●FB率が高くなるとBABIPは低くなり、GB率が高い打者はBABIPが高くなる傾向がある
●一塁到達タイムの短い打者のBABIPは高くなる傾向がある

例えばこれらすべての条件を兼ね備えていたのが全盛期のイチローであり、最初の200安打を記録していた10年で見るとBABIP357とメジャーでも最高の値を記録しています。ちなみに足もそこそこ早くGB率が高くコンタクトする能力も高かったジーターの終身BABIPは350。そのジーターも最晩年の2013年2014年のBABIPだけは300を切っています。それまではすべてのシーズンでジーターは余裕で300超えでした。ジーター、終身AVGが300を軽々と越えてくるだけのことはあります。ジーターのこの例からもわかるように打者BABIPの特徴は加齢とともに明らかに下がってゆくという傾向があります。なぜなら動体視力が衰えてコンタクト率が下がり、パワーも衰えてくるので打球は遅くなり、更には一塁到達時間も遅くなるからです。その反対で投手被BABIPは加齢によって上がっていきます。球威・変化球のキレがなくなるにつれて、打者に強く打球をコンタクトされるからです。

ポイント

●BABIPは加齢とも相関関係がある

投手の被BABIPと比べて打者のBABIPの場合は標準偏差が大きく250から350までふり幅が大きいという特徴があり、これは極めて重要なポイントです。もしセイバーメトリクスの分析記事を読んでいて「打者のBABIPは300へ落ち着くので・・・」というセンテンスが出てきたら要注意だと思ってください。セイバーメトリクスにも極めて数多くの指標が何百とあるわけですが、セイバーを理解する上で最重要指標のひとつであるBABIPの特徴さえ十分に抑えていないということは一事が万事であり、その分析力は推して知るべしということになる。

ちなみに9番に入ることが多い投手がバッターとなった時の打者BABIPが220前後です。間違ってもBABIPは300になど収束しません。投手が打者のケースではGB率が極端に高いという特徴があるわけですが、強くコンタクトする力がないためにヒットチャートでも見れてもそれは明らかなように、打球が前に飛んでもボテボテの内野ゴロが多くなります。昨年のイチローの絶不調の打球も当たってもほぼ内野の頭を越さずに、極めて弱いボテボテの打球が多かったはずです。こうなると如何に一塁到達時間が短くても、ヒットゾーンが極めて限定されるためにBABIPも257となりました。2015イチローは単に不運だけではなく、打球そのものの質もBABIPを300を大きく切るだけのものであったということになります。

どうやら内野安打というものは単にボテボテの打球を転がせばそれで成就するというものでもない。強くコンタクトし速いGB(グラウンドボール)が打てることがその前提条件であり、この前提条件なしにボテボテのゴロがデフォルト設定されており予め内野手に前に詰められていたら、そうそう内野安打も稼げるものでもないということなのです。

ミゲル・カブレラやゴールドシュミットのように右打者であっても、パワーやコンタクト率が高ければそれぞれ349と355を超えてBABIPも高止まりしていきます。ちなみに2012年トラウトBABIP383でした。トラウトは運が良すぎたのであり翌年、大きく成績は下がると2012シーズンオフに予想もありましたが、当ブログではトラウトのBABIPは高止まる可能性が極めて高いと予測しました。BABIPの高止まる条件がトラウトには揃っていたからに他なりません。

そして翌年2013トラウトBABIP376。

ちなみに

2012 BABIP 383
2013 BABIP 376
2014 BABIP 349
2015 BABIP 344

よく見るとトラウトは前半2年と後半2年ではBABIPが30ポイントほど下がってBABIPのフェーズが切り替わっているように見えます。さて、なぜなのだろうか?と考えつつ、そこですかさずHRの数値に目を移します。

2012 HR 30
2013 HR 27
2014 HR 36
2015 HR 41

後半2年で年平均10本増えていることがわかります。これはおそらく打撃のアプローチを変えている可能性があるのではないかという仮説が出てきます。そこでつぎにGB/FBを見ます。

2012 GB/FB 1.35
2013 GB/FB 1.16
2014 GB/FB 0.72
2015 GB/FB 0.97

予想通り、トラウトは2014年からアプローチを変えFB率を意識してupさせ、打球にバックスピンをかけてそれまで2塁打だった打球をスタンドへ運ぼうとする意図が見えます。FB率の高い打者はBABIPは低くなる傾向がありますので、トラウトのBABIPが30ポイント下がりHRが10本増えた数値とこれまで述べてきた仮説が論理的に符合するわけです。

トラウトを一例にBABIPを中心にして軽く分析をしてみました。このように打者BABIPについては投手の被BABIPと違って単に運不運だけを判定する数値などではない。もちろん運不運も打者のBABIPでもある程度、推定はしますが投手の被BABIPのように300より上だからとか下だからという風に単純には分析できないということです。

ついでに補足として投手の被BABIPについても述べるならば、厳密には投手の被BABIPも単に運不運だけを判定する数値ではないのですが、大局的に見てFIPという指標は有効である以上、投手の力量が被BABIPへ及ぼす影響は極めて限定的なものとなります。つまり投手の被BABIPは運不運を推し測るには十分に有意義な指標であるということです。あまり細かいところへ入り込んでしまって、大局を見失うのもまたナンセンスな話です。被打球の質も考慮したSIERAという指標もありますが、これもあまり過大に評価すると本末転倒ということになる。

WARであっても完全無欠ではない以上、大事なのはそれぞれの指標の設計ポイントを明確に掴み取りながら、指標群全体を見渡してゆくバランス感覚にあります。

重要なポイント
 
●打者BABIPは投手の被BABIPと違って単に運不運だけを判定する数値でもない
●一方、投手の被BABIPはFIPが有効である以上、運不運を推し測るには十分に有意義な指標である

ちなみに過去3年のイチローのBABIPは299と最初に挙げた記事では論拠にしていますが、第一に過去3年の延長線上で2016のイチローは帰納的に捉えようとする自体、論理的に無理があります。なぜなら過去3年と2016のイチローにはスタッツの連続性というものがほとんど見受けられないからです。少なくとも2016はここまでは2015年以前とは別人のものとなっている以上、通常のケースとは異なり過去3年のデータはあまりに参考になりません。むしろどちらかと言えば参考にすべきは全盛期の成績の方です。ふつうはその記事にもあるようにセイバー的には直近3年に大きく影響を受けるという定石があるのですが、例外のない例外はないように2016のイチローは別個で考える必要があります。

もし仮にその記事通りにBABIPが300へ2016年が収束するとすれば、インフィールド以外の打率に関連するスタッツとして「HR3本、K7個」あるいは「HR6本、K14個」の割合ではじめて2016のイチロー最終打率は300となります。当ブログが打率300を超える可能性が高いのではないかとしたのは、コンタクト能力や足の衰えがないことから全盛期のBABIP357レベルから加齢による衰えを加味しつつ仮に2016BABIPは330前後と見積もっても、「HR0本、K20個」であれば打数の多さにもよりますが最終的にAVGは300を超える可能性があるのではないかという帰納的な推測です。

もちろん前半と同じいい状態をイチローが維持できるかは神であっても予測不可能であり、セイバーメトリクスによる帰納的な予測に限界があることは言うまでもありません。ボテボテの内野ゴロや空振り三振が夏場になって、いつぐっと増えてくるやもしれません。しかしいずれにせよ大事なのは論拠として確率論をベースにしているかどうかということであり、あてずっぽうよりは数段ましだということです。

「イチロー、今季最終の打率は? ヒントは本塁打と三振の数、セイバー系サイトが予想」

この記事を読んで、すぐにそのおかしさを見抜けるレベルで初級レベルのリテラシーは持っていると考えてもいいでしょう。客観的な数値であるにも関わらずセイバーメトリクスのサイトをざーっと見渡してもそこから情報として汲み取ってこれるものは各人の力量によって格差があり、この記事に限らずトンでも分析記事がゴロゴロとあります。

各指標の特徴やその相関関係を知りつつ細かく分析する一方で、半眼で指標群全体をふわっと包むように捉える感覚を同時に持ち合わせているとおかしな記事は一読しただけですぐにわかるようになります。いずれまた機会があれば他にもあるトンでもセイバーメトリクス分析記事について、分析を行います。


ピート・ローズさん 昔はツーシームもチェンジアップもないでしょう。

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06 /18 2016
「今と昔は投手の配球も変化球も大違い。ツーシームもチェンジアップもないでしょう。」

そうオリックスナインはイチローを擁護したようです。しかし擁護するという姿勢が善意に満ちていれば、プロセスにおいて全くの出鱈目な知識を持ち出してもいいのでしょうか。

今から80年前に沢村栄治という大投手がいました。日本にプロ野球が作られる直前に全日本の投手としてルースやゲーリッグと静岡県草薙球場で対決して、0-1で惜敗した歴史は余りにも有名です。

ゲーリッグが7回裏にカーブをスタンドまで運び、試合に決着をつけたと言われています。この試合、沢村栄治が全米チームを苦しめた最高のボールこそが「シンキング・ファーストボール」いわゆるツーシームです。日本のプロ野球が誕生する前からツーシームはありました。これは紛れもないファクトです。

ちなみにチェンジアップについても起源は1800年代後半にプレーしたティム・キーフだと言われています。クリスティー・マシューソンの「消える魔球」と言われたスクリューも広義としてのチェンジアップにカテゴライズされるのではないかと個人的には考えています。4191安打のカッブの時代における最高のヒーローがクリスティー・マシューソンです、投手版ジーターのようなイメージとして捉えてもらってもいいのではないでしょうか。

誤解してほしくないのは、オリックスナインの無知を指摘して得々とすることが今回の記事の目的なのではありません。あくまで今回は一つのサンプルとして、オリックスナインの話を取り上げてみました。タフィー・ローズを持ち出して日本の野球レベルを揶揄するピート・ローズに代表されるアンチにしても、その反対の信者にしても、まず結論ありきであって、そこに至るまでの都合のいい材料だけをピックアップして、己の意見を強化するというバイアスで雁字搦めになっています。

ちなみに、これを確証バイアスと言います。後知恵バイアスと並んで数多くのコラムで散見されるものです。

賛否両論渦巻くこの問題について、当ブログならどう眺めるのが正しい見方であると考えているのか。いずれアンチでも信者でもない様々なバイアスを取り去ったところに立って、事実を積み上げながら、物事を多角的、立体的に捉える試みをしていきます。当ブログ流にそれなりに必ずオチはつけるつもりです。







沢村栄治 2シームの握り。


イチローが選んだ四球の価値について

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06 /14 2016


先回upした「イチローの調子はいつまで続くのか セイバーメトリクスする」では

BB/Kにイチローの打席に対するアプローチの変化が最も端的に表現されていると指摘しました。この数値が今でも2.0を超えるという超絶ぶりですが、選球眼に優れ、同時にコンタクトする力がある打者ほど当然、BB/Kは大きくなります。このアプローチを全盛期にも保持していれば打率も1分程度は軽く上げていたと帰納的にも予測できます。もちろん同時にBBも増えてOBPも上昇させていたはずです。

昨夜のイチロー代打で選んだ四球には非常に重要な意味を持ち、打席に入るアプローチをイチローが継続させていることがわかります。もし昔のイチローのようにボールへ食らいつくダボハゼアプローチへ切り替えることは、OBPやAVGの低下させることを意味しており、スタッツを崩す原因ともなり、最終的には出番も減ってしまう可能性が出てきます。

目先の一打席というヒットを打つ機会を損しても、OBP及びAVGをケアし将来的に10打席チャンスをもらう方を選ぶのか。それともボール球に手を出してスタッツを崩し5打席チャンスをもらう方を選ぶのかと言ったら、長期的な利益から見た時、戦略としては四球を選ぶ方が賢い選択であると言えます。

ところで小宮山の解説ですが、四球は残念、とにかくヒットを見たいのでイチローには打ってほしかったと、どこまで主観的でレベルの低い解説を展開しているんだと。(笑)

「MLB 戦いの原理を求めて」が選ぶ 解説者面白ランキングに小宮山は確実に入ってきます。ちなみに解説者駄目ランキングには確実にマッシー・村上は入ります。まるで深みのない結果論に終始するのもいい加減にしろと。(笑)解説者優秀ランキングには当然、田口壮が入ってきます。いずれ機会があれば田口壮の解説力について、話をします。


松井秀喜の真価 つなぎに徹する精神と打点を稼ぐ力の奥深さ

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06 /14 2016
古典「野球術」ジョージ・F ・ウィルの打撃編というグウィンの章において、記憶が正しければおおよそこう書かれていました。ある試合 グウィンは4打数0安打であった。しかし打点は3であった。なぜなら内野ゴロ二つと犠飛1つでいずれも3塁ランナーをホームへ帰したからだ。ここにグウィンの真骨頂がある,、そんなエピソードです。かつて無死もしくは1死3塁で打点を上げる確率の高い打者としてNYY松井秀喜がMLB史上でも有数であることが記事になったことがありました。この時、その歴代ランキングに上がっていたのが他ならぬこのグウィンでした。

グウィンはパワーヒッターではなくリードオフ役も多かったので、打点そのものは多くはありませんが、「二死満塁で最も迎えたくない打者」という異名がありました。松井もまた もしワールドシリーズ第七戦、9回同点二死満塁で誰にバターボックスに立っていて欲しいかというヤンキースファンに当てられたアンケートで第一位を獲得したことがありました。

セイバーメトリクスにおいては<打点>というスタッツは前後の打者の能力に大きく依存するために、チームによってあるいは打順のめぐり合わせによって条件が違いすぎるために重視しないという考え方が一般に流通しています。たしかに<打点力>というツールを測るスタッツとして<打点>は決してふさわしいものではない。そこまでは納得できます。

そこで固定概念に囚われず打点というスタッツとは切り離して、打点力というツールそのものについて少しだけ見方を変えて考えてみたい。例えば無死もしくは1死3塁で打点を上げる確率という条件から打点力というもの眺めたら、70%以上あったグウィンのような打者もいれば50%にも届かない打者までそこには明らかに打点力としての差異が認められる。更には一打席あたりの確率だけではなく、同じシチュエーションという条件の元、一打席あたりのたたき出した平均打点というものを出してみたらどうだろうか。

条件を揃えた上で

全体=質(打点を挙げることのできる確率)×量(一打席あたりの平均打点) 

こうすればある程度、各打者の打点力というものを把握できるのではないか。

もう少しわかりやすく具体的に話をします。打点をたたき出す70%という確率の高いグウィンもそこまで長打はないので、例えば無死もしくは1死、ランナー1・3塁で一打席あたりのたたき出した平均打点が仮に0.80だったとします。一方、全く同じ状況でアダム・ダン先生のように三振も多い打者は打点を上げる確率は50%程度かもしれないが、ホームランが多いため一打席あたりのたたき出した平均打点が0.85とグウィンを超えるかもしれません。

あるシチュエーションで打点を稼げる確率と平均どれだけのボリュームの打点を稼げるかという二つの視点があれば、打点力というツールも把握することが可能になる。

グウィンや松井秀喜のように無死もしくは1死3塁にいた場合 打点を上げる確率の高い打者の条件

●まず最低限、三振をしないコンタクトな打撃が必要。

●外野へ飛球を飛ばすパワーと技術が必要。

●更には 引っ掛けさせられるシンカー系が来た時には オプションとして緩いゴロも打てる打撃の幅が必要。

NYY時代に松井秀喜は無死2塁で打席に立つと、当たり前のようにゴロを転がして1死3塁へ進塁させ、1死3塁から事もなげに犠飛を打って打点をコツコツ稼いでいたはずです。最近MLBを見ていると、無死2塁、どうしても1点が欲しい場面で3塁へランナーを進められない、次の打者が深い外野飛球は打つも結果0点。どうしても1点が欲しい場面で、一死3塁で犠飛によって1点を取ることができず最終的にゲームを落とすというシーンを度々見かけることがあります。松井秀喜がこなしてきた地味な仕事ぶりは実はそれほど容易いことではなかったようです。

トーリ率いるNYYは大戦力であったために13年も連続して、POへ出場していました。実はこのトーリも安定して実際の勝率がピタゴラス勝率を明らかに上回る監督でもあり、単にメンバーに恵まれていただけでなく大戦力の能力を十分に引き出して戦った名将でした。そのトーリが殿堂入りのスピーチでのことです。かのクーパーズタウンの地で数多くの優れた選手たちに恵まれてきたからこその受賞であるとして謝辞を述べました。その時トーリがスピーチで選んだとっておきの話として挙げたのが松井秀喜とのエピソードでした。ここにトーリと松井秀喜の間に横たわる深い絆を感じるのです。つまり日本のマスコミを通じて伝わってきたトーリによる好意的な松井秀喜評というものは決して単なるリップ・サービスではなかったということ。晴れの舞台で、もっとも自らの心情を観衆へわかりやすく伝えようと試みるとき、誰もが自らの気持ちに最も正直になるはずです。

松井が入団した2003年のキャンプで、ベンチコーチだったドン・ジマーが「エンドランのサインを出していいか聞けば、どういう選手かが分かる」とトーリに進言。実際に聞くと松井は「いつでも出してください」と即答したという。トーリは「日本で50本塁打の打者がチーム優先の考えでいることが分かった」と言います。オールドスクールのトーリは松井がチーム優先の考えを持っていることが分かっていたからこそ、松井が不調の時にもスタメンから外さず起用し続けました。

セイバーメトリクスが主張するように打点というスタッツは打点力を表現するには決してふさわしいとは言えないが、たしかに打点力というツール自体は存在する。日本史上最も打点を稼ぐ力、打点力を有する打者は文句なしに王貞治であるが、成果として打点を最も稼いだのも王貞治であったということに過ぎない。王貞治とふつうのチームの8番打者を単純に比較して打点を稼ぐ力が同じなわけがない。打点力とOPSには深い相関関係にあることは直感的にもわかることですが、事はそう単純でもなく、OPSでは表現していない犠飛や内野ゴロであっても打点を稼ぐことはできる点にこそ打点力の奥深さがある。

そんな松井秀喜が一度目のFAになった時、トーリはこのようなことを言いました。

「世界中の金を集めてでも、ヤンキースはヒデキと契約するべきだ」

この言葉が、2009年ヤンキースを27度目のワールドシリーズ優勝へと導く金言となったことは誰もが認めるところです。

個性の強いスター軍団の中で松井秀喜はチームバッティングに徹するとともに、それでいて大舞台で無類の勝負強さを発揮し勝負を決めることもできた打者であった。


松井秀喜という選手の真価を、トーリという名将は誰よりも知り抜いていたに違いありません。


なぜパリーグのレベルの方が高いのか?小宮山や里崎の記事で満足できなかった人のために。パリーグの強さを分析する 

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06 /05 2016

交流戦の成績を見れば明らかですが、MLBではアリーグが勝ち越すようにNPBにおけるパリーグ同様にほぼ安定して毎年勝ち越しをしています。その主な要因をこれから三つ挙げます。特にポイントに挙げた3番目の部分こそがこの記事の肝でもあります。ふだんここで私がupしている軽い記事とは違い、今回の記事についてはかなり読者を選ぶところがあるのではないかと思っています。かなりの長文ですが、良かったら最後までお付き合いください。小宮山や里崎の記事に満足できなかった人のためにupしたつもりです。

たしかに解説者も言うようにDH制の有無がリーグ間格差最大の要因であることは間違いありません。しかしながらDH制を敷くパリーグホームにおいてセリーグではDHに代打の切り札程度の強打者しか用意できないからだという分析はあまりに恣意的に過ぎます。なぜならば、第一に里崎の記事とは相反しパリーグの戦いでDHに入っていた選手の多くは実際にセリーグホームではほぼスタメンに入っていません。第二に仮にセリーグホームでDHの打者が守備につくということは、アマチュアレベルと称されるデスパイネに代表されるように大きく守備力がマイナスになることを意味しており、同時に機動力も削がれることになります。この点もフェアーに指摘していない。更には一切、バッドを握ることのなかったパリーグの投手がバッターボックスに立つという不利も考え合せた時、セリーグホームではパリーグ最大のストロングポイントであるDH制のメリットをダイレクトに打ち出すことができず、パリーグは不利になることは明らかです。パリーグホームではパリーグ有利。セリーグホームではセリーグ有利。真理とは実にシンプルなものでありウィークポイントとストロングポイントは表裏一体。物事は表と裏をバランス良く眺めてこそはじめて深い洞察を得ることができます。

率直に言ってまず結論ありきの恣意的な分析を小宮山や里崎はしており、到底納得のできるものではありません。

以下それでは当ブログの考えるなぜNPBではパリーグが強いのか? 解説者の小宮山や里崎の記事で満足できなかった方をターゲットにして、MLBバージョンに加筆修正を加えて日本バージョンとして書きました。MLBバージョンを読んだことのある人は3番目にジャンプしてもらってもかまいません。


さてところでFA制度によって人材はリーグ間を自由に横断し、金があるところへ優秀な人材が集まるようになりましたが、かつては大きな開きがあったリーグ別平均年俸もソフトバンクの大盤振る舞いもあって2015には外国人も含めるとペイロールほぼ全く互角となりました。これまでのインターリーグではセリーグの平均年俸の方が相対的に高かったことを考えると、NPBにおいて財政力がリーグ間の実力格差を決定づける原因とも考えられません。

では日米問わずなぜDH制のあるリーグが強いのか?

主に3つの理由が挙げられます。

1)第一に挙げられるのはDH制にもたらされる生産性向上というポイントです。国富論を説いたアダム・スミスは、有名なピン工場を例として生産性向上のカギとなるものとは<単純化、専門化、分業化>であると言いました。ピンを作るにしても、最初から最後まで一人の職人が作るよりも、18の単純な工程にわけて18人の人が、「針金を同じ長さに切るだけ」「ピンの先を研ぐだけ」「もう一方のピンの先を潰すだけ」「潰した先に小さな穴を空けるだけ」・・・と専門特化して作業すると最終的に一人あたりのピンを作ることのできる生産性が一人ですべての工程をやるよりも1000倍も上がるというエピソードです。

第一のキーポイントはこのアダムスミスが言う<単純化、専門化、分業化>です。例えば投手の先発完投型というスタイルから 近代ではセットアッパーからクローザーという分業制が確立されより戦略的にシステマティックな体制が近代MLBでは取られました。「強さを合理的に求め、勝利を数多く生産し観衆を喜ばせる」をもってプロというならば、まさにこの投手の分業制はMLBの歴史とって必然でした。例えば監督という存在も最初は選手兼任からはじまり、やがて監督は専任されるようになり、更には監督をサポートする形でコーチも投手コーチから打撃コーチ、走塁、守備コーチという形でどんどん細分化され、専門化、分業化が促進されてきました。こうしてサポート体制もより厚みを増し進化してきたのがMLBの歴史です。

このように<単純化、専門化、分業化>はMLBの進化にあっても歴史を紐解くには欠くことのできないキーワードです。そしてNPBの進化の歩みも基本ベースボールの先進国であるMLBに追従してきた以上、全く同様のことが言えます。DH制、スモールベースボール(ドジャース戦法)、セイバーメトリクス、FA制度、分業制、変化球、ドラフト制度すべてMLBからの輸入です。

そしてDH制がもたらしたものとは、他ならぬ単純化、専門化、分業化でした。パリーグにはセリーグにはいない<守備を一切考えない打者のスペシャリスト>と<攻撃を一切考えない投手のスペシャリスト>が出現したわけです。これによってDHの打者も投手も、自分のやるべき選手としての戦略的なターゲットを単純に絞り込めることができ、専門化、分業化がパリーグにおいてより先鋭化されていった。これはパリーグのレベルをアップさせるには大きな意味を持ちました。

●ポイント1

DH制がもたらす単純化、専門化、分業化がパリーグの選手の能力・生産性を向上させた。

2)第二に競争原理というポイントです。パリーグの投手から見れば9番で息の抜けるセリーグに比べて、DH制は厳しい環境であり絶えず己の能力を鍛え上げられます。たとえ同じ能力を持っている投手であっても、より厳しい環境で置かれた者の方がやがて10年20年と経過するとより厳しいリーグに属する方が実力が上がるのは道理です。投手にとって過酷なリーグはパリーグです。

パリーグの打者からすれば、DH制によってバッターボックスに立たなくていいパリーグの投手は無駄な交代をさせられる機会も少ないために、優秀な投手がそれだけ長いイニングをマウンドに立つことができます。またパリーグの投手はバッターボックスに立たないために、死球による報復もなくより大胆に攻められるという効果もあります。すなわちパリーグの方が、投手がより大胆でありながら同時にDH制があるために細心の注意を払いながら打線と対峙するようになると共に、イニングを長く投げられる環境にある。

打者にとってからすれば、優秀な投手が降板する要素が減じるパリーグの方がそれだけ厳しい環境と言うことができますし、また、セリーグに比べて、タイトルを獲得する、あるいは 打率の10位以内にランクインするでもいいですが、パリーグの打者の方がDHがいる分、セリーグの打者よりも競争原理が強く働きます。競争原理が強く働くリーグに所属する選手の方が強くなるのは当然です。

●ポイント2

より強い競争原理が働くパリーグに属する選手の方が実力は上がってゆく。

3)そして最後になりますが、DH制導入にふみきざる得ないような厳しい経営環境が、パリーグ全体のレベルアップに最終的には貢献する原動力になったのではないかということです。そもそもなぜパリーグがMLBにおけるアリーグ同様、DH制を敷かなくてはならなくなったのか。DH制導入は野球は9人でやるものという常識を根本から覆した、MLBの1970年代においても革命的な出来事であったと言って過言ではありません。人気をナリーグに奪われていたアリーグが何か策を講じなければならないとして繰り出した苦肉の策のひとつがDH制でした。しかしながら人気の格差がリーグ間にあったにせよ、アリーグには一時的に衰退期を迎えていたヤンキースもいました。NPBほどのリーグ間格差があったわけでもありません。

MLBと比べるならば、比較にならないレベルにおいてNPBのリーグ間における人気の二極化は進んでおり、セリーグと差別化するべくパリーグも前期後期制やDH制導入といった新しいものへチャレンジはしていたわけです。ところが時代の潮流はまさに巨人全盛期であり、パリーグの対策も焼け石に水。むしろ正力松太郎による日本テレビや読売新聞といった当時最先端のマスメディアを有効活用したマーケティング戦略が高度経済成長という時流にも乗り、日本全国を包み込み見事な成果を出していたと言ってもいいでしょう。

このセリーグ人気、巨人人気に全く太刀打ちできなかったパリーグは、せめてオールスター戦では国民の注目を浴びる唯一の華やかな舞台で活躍すべく、パリーグの選手たちが虎視眈々と技術や力を磨いていったのは誰もが皆知るところです。それは単に選手の技術的な事柄に留まらず、監督の技術レベルにおいても近代野球の父と言っていい野村克也がベースボールに知の革命を起こしました。野球の近代化が大きく推し進められた舞台がパリーグであったというのも決して偶然でありません。セパの野球の質の差を裏付けるように野村克也の薫陶を受けていたエモヤンこと江本などは南海から阪神にトレードされるや、ベースボールに対するシンキングする力のレベルの差に愕然としたとも言っています。南海・野村の野球の方が一歩も二歩も先を行っていた。巨人人気に依存してきたセリーグのチーム阪神はそこまで努力する必要もなかったわけです。当時の阪神はとても幼稚な野球をしていたと江本は言っています。

そうした中、戦力の均一化を目的とした1965年のドラフト制度導入によって、少しづつ巨人絶対王者の時代は終焉を迎えるようになります。ちょうどV9がスタートした年も1965年ですが、ドラフト制度以前に巨人にストックされていた優秀な人材もドラフト制度が導入され10年経過する頃には引退へと至り、戦力均衡の成果が実を結び始めたのが1975年以降であったということになります。

戦力の均衡化が進む中で、テレビや新聞といった一方向性のマスメディアがまだ情報発信の中心でもあった「巨人大鵬卵焼き」といった高度経済成長の時代であれば、一網打尽、強者の戦略でもって、全国の人気を巨人へすべて集約することも可能でしたが、IT化により双方向性のメディアが出現しファンとチームの距離が縮まり、更には社会も少しづつ成熟しプロスポーツをはじめ文化の多様化が進んだ時代にあっては、人々の関心も多方向に分散されることになり、全国区の人気であった巨人の牙城も、ようやくパリーグの地域密着戦略によって地方からその人気へ切り崩すことが可能となりました。長い冬の時代を超えて1990年代イチローの爆発的な人気を梃にして、いよいよ2000年代に入ってから、時機を得て本格的なパリーグの反抗が始まったわけです。

弱者のパリーグが強者であるセリーグのマーケットからシェアを奪うには、戦略的にもセリーグにはないような新しいことを試みる必要があります。その際の重要なキーワードが <新奇探索性>です。時代に先んじて何か新しいことを行うという姿勢です。DH制も新しいことを導入したという意味では正しい動きでしたが、まだその時を得ていなかったに過ぎません。時機を得るということも戦略にとっては極めて大事なことです。いずれにしても一つ真理として言えるのはパリーグがセリーグと同じことをしていて勝てるわけがないということです。

日本ハムのBOSというオペレーションシステムやロッテがいち早く取り入れたGM制度など、MLBの動きを貪欲に吸収しようとしていたのはパリーグです。例えば将来性のある方向性としては映像のネット配信となるのは自明の理であり、12球団が戦略的に一致団結することによってより大きな利益が出るにもかかわらず、未だにそれを拒む保守的なセリーグがいます。そうした時代遅れのセリーグを置き去りにして、パリーグは独自に映像のネット配信もいち早く手がけました。パリーグの方が立場上弱者であったために、数段戦略的でありチャレンジ精神に溢れているのは事実です。

特に大谷の二刀流にも見られるように日本ハムというチームの有する新奇探索性には目を見張るものがあります。他にどのチームもソフトボール出身の選手をドラフトで獲得するという発想はありません。二刀流など不可能であるとして発想そのものがなかったはずです。高校野球のシロウトをヘッドコーチに抜擢するなども考えられないことです。そもそも日本ハム ロッテを除く10球団はチームのOBを監督に据えていますが、伊東監督は西武への恨みがあり他のチーム就任しかあり得ません。すなわち日本ハムは現場経験も一切なかった栗山を監督へ据えたという点では余りに特異です。実に戦略的でありながらリスクを取って常に新しいものへチャレンジする文化が日本ハムにはあります。梨田はどうなんだと言われそうですが楽天も元を質せば、ルーツは近鉄とみなすことも可能でしょう。

現状恵まれていたら、そのまま保守すればそれでOKであり、DH制をセリーグがわざわざ採用する道理もありません。巨人人気依存でOKであり、差し迫っての経営改革をする必要もない。いずれにしてもセリーグから日本ハムのようなカルチャーを持つチームが誕生するとは到底思えないのです。

●ポイント3

DH制導入にふみきざる得ないような厳しい経営環境こそが、総合的にパリーグをレベルアップさせる至った最大の原動力となった。

セリーグに追い付け追い越せで頑張ってきたパリーグにおいては選手レベルでは技術やパワーを追求させ、監督レベルでは野村克也に代表される知の革命を野球にもたらし、チームの経営レベルでは地域密着やネット配信、ボールパーク化構想などの高度な戦略性を発揮させるに至った。特にフロントの戦略性、人材の質がセリーグに比べて格段にパリーグの方が高いのはまず間違いありません。(大谷を口説き落とすための日本ハムの提案書がいい例ですが、セリーグのフロント陣ではそれを書けるだけの人材はほぼまずいないと見てもいいです。そもそも映像のネット配信を拒否している時点で先見性のなさを露呈しています。)そうしたフロントの戦略性は観客動員増を中心とした利益を目標とする経営戦略のみならず、優勝することを目標としたチーム戦略にも必ずや生かされることになります。

結論としては、小宮山や里崎が言うようなDH制という制度における運用上のリーグ間における有利不利といった些末な理由が、勝率格差を作り出しているのではありません。DH制の構造がもたらすパリーグの高い生産性、強い競争性、及びDH制そのものを採用しなければならなかった厳しい環境こそが、パリーグのリスクを恐れぬ新奇探索性・戦略性を生み出し、これらのファクターが複合的に作用し毎年パリーグが大きく勝ち越しをするに至った。

つまりDH制を導入せざる得なかった長く苦しい歴史の中で、

「パリーグの総合的な実力がセリーグを上回っているからこそ、勝率でセリーグを圧倒している。」

そう当ブログでは結論しています。結論ありきの恣意的な分析には強力なリテラシーが必要になります。

参考記事
 野村IDの源流には「カージナル・ウェイ(カージナルス流)」がある

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。