抜本的な改革を迫られるSEA GMの遅すぎた解任 

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08 /30 2015
GMの実力というものを測るには、やはり一定の期間が必要であるとつくづく感じます。わずか1年や2年ではほんとうのGMの実力はわからない。BOSのチェリントンGMなども出だしは最高潮であり、素晴らしい才覚を見せたかと思えば、数年も経たないうちにボロが出ました。ポーセロにあれだけの契約をオファーするGMは他にはまずいないでしょう。運もなかったと言えるかもしれません。ほんとうにBOSが必要な戦力がハンリーやサンドバルであったとはチェリントン自身も考えていなかった可能性があります。しかし周囲の状況はフラッグを奪取することを要求し性急な補強に迫られた結果、彼らを獲得し最下位となったBOS、運もなかったしGMのミスもあった。TEXのダニエルズGMにしても、巧みなトレードによって出だしは素晴らしい成果を立て続けに出していたかと思うや、ライアン社長を追放してからというものそこを境に慢心からなのかボロが次々と出てきました。GMの能力を過大にも過小にも見積もらないためには選手の能力同様に一定のサンプルが必要です。その点、ズレンジックの能力を推し量るには十分な時間があったと考えていいです。


バベジ時代のSEAはかなり悲惨な状況ではありましたが、バベジSEA以上に大きく負け越しPOから長い間遠ざかっていたのが、PITであり、BALであり、KCであり、WSHでした。100敗前後の最下位常連でもあり10数年から20年以上にもわたってPOに出ることはできなかったわけです。しかし気がつくと、下克上を可能にするMLBのシステムを利用してPOにそれぞれのチームは出て躍進をしていきました。そしてついにあの弱小の代名詞であったHOUまでがPOに今年進出濃厚となってきました。あれだけ低迷していたCHCもNYMもおそらく2015POに進出するはずです。十数年前では最下位がすっかり定位置と化したTBやTEXなども、昔の面影はなく、近年では少なくとも弱小扱いはされていません。


こうしてMLB全体の動きを十数年にわたって俯瞰すると、MLB機構の戦略としては、ペナントを盛り上げるために弱者をいつまでに底辺に固定させることを由とせず、下にあるものを常に上へ上へと押し上げてゆくようなシステム、順位が絶えず変動するように、完全ウェーバーやドラフトと連動したFA制度、分配金制度などによってチームが還流してゆくようなシステムを構築し、それが見事に機能していることがわかります。ワールドシリーズ優勝のBOSが翌年 リーグ最下位になるなんてことが実際に起きるわけです。


プロスポーツのショービジネスとしての基本とはそのドラマ性を如何に演出するかという点に集約されます。例えばアメリカンリーグが誕生する1900年以前にも数多くのプロリーグが潰れましたが、その潰れた最大の要因はペナントが始まる前から優勝するチームをファンはわかっていたからだと言われています。野球が筋書き通りに展開されたわけです。しかし本来、野球とは筋書きのないドラマでなければなりません。現代MLBにはチームの上下が還流する巧みなシステムがある以上、その流れに逆らわないように正しいチームの方向性を示し、ブレーキをかけなければふつうの能力を持っているGMならPOに実際に出れるようになっています。そんな中で最後に取り残されようとしているのがSEAです。TORもおそらくついにPO進出することになります。


どんなGMであってもトレードやFA、ドラフトでも成功もあれば失敗もありますが、当然、実力のあるGMはトータルで失敗よりも成功が多くなります。岩隈やクルーズ、シーガーは成功ではないかと恣意的に成功した案件だけにフォーカスしてもあまり意味はありません。全体を客観的に俯瞰するべきです。細かい過去についてくどくど書くつもりもありません。結果も既に出たように、成功よりも失敗の方が他のGMに比べて多かったからこそ、SEAは勝率のビリを争っていたPIT、BAL、KC、WSHに置き去りにされたわけです。ズレンジックは客観的にどう見ても人材獲得において成功よりも失敗が多かったGMであると結論せざる得ません。


私自身がこのズレンジックに最初に大きな疑問を感じたのは、怠慢プレイ、フィギンズのワカマツ監督暴力事件です。こうしたトラブルがあった時ポリシーのある組織は、チームが自らフィギンズへ試合出場停止くらいするものです。実際、怠慢プレイをしたTB時代のアップトンに断固としたフリードマンGMは処置をしました。しかしこの時、ズレンジックは監督であるワカマツの首を切るという最悪の判断を下しました。怠慢プレイをし監督に暴力を奮ったフィギンズには一切のお咎めなし。これはGMの判断としては完全に間違いでした。組織としての規律よりもフィギンズのご機嫌を取るという判断をしたわけです。


戦略的にも右往左往するといったものであり、そこには一貫したポリシーは感じられませんでした。就任当初は攻撃をほぼ等閑にして超守備型にするために、リーグ最高の守備力DRSと引き換えに攻撃力はリーグ最下位となり、そこからメジャー最低の攻撃力を補正するために外野フェンスを前に出して、攻撃陣をある程度揃えてリーグ平均になったはいいが一転してDRSがリーグ最下位になるといった具合であり、場当たり感は否めませんでした。ズレンジックの大きな特徴は、守備力なり攻撃力なり戦略的な課題をひとつに絞り込むと1点に向かって注力し邁進するが、肝心の最も大事であるチームの総合力は一進一退であり、勝率自体はなかなか改善されないという特徴がありました。どこまでいってもベースボールは得失点差を争う競技であり、最終的にはチームの総合力に帰着します。


結論としては、あれだけの時間と資金が与えられて、同じような境遇にあった他のチームが次々とPOに出る中、それに到達できなかったズレンジックはGMとして平均以下の能力しかなかったと見るのが妥当です。


今後のSEA戦略的な課題はファームの抜本的な改革に尽きます。SEAのドラフトも決して上手かったとは言えません。まずはSEAの選手を選ぶスカウティング能力そのものを再点検するとともに、ある程度の資本を投下し<優秀なスカウト>をスカウトするところから始めるべきかもしれません。更にはコーチィングの質や育成システムにも大胆な改革が求められるはずです。カージナルウェイのようなメジャーから最下層のマイナー組織に至るまで、強力なシンキングベースボールを浸透させて個々の選手を組織化し、如何に勝てるチームを作るのかという一点へ、あらゆる経営資源のベクトルを一致させる必要があります。


極めて単純な原点へ回帰するべきであり、優秀な新人をスカウトしメジャーへ数多く輩出させることができれば、MLBでは基本POに出られるような仕組みになっています。ケーブルTVとも大型契約を結びました。財力も十分にSEAにはあります。


SEAの未来は優秀なGMの選定に大きく左右されることだけは間違いありません。


MLB全体のBABIPついに300に達す ~守備シフトを過大評価してはならない

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08 /27 2015


「守備シフトの有効性を過大評価してはならない」という記事で書いたように、BABIP観測の途中報告です。2ヶ月前その時はBABIPは296でした。一ヶ月前のBABIPは298でした。そして「夏場になれば投手がへばって打者の季節に入り、BABIPは一般に上昇する傾向性があります。もちろん絶対の法則ではないので、もう少しBABIPの推移を眺めてゆくことにします。 」と書きましたが、現在の打者BABIPですが過去5年で最高の値、とうとう300に到達しました。尚、2015BABIPはおそらくは298~299に落ち着くと予測はしています。守備シフトは極めて有効であるが、BABIPはここ5年で最高の値を示すなんてことがほんとうにあるのだろうか?

個人的には「守備シフトの有効性を過大評価してはならない」という記事に書いた通りに物事は推移しているとは考えています。私は守備シフトを過大にも過少にも評価はしないという立場です。はっきり言うと、守備シフト元年におけるupされた数々のコラムは一般に煽りすぎであり、守備シフトの過大評価であると結論しています。

ところで先日は解説者の喝の記事をフックとして ほんとうに読んで欲しかったべックの記事 「メジャー通必須の知識 MLB史に聳え立つ巨人ビル・ベックを知っているか」に対して、少なくとも50人には何かが伝わったことが確認できました。リクエストをしたとは言え、記事へ支持くださった方へ心から感謝します。先回はビル・べックに歴史の光をあてましたが、


もしビル・べック以外にMLB史上において尊敬する人物は?


と私が問われたら、FA制度の人身御供となった英雄カート・フラッドを挙げます。映画フィールド・オブ・ドリームスの主人公であったジョー・ジャクソンも、フラッド後に生まれていたなら、八百長に手を染めることもおそらくなかったはずです。もちろんFA制度を導入した一番の立役者はマービン・ミラーですが、カート・フラッドも殿堂入りすべき人物であるという揺るぎない確信が私にはあります。特に客観的に観るとマービン・ミラーをなぜ未だに殿堂入りさせないのか?「why american peple」状態です。マービン・ミラーについては入れないことによって、Hall of Fame の価値が確実に下がるという人物の一人です。


蛭間さんの記事にもありましたが、べースボールの歴史において重要な人物を選ぶbest100で、1位はブラックソックス事件の危機からベースボールを救った救世主であり、べースボールの国民的娯楽としての地位を揺ぎ無いものにしたベーブ・ルースであり、2位はカラーラインを突破したジャッキー・ロビンソン、3位はベースボールのルールを確立した立法者・アレキサンダー・カートライトだったようですが、4位がFA制度を導入する立役者・マービン・ミラーであったようです。


なぜマービン・ミラーが殿堂入りできないのか?


それは殿堂入りを決定するベテランズ委員会のメンバーにおいて、オーナーサイドの人物が一定の投票権を持っており、FA制度を導入させた憎っくき悪魔・マービン・ミラーを断固として拒否し、その歴史的価値を正統に評価しないからです。ベテランズ委員会が如何に恣意的に人物を選考しているのか、マービン・ミラーの件でよくわかります。

今日もつまらない記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。その内時間があれば、少しはまともな記事を書きたいと思います。


解説者の小宮山 下柳に喝!

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08 /21 2015
先日こんな小宮山の解説がありました。


BOSセンター ベッツが塀際でホームランボールをキャッチして 低いフェンスを越えて、体ごと外野フェンスの向こうにある投球練習場に突っ込んだシーンを見て、体がフェンスを越えたらホームランと出鱈目な解説を小宮山は加えていました。正しくはベッツがフェンスの向こうでボールを地面に落としたからホームランなのですが、捕球していれば体ごとフェンスを越えてもアウトです。


これは下柳も同じく間違った解説を繰り広げていました。解説者の小宮山、下柳に喝!

と、今日の投稿は非常に下らない記事です。ここまで三ヶ月くらい書いてきましたが、人気はない当ブログでも当然アクセス数に差は出てくるわけですが、記事の質とアクセス数にはそう大きな相関関係はないような気もしています。そうした中、アクセスは少ないが、クオリティについては自薦できるレベルの記事も中にはあります。それが下記の3つの記事です。


特に、ビル・ベックについてメジャー通なら絶対に知っておくべき人物です。というのもビル・ベックが現代に与えている影響力は計り知れません。私はこのブログを立ち上げた直接的な理由はビル・べックの偉大さを周知させるためと言っても過言ではありません。もし読んで何かを感じたら、この記事だけには「この記事を支持する」ボタンを是非リクエストさせてください。なんせこの記事を書くためにブログを立ち上げたわけですから、伝わっているのかどうか知る手がかりは支持ボタンだけです。もうひとつの目的は一部のセイバーメトリシャンたちが、スモールベースボールの歴史やその真髄をほんとうの意味で知らずに否定している件について、ガツンと一言言うためでもあります。これは一口では語りきれないので、何回かに分けていずれ記事をupする予定です。


「メジャー通必須の知識 MLB史に聳え立つ巨人ビル・ベックを知っているか」

「アストロズの強さの秘密 その戦略をセイバーメトリクス分析する 防御編」

「アストロズの強さの秘密 その戦略をセイバーメトリクス分析する 攻撃編」


なぜメジャーの球場は左右非対称であるのか?

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08 /20 2015

ベースボールの歴史を紐解かなければこの問題に答えることはできません。一言で言うと、プロのべースボールが郊外型ではなく都市型のスポーツとして発展を遂げてきたこととそれは密接に関係があります。


まず最初にどうしても必要な伏線なため T型フォードの話をします。なぜならば、このT型フォード出現による大衆車社会に突入したことがボールパークの形状とも実は深いかかわりがあるからです。T型フォードの出現は1908年であり1920年代になって数千万台の普及をするに至り、一人一台の時代に突入したのは1960年代に入ってからです。すなわち1900年代初頭というのは鉄道社会であり、1900年代初頭のアメリカでは飛行機も自動車も社会に普及はしていませんでした。


ベースボールの創成期、アメリカは車社会ではなく鉄道社会でありはステーションを中心に都市が形成されてゆくわけですが、駅が設置される場所は多くの人が集まる都会が選ばれることになり、ベースボールのボールパークも当然 都会の一角に作られることになります。具体的には街のワンブロックそのものを購入しそこにボールパークを建設することになります。


例えば1900年台初頭に作られたフェンウエイなどはまさに街のワンブロックをボールパーク化したものです。ワンブロックということは敷地が長方形となり、球場も無理やりブロックの中へ押し込むために左右非対称の歪な形状にならざく得なくなり、スペースの関係上観客席とフィールドの距離が極めて近いボールパークが出来上がりました。


しかし1960年代になって車が一人一台の時代に入ると

●高速道路網の整備
●中東から安いガソリンの安定供給
●鉄道会社の消滅

によって、アメリカは車社会を加速化させていきます。この鉄道社会から車社会への移行はボールパークへの変化も要求することになります。具体的には幹線道路沿いの広大な土地にたっぷりとしたスペースの中、合理的なボールパークが建設ラッシュされるようになるのです。トレンドは都市型から郊外型へ。具体的には郊外の大きな敷地において円形のシンメトリーの全天候型人工芝の多目的に使用できる球場が数多く作られるようになりました。


円形のシンメトリーな球場。ひらたく言えば、日本で言う東京ドーム、大阪ドーム、福岡ドーム、北海道ドーム、名古屋ドームが今から半世紀前、アメリカでは最先端トレンドのボールパークであったということですね。日本にある数多くのドームを見てもわかるように、どの球場も大きな特徴は特にありません。金太郎飴のように、どこで切ってもほぼドーム球場は左右対称でありほぼ同じ姿をしています。


ところでクッキーを作る時の型を<クッキーカッター>と言います。クッキーカッターさえあれば均一のクッキーが量産できます。日本語ではどこを切り取っても同じ様を<金太郎飴>と表現しますが、アメリカでは特長のない球場群を通称で<クッキーカッター>と表現しました。できた当初は<クッキーカッター>の物珍しさも手伝って近代化を歓迎する向きもあり、ドーム球場にファンは熱狂しました。しかし、時間が経つにつれて観客席とフィールドの距離も遠くなりどこを見渡しても左右対称となったために、ファンの心はボールパークから離れてゆくようになりました。青い空とグリーンの天然芝の狭間に白球が舞うといった野球の原風景をベースボールファンは懐古するようになったのです。

このファン離れの危機を脱すべく登場したのが、新古典主義として敢えて左右非対称のオールドファッションに身を包みながら 街の風景と一体化し最新の設備を備えたオリオールパークでした。オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズが球場の歴史的なトレンドに大きな変化を与えました。カムデン・ヤーズの出現によってボールパークのトレンドは再び歪な左右非対称を人工的に作り上げファンのニーズに合わせるべく流れてゆくことになります。

以上、ボールパークの歴史にとって1960年頃が大きなひとつの境目になっていることがわかります。かつてニューヨークにあったブルックリンドジャースがロスへ移動したのは1958年です。(車社会への突入と同時に1960年頃から飛行機の時代に入ったことによって、はじめて本拠地を西海岸へ移転することが可能となりました。選手が全米を移動するには飛行機が必要です)ドジャースの語源を知っている人も多いと思いますが、ドジャースとはもともと<避ける人>という意味です。何を避けるのかというと、当時ブルックリンの街を往来していた路面電車を避けていたということです。その路面電車も1960年頃を境にして街から姿を消す時期を同じくして、ドジャースもブルックリン地区から姿を消してゆくことになります。車社会へ完全に突入すると共に、路面電車を避けていたドジャースたちもいつしかブルックリンの街から姿を消していった。そして半世紀前に西海岸に出来たのが左右対称の郊外型の球場、現在のLADのドジャースタジアムです。

ちなみに、ドジャースのブルーは西海岸の青い空に由来するものではありません。路面電車を避けながらブルックリンドジャースの本拠地であったエベッツフィールドへ通っていたブルーカラー(肉体労働者)のドジャースたちに由来しています。
現在、メッツのシティフィールドは、ブルックリンの本拠地であったエベッツフィールドを模写していると言われますが、メッツのチームカラーは1958年にサンフランシスコへニューヨークからドジャースと一緒に移動したジャイアンツのオレンジとブルックリンのブルーを起源としていることは余りにも有名です。


なぜ四割打者は絶滅種と化したのか?

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08 /18 2015

グールドの「フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説」を読むと統計学の観点より テッドウィリアムズ以降 4割打者が絶滅種と化したのかが画かれています。以下私なりの言葉で要約し、最後にそれなりのオチを用意したつもりです。
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あらゆるスポーツは創世期からはじまって 成長期を迎えやがて成熟期を迎えるようになります。100mの陸上にしろマラソンにしろ野球にしろすべてそうです。成長期に入ると 記録というものはどんどん伸びてゆく時期を経過し やがて成熟期を迎え、その記録の伸び レベルの向上は非常に鈍化していきます。マラソンの記録などそうなっています。マラソンで言うと1920年頃ならば2時間50分が世界記録であり まだまだ いくらでも記録向上の余地はあり5分程度の記録更新は簡単でしたが、現代のように2時間5分に到達すると人間の物理条件が限界を作り出し これから先この5分を縮めるのは 90年前の比ではありません。成熟期の入ると記録の伸びる余地が極めて限定されてきます。打率もその応用で説明できるということです。


野球文化を歴史的に眺めても クイックや投手分業制 エンドラン 100球制限など あらゆるものが システマティックに磨き上げられているはずです。野球文化もブラッシュアップされていっています。技術も洗練され 練習方法から肉体や食事の管理 トレーニング方法かなどあらゆるものが総合的に進化していきます。セイバーメトリクスひとつ取っても日進月歩でしょう。選手の体の大きさも昔よりも統計的に大きくなっています。グローブの開発等によって 内野の守備率なども大幅に向上をしています。投手はスライダー チェンジアップ ツーシーム カットなど実に多彩になっていますよね。速球も体格に合わせて速くなっています。少なくとも投手のレベルは確実に上がっています。


では 打撃はどうかというと 平均打率が260のまま ほとんどここ100年を眺めても変化はありません。それはさまざまなルールの変更によって修正はされてきた結果でもあるのですが、グールドは野球界全体における打者のレベルがどう変化しているのか を判定するに <最低の打率と最高の打率>の差の傾向を眺めてみようと言います。


<最低の打率と最高の打率>の差の割合を標準偏差で統計学では表しますが、同じ打率260でも平均レベルどんどん上がってゆくならば そのカテゴリーの平均的なプレイヤーは 人間の限界に向かってどんどん近づいているということであり 自然限界の壁が迫っているために 傑出した選手が出にくくなるのだとグールドという生物学者は言っています。


実際 グールドの主張を裏付けるように打率の標準偏差も 経年でどんどん小さくなる傾向にあります。


打率400を超えても首位打者を獲得できないMLBの創世期 シスラーやタイカップ ルースなどが活躍していた時代でもいいですが 選手の打率は100台~400台まで分散しているという有様でした。現在は200~350程度になっているはずです。創成期では傑出しやすく 成熟期では傑出しにくくなるのは統計学的見地から見て当然であるとグールドは言います。


なぜ4割打者が絶滅種と化したのか ?



それはメジャーの平均レベルが上がることにより 人間の肉体的、技術的限界へもどんどん近づいているために 成熟期に入ると 必ず人間の能力の限界が大きな壁となり 同じ平均打率260であるならば 現代になればなるほど 傑出する余地がなくなり結果、400を超えるような打者が極めて出にくい状況になると考えられるのです。すなわち、野球が進化してきからこそ、その証拠として四割打者が絶滅したのだとグールドは主張します。


現代MLBよりもルースの頃の方が遥かに傑出しやすい環境にあったということは統計学的には確かなことです。「だからこそそれを裏付けるべく創世期では4割打者がゴロゴロ存在したし トリプルクラウンも数多く出現した。」ルースの野球界に与えたインパクトをどう評価するかはともかく、スポーツは時代が進むにつれて進化していくものであり、傑出度ではルースは抜群の数値を誇りますが、一般にスポーツは創成期のほうが傑出度が高くなるのは当然であり、傑出度でもってこれまた単純に評価するのも大きな問題があるということです。


よくMLBの選手を時代を超えて比較する際に、傑出度で比較するのがいかにも科学的でありフェアーであるとする本を読んだことはありませんか?しかし私から言わせたら、ルースやカッブの時代の方が当然、傑出しやすいわけであり、事は彼らが考えている程そう単純ではありません。傑出度というものさしだけでは物足りない。更にもう一段深みへと降りてゆく必要性があります。

いずれにしても 傑出度を肯定的に捉えたり 傑出度を否定して眺めたり、永遠に答えのない問いに対して近づいてゆくには 肯定と否定の狭間をスィングする認識の一段深いあり方が欠かせません。グールドの「フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説」もこれを機に是非一読されたらどうでしょうか。

次回「なぜ メジャーの球場は左右非対称なのか?」についてUPします。これからたまに、なぜなぜシリーズをupしていきます。


八百長疑惑 タイ・カッブの魂の名誉を毀損してはならない

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08 /17 2015
ピート・ローズもそうですが、タイ・カッブも八百長に加担した歴史的事実はありません。しかしタイ・カッブとトリス・スピーカーが選手兼任監督だった時代に、八百長を仕組んだのではないかという単なる疑惑騒動事件について訳知り顔で「カッブは八百長をしていた」というデマを流していた雑誌を目にするに至って、止むに止まれずこの記事をupすることにしました。

本には内容をチェックする編集者がいるにもかかわらずそうした歴史的知識もなかったためにそのライターの出鱈目な記事が印字されたわけですが、おそらくそのライターは他人のブログに書かれてあったカッブの八百長記事をそのまま受け売りした可能性が極めて高い。しかし私がカッブの自伝を虚心坦懐に読んでみるとカッブは八百長に対して「白」であることがだんだん明らかになっていきました。そしてカッブが白であることを確信させたのがコニー・マックの自伝でした。同時代を生きたコニー・マックもまたカッブの八百長に対する無実をはっきりと肯定していました。詳しくはカッブのwikiに書かれていることが正解です。結論として知ったかぶりのブロガーやライターの書いてあることが間違いであり、史実としてはwikiに書かれているようにカッブは白だったのです。人間なので過ちはあります。しかし完全に八百長に関しては白なカッブを、八百長をしていたというでっち上げを公然と流布することはカッブの魂に対する名誉毀損以外の何物でもありません。


死人に口なしと言いますが、こうした名誉毀損だけはどうしても許しがたい。間違った知識を広める者に猛省を求めたい。



岩隈のノーヒットノーランをセイバーメトリクス分析する

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08 /17 2015
「日米問わず、なぜ、DH制のあるリーグが強いのか?そのほんとうの理由を探る」に書いたように、ナリーグより過酷なアリーグにおいてノーノーを達成した岩隈の偉業については絶賛の嵐です。


なんと言っても岩隈はスマートなピッチャーです。セイバーメトリクスにおいて重要視されているKとBBの比率はメジャーでも2014においても8.00に迫ろうという屈指の存在。メジャーにおいて岩隈がピークとも思われるちょうど二年前、8回0封12k0BBなんてという試合を度々目にした記憶があります。だからこそのサイヤングポイントにおいてもリーグ3位というリーグを代表するような投手としての評価を2013年にはされました。


しかし今回岩隈の数字を見ると7k3BBという数字であり、それはメジャー平均さえも下回るものであり、(K7.65 BB2.84でメジャー平均)数字をぱっと見てさほど投球内容としては良くなかったのではないかと第一印象を持った。そこで打者のタイミングを外して打たせて取ることもできるだけタイプだけに実際の映像を次に見てピッチング内容の確認。解説の大島が奇声を発しながら「危ない」なんていう言葉も発していたように、三振を取ったボールはともかく、どう見てもかなり甘いボールも数多く散見され、打ち損じがかなり多かったのは確かです。外野へも高いフライをそこそこ打たれていた。


そこであの試合の岩隈の投球をセイバーメトリクスサイトで調べるとFIP2.55、xFIP3.65という予想通りの数字が並んでいました。つまり岩隈のノーヒットノーランは一定の運がなければ成し遂げることのできなかったということがセイバーメトリクス的に把握できます。


この意味するところをより鮮明にするために、一年前の対コロラドでカーショウがノーヒットノーランを達成した際の記録を調べました。FIPがマイナスを記録することはそうはありません。

16K0BB FIP-0.21 xFIP0.201。

岩隈と比較するならば圧倒的な投球内容であり、E-Fが-を記録しているように運にはほぼ依存しないノーヒットノーランであったことがわかります。すなわちノーヒットノーランにも運に大きく依存する岩隈タイプとまさしくドミナントなカーショウタイプがある。E-Fの乖離からしても少なくとも昨日の岩隈のピッチングにドミナントという表現はふさわしくはない。あわや二試合連続のノーヒットノーランをしそうになったMIL戦のシャーザーのようなピッチング。16K1BB FIP-0.12 XFIP0.67、これくらいの数字になるとまさしくドミナントと言っていいでしょう。 外野にもほとんど打球を飛ばせない状況。

あれだけ傑出した能力を発揮したマウンドを支配する投手ペドロ・マルティネスですら、一回もノーヒットノーランを成し得なかったことを考えると、やはりノーヒットノーランは投手の力だけで達成できるものでもないと考えるのが妥当です。サポートもそうですが運もある程度、必要。 正確を期すなら、カーショウのように圧倒的な力とわずかな運でノーヒットノーランを達成する者と岩隈のように一定の実力とそれなりの大きな運に恵まれることによってノーヒットノーランを達成する者がいるということになる。

今回の岩隈のノーヒットノーランを通じて、運と実力がベースボールにどうかかわっているのかという点について 改めて考えさせられました。ヘンリー・チャドウィックが今から150年前のナリーグ創世記に統計処理をはじめ、最初にERAや打率というスタッツを発明して以降、さまざまな指標が開発されてきましたが、それらの旧指標群と一線を画して

  <近年におけるセイバーメトリクスが見出した最大の知見とは、何か? >


そのひとつはベースボールには運というものが無視しがたい大きさでゲームを左右していることを統計的に明らかにしたことです。すなわちセイバー史上最大の発見のひとつは、間違いなくボラス・マクラッケンのBABIPの発見です。そう単純な指標でもないだけに、機会があればこのBABIPについても一度突っ込んで話をしてみます。なかなかに奥が深い指標です。

ここまで記事を書き終えてこれからupしようとする矢先に、他の記事を読むと岩隈のインタビューでノーノー極意とは?と聞かれて「それは、運ですね」と回答し、セイバーメトリクス分析記事でも「運」こそがキーを握るとあった。主観と客観が一致している。しかしそれは真理の一部を示しているに過ぎず、岩隈他一般的な日本投手で見られるノーノーを分析する限りであって、カーショウタイプの運ではなく力でねじ伏せるタイプのノーノーがあることもここに明記しておきたい。



イチロー  後世に残す三つのレガシーとは何か?

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08 /16 2015
ピート・ローズがカッブの4191安打を追い抜いた1985年9月11日、ピート・ローズがラインドライブのシングルヒットをレフト前に放った瞬間、場所がホームのシンシナティということもあり、球場は万雷の拍手で包まれました。そして約10分にわたって試合は中断された。それに比べたらイチローがカッブの記録を破ったその瞬間とはやや温度差があることは否めません。それでもイチローが残したその偉業に対してセントルイスの観客が敬意を払っていることは十分に感じられました。


21年200安打を打ち続けなければ、到達できない遥かなる高みであるだけに、実際にメジャーでプレイしている選手たちの方がよりリアルにイチローの偉大さを感じているはずです。それは他の選手たちのコメントの端々からも感じられる。


ベースボールプレイヤーが後世に残す遺産(レガシー)はおそらく3つあります。


ひとつは<数字>であり、数字こそがそのベースボールプレイヤーが何者であったかを物語る名刺そのものであり、後世に残るものの重要なひとつと言っていいでしょう。イチローのアンタッチャブルな262安打と10年連続200安打はその象徴となるに違いありません。ルースと言えば714。アーロンと言えば755。サイ・ヤングと言えば511。名前と数字が自動的にリンクされる選手はほんとうにごく限られています。



つぎに<印象的なプレー>。ウィリーメイズと言えば、「ザ・キャッチ」であるように、イチローにとっては「レーザービーム」とも称されたOAK戦でのプレイです。今後イチローを振り返る際、何度も繰り返し リプレイされることは間違いありません。


そして最後に<言葉>です。技を極めた者でしか吐くことのできない言葉が後世に語り継がれるはずです。イチローならではのバイアスがかかっている言葉も、たまにはあります。時には非常な回りくどさを感じることがあるものの、やはり独特の深さはイチローの言葉にはあります。


ちなみにピート・ローズという偉大な選手は試合数、打席数、打数などMLB史上1位の記録を数多く保持していますが、ピート・ローズと言えば4256という数字とイコールで括られると言っても過言ではないでしょうし、ピート・ローズを象徴する印象的なプレーと言えば、チャリー・ハッスルとも言われるように、滑空するダイナミックなヘッドスライディングです。


おそらく現実的に考えてMLBでイチローに残された時間はあと一年。


イチローと言えば、これまではメジャー史上年間最多安打記録262、10年連続200安打でした。しかしそれに代わって日米通算安打記録4193安打をどこまで伸ばすことができるのか?少なくとも日本人にとっては、この日米通算安打記録の最終的な数こそが、イチローを最も象徴する数字、名刺代わりとなるはずです。



なぜ日米問わずDH制のあるリーグが強いのか?

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08 /12 2015
インターリーグの成績を見れば明らかですが、MLBではアリーグがパリーグ同様に安定して毎年勝ち越しをしています。

これまでは財政的に金満なチームがアリーグの東地区に偏在していたことがリーグの実力差を決定づけるひとつの大きな要素でした。FA制度によって人材はリーグ間を自由に横断し、金があるところへ優秀な人材が集まります。例えば日本でいうと大物FAであった落合や清原も含めて小笠原や和田などは元パリーグであり、すべてセリーグへ移動しました。またセリーグ内であっても経済格差によって広島の金本や新井は阪神へ、村田、広沢、ラミレスやクルーンなどの選手は巨人へ、ギャラードやウッズをはじめ横浜からは中日へよく人材が流れ込んでいきました。よって特にセリーグは財政力がそのまま順位に反映されて、AクラスとBクラスがしばらく固定されるという実につまらない時代が長く続きました。しかし最近ではパリーグにおいてはソフトバンクが、内川をゲットしているように巨人を抜いて2015日本最大の金満チームへのし上がり、MLBにあってもペイロールの1位の座をNYYから奪取したのがLADです。かつてのようなリーグ間の財政力の格差はなくなる傾向にあります。よって財政力がリーグ間の実力格差を物語る原因とは考えられません。


にもかかわらず、なぜアリーグがパリーグ同様、毎年勝ち越す傾向があるのかというと、やはりDH制の存在を抜きに語れません。


では日米問わずなぜDH制のあるリーグが強いのか?


複合的ないくつかの理由が挙げられます。


国富論を説いたアダムスミスは、有名なピン工場を例として生産性向上のカギとなるものとは単純化、専門化、分業化であると言いました。第一のキーポイントはこのアダムスミスが言う単純化、専門化、分業化です。例えば投手の先発完投型というスタイルから 近代ではセットアッパーからクローザーという分業制が確立されより戦略的にシステマティックな体制が近代MLBでは取られました。「強さを合理的に求め、勝利を数多く生産し観衆を喜ばせる」をもってプロというならば、まさにこの投手の分業制はMLBの歴史とって必然でした。例えば監督という存在も最初は選手兼任からはじまり、やがて監督は専任されるようになり、更には監督をサポートする形でコーチも投手コーチから打撃コーチ、走塁、守備コーチという形でどんどん細分化され、専門化、分業化が促進されてきました。こうしてサポート体制もより厚みを増し進化してきたのがMLBの歴史です。

このように単純化、専門化、分業化はMLBの進化の歴史を紐解くには欠くことのできないキーワードです。


そしてDH制がもたらしたものとは、他ならぬ単純化、専門化、分業化でした。アリーグにはナリーグにはいない<守備を一切考えない打者のスペシャリスト>と<攻撃を一切考えない投手のスペシャリスト>が出現したわけです。これによってDHの打者も投手も、自分のやるべき選手としての戦略的なターゲットを単純に絞り込めることができ、専門化、分業化がアリーグにおいてより先鋭化されていった。これはアリーグのレベルをアップさせるには大きな意味を持ちました。


一方、競争原理から眺めると、アリーグの投手から見れば9番で息の抜けるナリーグに比べて、DH制は厳しい環境であり絶えず己の能力を鍛え上げられます。たとえ同じ能力を持っている投手であっても、より厳しい環境で置かれた者の方がやがて10年20年と経過するとより厳しいリーグに属する方が実力が上がるのは道理です。投手にとって過酷なリーグはアリーグです。


アリーグの打者からすれば、DH制によってバッターボックスに立たなくていいアリーグの投手は無駄な交代をさせられる機会も少ないために、優秀な投手がそれだけ長いイニングをマウンドに立つことができます。またアリーグの投手はバッターボックスに立たないために、死球による報復もなくより大胆に攻められるという効果もあります。すなわちアリーグの方が、投手がより大胆でありながら同時にDH制があるために細心の注意を払いながら打線と対峙するようになると共に、イニングを長く投げられる環境にある。


打者にとってからすれば、優秀な投手が降板する要素が減じるアリーグの方がそれだけ厳しい環境と言うことができますし、また、ナリーグに比べて、タイトルを獲得する、あるいは 打率の10位以内にランクインするでもいいですが、アリーグの打者の方がDHがいる分、ナリーグの打者よりも競争原理が強く働きます。競争原理が強く働くリーグに所属する選手の方が強くなるのは当然です。


揺るぎない結論としては、DH制のもたらすさまざまな要因が複合的に作用してDHのあるアリーグの方がインターリーグの数字で明らかなように、パリーグ同様 実力があると認めざる得ないのです。同じレベルなら必ず、イーブンに収束してゆくはずですが、そうはなっていない。WSやオールスターの成績はサンプルが小さすぎて、実力差を推し量るには不適切です。


まとめ


リーグ間の実力格差を決定づける原因には3つある。


●財政力(人材は金のあるところに集まる)
●DH制がもたらす単純化、専門化、分業化(生産性向上のポイント)
●競争原理(より厳しい環境のリーグの実力が上がってゆく)


結論としては数字が物語るようにかつてはナリーグの方が1970年台前後は強く人気のある時代もあったが、やがてDH制がアリーグに導入されて逆転現象が生じ、現代ではアリーグがまだ優勢な時代ではある。今後は総合的に見て実力が拮抗する時代に入ると考えられるが、DH制のもたらす効用は日米問わず無視しがたいものがある。


尚、この記事は「パリーグだけではない!MLBの2015インターリーグ事情」の続編です。DH制導入の歴史を紐解くと、ジャッキー・ロビンソンまで話は遡るという話になっています。



大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。