大谷の二刀流とDH制の導入是非について

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02 /29 2016
「なぜMLB機構は1990年代後半マグワイアらのPED使用を容認していたのか?」というテーマにつながってくる事柄について記事にしてみたいと思います。

2017年度からのDH制導入の是非が一時期、話題となっていましたが、マンフレッドはNLへのDH制導入に意気込んではいたものの、結果的にこの改革案はNLのオーナーからの強い抵抗に遭い当面は見送ったと伝えられました。任期3年で30チームのオーナーから75%の投票率が必要なコミッショナーという職も、自らの保身を考えて長期政権を目論む人物にとっては必ずしも強力なリーダーシップを発揮するといった独断専行とはなりません。無茶な強権を振るえば次の選挙でコミッショナーの職も、ふり落とされることとなる。実はMLBのコミッショナーとはMLB全体の利益に対して公平な存在であるようでいてもちろんそういう一面もある一方、オーナーの利益を代弁する者として一役割が明らかにある。これはオーナーの投票で決まる以上、当然のことであるとも言えます。FA制度を巡る争いでは選手会長マービン・ミラーと対決したボウイ・キューンなどはコミッショナーとしてオーナーの利益の代弁者の如く振る舞いました。

このDH制を1973年に導入したきっかけは、キューンともしばしば対立したと言われるオークランドの名物オーナーでもあり、ベースボールの改革者としても知られるチャーリー・O・フィンリーです。フィンリーの異端児ぶりは同時代に活躍したビル・ベックとは別種であるものの、突拍子もない数々のアイデアを次から次へと繰り出し、新たなる時代を切り開いたオーナーでもありました。その異名は時代を超えて今なお、轟いており、例えばそれまでユニフォームと言えば白と黒とその中間色が当たり前の時代に、アスレチックスカラーであるグリーンとイエローを持ち込んだのはフィンリーであったように、ボールと言えば白という固定概念にも囚われずオレンジのカラーボール導入というアイデアを持ち込んだのもフィンリーでした。そうしたフィンリーによる数々の革新的なアイデアの中にはカラーボールのように消滅してしまったものもある一方、現代においても、尚、残ってきたものがDH制であり、口ひげであり、カラーユニフォームであり、ワールドシリーズでのナイトゲームでありました。

今回マンフレッドがぶち上げたDH制最大の理由は、NLにおける投手の安全を最大限ケアする点にあったわけですが、DH制の最初に提案した者は1929年にナショナルリーグ会長のジョン・ヘイドラーは、人気がルースによってアメリカンリーグに集中していたために、人気回復の一打としての解決策でDH制導入を提案しました。DH制を最初に導入しようとしたリーグは実はアメリカンリーグではなくナショナルリーグであったということです。こうしてみると、NLとALの覇権は時代によっても大きく変動することがわかります。NL人気の時代が数十年続くとAL人気の時代がやってきて、ちょうど現在はNL人気の時代へ移行していることが観客動員の動きからも見えてきます。

歴史を見る限り覇権は数十年単位でリーグ間を往還しています。

ちなみに過去1929年(ナショナルリーグDH制不採用)と1973年(アメリカンリーグDH制採用)においてそれぞれDH制が提案された共通する理由とは、今回とは違い、端的に言って<人気回復>にありました。よく打撃戦が面白いか、投手戦が面白いかと問われることがあります。個人によって意見の分かれるところですが、実際に現場へ足を運べばわかるように球場で最高に盛り上がりを見せるのはデシベルなどの数値で歓声の大きさを客観的に調べても明らかなように、大きなアーチがボールパークの空に描かれる時、球場は大歓声に包まれることになります。

たとえば9回2点差での攻防でも旧ナゴヤ球場(おおよそ両翼90mフェンスの高さ2.5m)とナゴヤドーム(おおよそ両翼100mフェンスの高さ5.0m)では観客はどちらの方が単純にハラハラドキドキするのか?投手戦にも打撃戦にも良いところはありますが、大事なのはトータルな総合判断なのでありつまるところベースボールという興行はサービスとして、ファンに勝負におけるスリルを提供している以上、一発によって試合がいつひっくり返されるかもしれないというスリル感のある試合の方がサービスの質としても一般に高くなります。統一球の時代の試合って端的に言って面白かったのかどうかということです。

ルーズヴェルト・ゲーム。プロ野球では自分が球場で観戦してきた限り「8対7が贔屓のチームが勝つ試合が最も面白い」。

スリルのないお化け屋敷などわざわざお金払って見に行こうとする奇特な人はあまりいないように、ベースボールをプロの見世物として考えれば、打撃戦か投手戦かどちらに比重を置くかと問われ、興行のリーダーがいずれかを選択するとしたら、過ぎたるは及ばざるが如しであるもののおおよそ結論はある程度出ていると言わざる得ない部分があります。実際個人的な好みの問題を超えて、過去の歴史を見ても実際そのとおりになっています。ホームランはベースボールの華であり、観る者を魅了してやまないものがあり、いつの時代もベースボールの危機を救ってきたのは豪快なアーチであったのは紛れもないファクトなのです。

ブラックソックス事件というメジャー史上最大の八百長事件が1919年のワールドシリーズで起きた時も、1920年に打者転向したこの絶体絶命の危機を救ったのは、豪快な本塁打の連発したルースであったように、1994年のストライキによって史上唯一、ワールドシリーズ中止という事態に陥りファンの心が野球から大きく離れた時も、(大統領までMLB労使関係の仲裁に乗り出すという状況下、日本人は野茂に熱中していたために、ほんとうの意味での危機感を感じることは困難だったでしょうが)その危機を救ったのも野茂のトルネードやリプケンの連続試合出場などもありましたが、やはり観客動員を大きく回復させた最大の原動力は文句なしにマグワイヤとソーサの本塁打競争でした。だからこそ、MLB機構も人気回復の立役者であったマグワイヤ等のステロイドについても寛容に見守っていたわけです。MLB機構は自らの利益のためにマグワイアらのPED使用をメディアを先導役として容認しつつも、時代の風向きが変わったところでその罪をほぼ全面的に選手たちに押し付けてきたわけです。

いずれにしても窮地に陥り人気回復のために機構が何かを仕掛けをする時、MLBも興行である以上歴史は打者有利の方向へ基本動くことになります。また日本でもパリーグがセリーグを交流戦でも圧倒しているように、アリーグがナリーグに対して毎年インターリーグでも圧倒しています。このリーグ間格差の問題もいつまでも放っておいていいものでもありません。それは下記に示したつもりです。

なぜ日米問わずDH制のあるリーグが強いのか?

パリーグだけではない!MLBの2015インターリーグ事情

マンフレッドのリーダーシップには、ピート・ローズの復権問題といい今回実施されることに決まったセカンドのスラィディングルール改定といい、決断までが鈍くすんなりとは事は運ばないわけですが、結論としては、投手の健康面やリーグ間実力格差などの面からNLもDH制導入に将来的には踏み切ることになると個人的には考えています。しかしできれば大谷がバッターボックスに立つ日まではDH制導入は延期してほしい。

それにしても最後に余談となりますが、改めて100%NPBはないと大谷が断言しすべてのチームが簡単に諦めた中において、日本ハムが果敢に大谷獲得へチャレンジした勇気は、文字通り日本のプロ野球の歴史を変えたと言って過言はありません。例えば大多数のプロ野球関係者は野村や張本も含めて二刀流自体をそもそも全く認め得ていなかったし、もしも既成概念に囚われた頭の硬直した古い人材が日本ハムの監督であったなら・・・大谷は間違いなくアメリカへ渡っていました。星野の単なる情熱的な押しだけで大谷を口説けるというものでもありません。間違いなく日本ハムと栗山監督のコンビでなければまず大谷を口説き落とすことはできなかったはずです。提案書の内容でも明らかになった日本ハムの明晰な頭脳による戦略的アプローチ(あのレベルの提案書を他のチームではまず書けない。)と栗山監督のベースボールへの迸る本物の情熱と二刀流という奇抜なアイデアの二面作戦による日本ハムの完全勝利であったと言っていい。

まさしく大谷の日本球界入りは日本ハム及び栗山監督の歴史的快挙、超大ファインプレーであった。日本人プレイヤーとして前人未踏の162kmと13勝11発という、文句なしの偉業を成した大谷というスーパースターがいないNPBの風景は実に寂しいものになっていたはずですから。

二刀流、上等です。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。