2010年 SEA超守備型戦略に何を学ぶべきか

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05 /31 2015
打ち出した方向性は正しくても、結果怪我人や不運にも見舞われて、結果が出てこないということは十分にあります。チームによっては勝率500を切るということもあるかもしれない。しかしながら正しい戦略を打ち出したにもかかわらず、100敗をも越える大惨敗という結果が出ることは絶対にあり得ません。


「戦略は正しかったが、結果リーグ最下位の100敗を喫した」こうした日本語は成立しないと考えるのが筋です。


もしあの超守備型戦略が正しいのであれば、その方針を徹底して貫くべきですね。しかし結果はどれだけチャレンジしようがおそらくはまず出ないと言っていいです。なぜなら「戦いの原理」に照らしてあの方針は明らかに間違っていたからです


SEAは2009年の成績に気を良くして、超守備型戦略へ邁進したというのがおそらく真相です。スモールな野球を打ち出し2009は珍しく貯金をしたSEAですが得失点差そのものはマイナスでした。つまり2009SEAは力による貯金というよりも運による貯金であった。しかし力による成績であったとその現状認識をズレンジックは間違えて、この方向でいいのだと2009を更に先鋭化させ2010超守備型と突き進んでいってしまったというところでしょう。




本拠地がピッチャーズパークであり、時代もスモールへと突入してきた故に ターゲットとしては徹底して守備を含めた防御力を高め、結果、最終目的であるフラッグを手に入れようとする構想、一見正しそうに見えるし、多くの人はその構想に酔いました。おそらくはSEAファンの80%は肯定的にズレンジックの構想を受け入れた。かくいう私自身もだまされそうになりましたが、(笑)最終的にはシーズン直前あの当時、ズレンジックの戦略を受け入れないという立場を取りました。ある意味、冷や汗ものでした。


当面の目標であった防御力を高めることはある程度達成されたのではないでしょうか?リーグ4位のERAであったはずですから。しかし目的は叶わずぶっちぎり最下位でした。SEA2010に見る目的と目標の大いなる齟齬はどこから生じたのでしょうか?実に意味深です。


野球は投手力である。守備ももちろん大事です。それらを単に否定しているわけでもありません。得失点差を+にしてゆくための重要な一大要素ですから。しかしながらベースボールは防御力そのもの、失点の少なさを競う競技ではありません。あくまで得失点差によって優劣が決するゲーム。

バスケの神とも言われるマイケル・ジョーダンも言っているそうです。「やはりディフェンスこそが重要なのだ」と。バスケのみならずあらゆるスポーツにおいてディフェンスの大事さを強調する言葉は数多く見出すことはできるものの、ペナントにおいてオフェンスよりもディフェンスの方が重要性がより高いという統計的な結果は得ることができない。それがファクトです。たしかに言われてみれば攻撃による1得点も防御において1失点も、基本的には全くの等価。もちろん、ベースボールは他の競技と違って競技場が各球場で個性を持っていますから、地の利を生かすべきであり守備重視という戦略を採用することは全く持って理にかなっています。そのことを否定しているわけではありません。



先ほど読んでいた本の中で、南海の野球殿堂入りもした広瀬 叔功はこんなことを言っています。


「野球とは守るだけでも、攻めるだけでも勝てるものではない。投打のバランスがきれいに揃ってこそはじめて勝てるものである。」

ペナントを制するにあたってあそこまで極端な守備型思考で作り上げたチームは歴史上ほぼないでしょうが、壮大な2010SEAの実験が明らかにしてくれたことを正しく学んでゆく必要があると思います。

技術とは得てして二律背反するものを両立せしめるような奥深いバランス感覚が求められるものです。優れた弱者の戦略の深奥には必ず絶妙なバランス感覚があります、それを何とか探り当ててゆくことが当ブログの目的でもあります。それこそHOUの戦略に見られるような守備においてGB最大 攻撃においてFB最大というようなバランス感覚です。
超守備型にする、そこにはバランス感覚は必要ありませんから。




「ビリー・ゴートの呪い」を解けるのか?カブスの戦略に迫る

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05 /30 2015

ここ数年、エプスタインは「ビリー・ゴートの呪い」を解くべく、戦略的に集中して野手のプロスペクトを集めてきたことはご存知なはずです。スラッガーという雑誌でも 集中して野手のプロスペクトを集めているという情報だけは載っていますが、なぜそういう動きをしているかまでは解き明かしていません。そう大した話でもないのですが、これからエプスタインという人物がどういう戦略を持っているかについて考察をしていきます。

ではなぜ、エプスタインは投手ではなく野手を集中して集めてきたのでしょうか?


野球とは投手力であるという言葉が人口に膾炙していますが、それは統計的には明確な根拠がなく誰もが陥るバイアスに過ぎず、セイバーメトリクス的にはペナントで勝ち抜くために大事なのはチームの総合力であるという結論が出ています。まさに得失点差を争う競技であるために全うな結論であり、故にチームスタッツで勝敗の次に最重要スタッツとは<得失点差>です。アストロズの戦略をセイバーメトリクス分析する という記事も冒頭書いたように、まず<得失点差>からチーム分析に入るのが基本と言ってもいいです。


(しかしながら、POを制するという意味では ペナントよりも防御力に力点をややシフトするのが戦略的には正しいという記事も書きました。実際PO対策としてそれを裏付けるような2014のビーンやフリードマンの動きもそうなっています。戦うステージがペナントから短期決戦になれば自ずからその戦略も微妙に異なるということですね。)


さて、ところで「マネーボール」という本では高校生よりも大学出身の方がメジャーに昇格する確率が高いために、ドラフト戦略としてはOAKは大学生を重点的にドラフトしたという話はすっかり有名です。


では少し観点を変えて野手と投手のプロスペクトがメジャー昇格する時間のコストについてはどうでしょうか?


投手がメジャーに昇格する時間に比べて、2~3倍の時間を要するのが野手であるというセイバーメトリクスのデータがあります。テッド・ウィリアムズも言うように打撃ほど難しい技術はないのであり、打者が投手のさまざまな攻撃に対して十分に対応するまでは相当の時間を要するということなのでしょう。


投手が1~2年でものになるなら、野手は3~5年と言う時間を必要とする。つまり投手についての戦力補強の方が戦略的にフィレキシビリティが高い。故に野手を重点的にまず集めて、戦力にある程度の見通しが立ったところで、投手へシフトしても時間的には遅くはないということです。


エプスタインのチーム作りの戦略は「まず野手からはじめよ」と考えてもいいです。野球は投手力だという言葉には決して振り回されていないエプスタインの戦略家としての姿がそこにはあります。

もちろん投打ともに同時に揃えることができるならそれに越したことはないのですが、物事には優先順位があるそのことをカブスの戦略に見て取ることが可能です。 ですから2014ビーンはPOを睨んでサマージャを獲得するのと引き換えに、エプスタインはまずはペナントを抑えるためにラッセルという野手最高のプロスペクトを獲得したという点、互いに戦略的には実に理にかなっていると言えます。
焦点を絞り込み、正しい方向へチームを導いてゆくならば その先には必ず勝利が待っているはずです。「ビリー・ゴートの呪い」が解けるのかどうか?戦略を決定するGMの役割は決して少なくありません。



Aロッドの改心

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05 /29 2015
Aロッドの一切の映像など見ていなかったのですが、2年前のあの劣化した姿から帰納的に推測するに2015年のAロッドのスタッツ予想はセイバーメトリクスのプロジェクション通りOPSもリーグ平均を下回る程度になるだろうという見通しを立てていました。完全に高を括っていたわけです。

しかし今年の4月最初に画面を通してAロッドのユニフォームに包まれているその鍛え抜かれたと思われる体つきや足の運びを見て、その一瞬で彼が血のにじむような努力をしてあのヤンキースタジアムのフィールド上に立っているのだということがはっきりと直感されました。


「さらばヤンキース」という本を読む限りトーリは率直でありながら、かなりフェアーな精神の持ち主ですが、そのトーリがクラブハウスでAロッドがどのように振る舞い どのようにチームメイトから評価されてきたのか?そしてなぜAロッドよりもスタッツが劣るジーターが明らかに選手間において格上の存在に見られるのか等々を書かれていました。そうした負の面を語ると共に、Aロッドが類稀な努力家であるという肯定的な内容が書かれており、瞬間的にAロッドのあの立ち姿とリンクしたというわけです。


そんなPED漬けであったAロッドも今後はまず一切PEDを使用しないだろうと結論しています。


一般にはPEDに手を出すかどうかはその選手の国のGDPとそれなりに強い相関関係があることが統計的にもわかっています。一般論としては日本やアメリカのような豊かな国出身よりも数段 ドミニカン等々の中南米の貧しい国々出身の選手がPEDに手を出すケースが多いことがデータとしてもはっきり出ているのですが、ボンズのようにすでに金を持っている選手は自分が史上最強プレイヤーであることを社会に認めさせるために、すなわち名誉のために手を出すこともあります。 ちなみにGDPの高い国出身の選手はPEDではなくハミルトンのように精神的な不安を解消するために同じ薬であっても麻薬に手を出すケースが多いというデータもあります。


いずれにしても、金と名誉のために選手はPEDに手を出すということです。

ところでAロッドはいくら記録を伸ばそうがボーナスもなくなりもらえる年俸に上下はありません。キャリアをNYYで終えることも確定です。さらにははっきり言って、ほぼ殿堂入りという可能性も消えた。(唯一わずかな可能性が残されているとしたら、ほんとうのことをすべて洗いざらい打ち明けるとともに心からの謝罪を述べる以外にない。)


つまり、AロッドがPEDを使用しようがしまいが、<金と名誉>を得るという目的に対して更に上積みするチャンスはほぼナッシングである一方今度PED使用がばれたら3度目扱いということで、永久追放です。 チャンスについては上昇する見込みゼロであり、リスクは永久追放であり無限大。こうしたリスクとチャンスを天秤にかけた時、ふつうのリスクに対する感覚の持ち主であればまずやらないという結論が導き出されてきます。


よってAロッドが今後はPEDへ手を出すこともないだろうというのが個人的な見解です。そこだけは信じようと思います。


KCヨースト監督に見る 真のリスク管理とは何か

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05 /26 2015
今回は前回の続編のような形にもなりますがKCを例に短期決戦における盗塁という戦術についてもう少しだけ考えてみます。ALCSまでは持ち前の機動力をフル稼働させて、破竹の勢いで勝ちあがってきたのが2014のKCでした。そして迎えた2014WSという晴れの舞台が待っていました。

スモールベースボール全盛の時代 短期決戦 ピッチャーズパーク


これだけの条件が整っている以上、セイバーメトリクス的にも盗塁の損益分岐点は最も下がるシーンであり、最も盗塁をし掛けるべき価値のある絶好のステージであったことがわかります。「リスクを取らなければより大きなリターンを得ることはできない」それはベースボールに限らず、普遍的な真理ですが、盗塁はペナント以上に積極的に仕掛けてもいい条件があったということです。


ルースの呪いを破った「the steal」から日本シリーズの秋山センター前で一塁ランナー辻が一気にホームインするシーンなど、短期決戦には印象的なリスクを恐れぬ奇襲の走塁が歴史に残っていますが、私が研究してきた限り、一発勝負であればあるほどに実力よりも運に左右されるために、<奇襲性><ギャンブル性>というファクターはリターンが大きいために短期決戦においてはより大きな価値が出てきます。長期戦ではないのでそのギャンブルを仕掛けて成功し勝利したら次の試合も延々に続くということはないわけです。


もっとも勇敢さと蛮勇は似て非なるものであるだけに、なんでもかんでも突っ込めばいいというものではありません。WBCの山本の4番阿部であり かつ キャッチャーが強肩モリーナであるにもかかわらず敢行したダブルスティールのように、あれは蛮勇ということになります。結果はどうであれ、あそこは最も長打が期待できる4番に任せるシーンでした。


いずれにしても確実に言えるのは、ペナント以上に、短期決戦ではリスクを取る戦術は基本的には<戦いの原理>に照らした際に正しいということです。(そういう意味では山本はリスクを取りました。しかし果たして4番阿部ですべきだったのかということです。)ところが大事な一戦を目の前にして、KCはほぼ全く走らなくなりました。ベンチコーチのワカマツいわく「盗塁は失敗した時のリスクが大きいためにサインを出しづらい」であり、大事に大事に試合を運んでゆく慎重な選択をKCはしたということになります。


結論から言いますとKC最大の武器であった<機動力>を自ら封印してしまったのはヨーストの完璧なベンチワークミスであり、監督自らが失敗のリスクを怖がって、チーム全体の勢いに大きなブレーキをかけてしまった。

ヨースト監督が「盗塁失敗を恐れるな、ペナント以上に自分たちの機動力をこの舞台で見せつけようじゃないか、責任はすべて俺が取る。だから積極性を失わずのびのびやって欲しい。」もしそう試合前に選手たちへ檄を飛ばすしていたなら・・・? 自ずから試合展開は必ず変わっていたと思います。



一発勝負だからこそリスクを恐れて大事にいく、それも大事な考え方ですが、一発勝負だからこそ敢えてリスクを取ってでも大きなリターンを目指すという考えがより大事になる、それが短期決戦での戦いの要諦です。他のふだんあまり走らないチームが短期決戦になった時、無茶苦茶な走塁をすればいいということを言いたいわけでもありません。KCにはあれだけの機動力があっただけにとてももったいなかった。監督が真の戦術眼を持っていないとチームを勝ちに導けるチャンスをみすみす逃してしまう例だと言っていいです

すなわち真のリスク管理とは、<リスク>そのものもありますが<リスクそのものを取らないこと>が最大のリスクになるという、この2種類があることを明確に意識しなければなりません。ヨーストが真の名将ではないと考える理由は、彼が前者の<リスク>そのものに対しては敏感であるが、<リスクそのものを取らない>という最大のリスクを恐れていない点にあります。KCの監督がもう少しだけ優秀であれば、あのシリーズの勝敗はひっくり返っていた可能性があります。

つまり2014のヨーストはAL優勝までの戦い方は非常に評価されるべきであったとも言えます。この持論は2014ワールドシリーズ中から一貫して変わることがありません。まして結果論でもないことは明らかです。突然、走らなくなったことは結果が出なければわからなかったことではなく、シリーズ中において既に明らかになっていたからです。


大谷二刀流のルーツは「強者の戦略」 にあり

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05 /24 2015
「弱者の戦略」と言うとまず野村がパッと頭に浮かぶはずです。その「弱者の戦略」で勝てなかったチームを星野がリリーフし阪神 楽天ともに優勝を果たしました。

ここにはどんなからくりがあったのでしょうか? この星野の戦略を敢えて言うならば「強者の戦略」と言ってもいいです。
弱小チームを率いるのが野村の常ですが、弱者が勝つための緻密な戦略によって何度かヤクルトを野村は優勝させました。しかしここからが大事なのですが、同時にそのやり方が普遍的なものでないことを阪神 楽天と見ても明らかなように歴史によって野村は自ら証明しました。


そこで星野が取った戦略は実にシンプルなものです。弱者が「弱者の戦略」をもってペナントを制することができないのであれば、弱者が強者へと変身して優勝をもぎ取ればいいのではないか?というものです。このGM型の監督はあらゆる人脈と政治力を使い、その年の最大のFA大物であった金本や伊良部、松井稼や岩村(岩村だけ駄目でしたが)を徹底的に集めるとともに、外人にも大金を投じ戦力を十分に整えてから、勝利に導くという強者のスタイルを構築し、二度とも成功を収めることになります。


この星野という人は中日時代においてFAがない時であっても、落合をロッテからトレードで獲得して優勝しています。極めてGMとしての仕事の能力が高い監督であったと言えます。


日本プロ野球の歴史を振り返りますと、「弱者の戦略」という保守本流の流れと「強者の戦略」というもうひとつの傍流があることがわかってきます。次回以降、「弱者の戦略」と「強者の戦略」がどうNPBの歴史において対峙してきたかをざっくりお話したいと思います。


ところで「弱者の戦略」とはつまるところ己を弱者と規定するところから出発します。故に 自分が勝てる分野に絞込みをかけて自分が勝てる土俵で勝負することよって相手を倒すというものです。つまり「弱者の戦略」のキーワードは絞込みです。


しかし大谷の二刀流という発想は、あれかこれかという絞り込みとは対極にあり、あれもこれもと追うものですね。己を強者と規定していればこそのチャレンジです。己を弱者と規定し絞込みを大事とする「弱者の戦略」からはまず二刀流という発想は出てきません。それが証拠に野村が二刀流について反対したのは道理と言ってもいいです。ここからも栗山は野村チルドレンではないことがわかります。

大谷の二刀流のルーツは「強者の戦略」にあるという結論だけを言って本稿はひとまず終了です。



古典「マネーボール」の正しい読み方

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05 /23 2015
今からちょうど3年前の2012年、SEAのイチローがムネリンをともなって凱旋し開幕戦を東京ドームで行った際のことです。対OAKということで、解説者に長谷川がマネーボールに詳しいというキャッチで呼ばれていました。

長谷川は自信満々で「OAKは盗塁や犠打などの小細工はしない」と断言。その話のそばから、OAKが次々と盗塁やエンドランを仕掛ける姿を目の当たりにして、「メルビンになってから野球を変えたんですかね」と長谷川はボソッと言っていました。


多少なりともOAKに関心のあった人ならOAKが盗塁を増やしていたことは知っていましたし、知恵袋でも「なぜ、最近OAKは盗塁をするようになったのですか?マネーボールでは御法度ではなかったのでしょうか?」という質問がよく掲載されていました。


「マネーボール」ではよく盗塁成功率は75パーセントはないと走る価値はないという話を聞いたことはないでしょうか。つまり盗塁の損益分岐点は75パーセントでありそれ以下の盗塁成功率ではベネフィットよりもロスの方が多くなる。だから 盗塁という戦術は成功率が確保されない限り価値はないという結論が出てくるわけですが、この75パーセントという数字は、マグワイヤとソーサが本塁打競争で全米を熱狂の渦で巻きこんだ翌年、2000年のステロイドエラピークの年の得点テーブルから得られたものです。過去半世紀を見ても2000年が最も一試合当たりの得点が高い年でした。



(どの年がステロイドエラのピークかと問われたら、2000という切りのいい数字を覚えておくのもいいかもしれません。)



ところで過去10年、だいたいリーグ平均の盗塁成功率は70~72パーセントですから、損益分岐点が75パーセントである2000年という時代において、盗塁という戦術はリスキーと結論されます。ところがスモール全盛の1987年の損益分岐点を見ると65パーセントまで下がることが確認されています。70パーセントの成功率もあれば盗塁は十分に仕掛ける値する戦術であった時代ということですね。


例えば、2000年ヤンキーススタジアムのような狭い球場で、リスクを犯してまでせっかく盗塁を決めた。しかし次のステロイドボーイのパワーヒッターがライトスタンドへ軽々とHRを叩き込んだ。盗塁をしなくても2点、盗塁を成功させても2点。成果に変わりはありません。長打が簡単に数多く出るようなビックボールの時代では 盗塁はリスクを犯してまで遂行する価値はあまりないことは直感的にもわかるはずです。その数字的な根拠をセイバーメトリクスでは示しています。


もう少し追加で説明すると、仮に損益分岐点が75パーセントであった2000年であっても、対戦投手がマイナーレベルのERA6.00台後半の投手であったとします。試合状況はプレーボール直後です。ふつうに打てばガンガン得点が入るのに、盗塁するリスクを犯す必要はあるのだろうか?という話です。そうした投手に対して対峙している時の盗塁の損益分岐点は帰納的に考えれば下手をすれば80パーセントを越えるレベルになります。裏を返すと投手が絶対守護神マリアーノ・リベラのような通算被OPSが600を切ってくるような投手ですと、対戦する打者の能力が8番打者(メジャー平均OPS610前後)か9番打者(メジャー平均OPS530前後)になるようなものであり、シングルヒット1本が大変希少となり、故に盗塁の価値が上がり対リベラの際の損益分岐点は65パーセント程度までググッと下がる可能性があります。


75パーセントという数字を一人歩きさせてはなりません。その75パーセントという数字はあくまで2000年の平均的な打者と平均的な投手が対峙している際に、算出されたものであるということ。平均的な選手こそ、リーグの中では最大多数になるわけで概ねその75パーセントという数字を当てはめて考えることは正しいともいえます。しかしWPAなども勘案するとルースの呪いを破る一大転換点となったロバーツの「the steal」などはまさに 損益分岐点が大きく下がった状況でありました。WBCの東京ラウンドで鳥谷が9回二死から盗塁を決めて、井端のヒットがあり同点のシーンも全く同様です。統計的には盗塁をし掛ける絶好の場面という結論が出ます。



重要のポイントは、ビックか?スモールか?というその時代環境から、戦うステージがペナントかPOか、対戦投手の力量やイニング、得点差などの変数によって、セイバーメトリクス的には盗塁する価値というものは常に相対的に変動してゆくということです。一律に75パーセントなどではありません。

果たして解説の長谷川はそこまで理解していたのかどうか?


2000~2002年だったでしょうか、その3年をソートするとSB数リーグ最下位はOAKでした。著書「マネーボール」通りOAKは盗塁をほとんど仕掛けていません。しかし2010年近くになると一試合当たりのリーグ平均得点も1987年をも下回る状況となっており、リーグ平均の盗塁成功率に対して損益分岐点が下回っている時代に突入したためか、盗塁がリスキーな戦術からリターンをもたらす戦術へ変わったところを見計らって、ビーンは時代環境に対して戦略的に対応するべくSBを増やしました。


「たしかにOAKのSB数は表面上は大きく変わった。しかしそれはビーンが決して変心したということでもない。戦略的であるという意味ではビーンは何ひとつとして変わっていない。そのことを正しく洞察していかなくてはならない。」


冒頭に書いた知恵袋の質問にも4~5年近く前に私はそう回答をしました。経済新聞ばかり読んでいた長谷川は、OAKがSBを急増させている情報すら持たないばかりか、すっかり浦島太郎と化し、時代遅れのビックボール時代の論理を得意げにTVで振りかざしていたということになります。


セイバーメトリクスは単なる統計的な技術に過ぎず、時代環境や点差 試合状況などによってケースによってビックボールを肯定もし、ケースによってスモールボールも肯定する理論であるということに尽きます。

セイバーメトリクス=ビックボール

もしそう思い込んでいるとしたら それはセイバーメトリクスの理解不足以外の何物でもありません。確実に言えることはセイバーメトリクスは盗塁も犠打も単純に否定しているわけではありません。あるシーンでは否定もし、あるシーンでは肯定もします。


あの「マネーボール」という本の本質的な部分とは 二宮清純の下記の言葉に言い尽くされています。

「ビリー・ビーンが戦っているのはマネーでもなければヤンキースでもない。教典と化した”過去の知性”である。しかし最先端のセオリーもいつかは”過去の知性”と化す。そのことを誰よりもビリー・ビーンは知っている。」


「マネーボール」という本の表面的な内容は、すでに古典の領域に入っています。その古典の中にある本質的なエッセンスをいかに汲み取り、現代において生かすのか?それが大事になってくるような気がするのです。





栗山監督の二刀流を成功させたその信念

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05 /22 2015
野村は栗山を真っ当に評価などしたことありません。栗山監督の2年目最下位をホッとし内心喜ぶ姿を隠そうとすらしなかったのが野村でした。「 力がないから最下位ということになる。一年目の優勝は風が吹いただけ。」


稲葉や宮本については相当にかわいいらしく、今後期待するとはっきり本に書いている一方、栗山監督の優勝にはいちゃもんをつけるだけであり、2年目最下位をもって、やはり栗山監督の優勝はフロッグであったとしてどうやら大いに安心したようなのです。ある意味 正直者でもある野村ならでは、その点実に本においてストレートに表現しています。


栗山監督からもどういうわけか野村監督を恩師して慕うような発言がこれまたほとんど聞かれることがない。人として単純に相性が悪い可能性もあります。野村チルドレンという意識は栗山にはおそらくない。


そんな栗山の背番号80は日本ハム初代社長にして、魔術師として異名を馳せた日本プロ野球史上、最高の監督の一人である三原脩の背番号にちなんだものであることは日本ハムのファンの方ならよく知っていることでしょう。大谷を二刀流にすると決断したその一番の背景には、あぶさんのモデルともなった永淵洋三を二刀流として育てた三原脩の存在にありました。


野村は二刀流の話を聞いて開口一番、プロをなめるなという発言をしていますが、張本をはじめとする日本ハムのOBからも、大谷の無謀とも思える二刀流反対の大合唱が鳴りやまず2年目最下位にあって、ここぞばかりに栗山監督は四面楚歌の状態に置かれました。それでも 栗山監督は絶対に二刀流の夢を諦めなかった。なぜなら、もし三原脩が現代にあって大谷を指導していたなら、二刀流を成功させてみせたという強い信念を持っていたからです。


二年目の最下位にあって日本ハムのファンからも非難ごうごうであった。なぜ打てない近藤をあそこまで買うのか等々それはすごかった。そんな逆境にあった栗山監督に対して 当ブログは敢えて栗山を擁護する記事を書いたことがあります。


日本ハムのここ10年の全盛期は、ダルビッシュを絶対エースとして、選手として全盛期を迎えていたセカンド田中 センター糸井という日本代表のレギュラーレベルのセンターラインを中心にして、その脇をベテランである稲葉や金子を野手陣ではがっちり支えるとともに、投手陣では武田勝が最盛期にもあってダルにつぐ二番手として君臨し、抑えには武田久がその仕事をきっちり果たすという極めてバランスの取れた布陣の時代と言っていいでしょう。


しかし栗山就任時期に合わせるかのようにして 日本ハム自慢のセンターラインであった<ダル 糸井 田中>はすべていなくなり、脇を支えていた 稲葉・金子・両武田も完全ポンコツ化しそれが数字でもはっきり表れたのは2013という年でした。外人も怪我し、唯一の頼みであった中心選手であった中田翔まで骨折による戦線離脱。


大谷も一年目であり、センターラインもベテランも外人も、中心選手も不在であり、2013日本ハムはないないづくしでした。これだけ戦力がなくていったい他の監督なら何か成し遂げることができたのでしょうか?つまり日本ハムは全盛期を超えてちょうど2013は完全なる衰退期に突入していたというのが、客観的な事実です。この衰退期を次なる全盛期を迎えるための再建期と言い換えてもいいです。この再建期にあって栗山は将来のチームの中心になると踏んでまだ高校卒業して間もない、大谷や近藤や他等々を育てざる得なかった。


どうか他のチームもよく見ていただきたい。

この再建期に5年どころか10年以上も費やすような 広島や横浜のようなチームも実際にあるのです。この再建期をたった一年という時間だけでふたたびチームを再生させつつある、栗山という監督はそんなに無能な監督なのでしょうか?野村は阪神の再建期にいったい何年費やしたのでしょうか。最下位で放り出したのが野村克也です。

その点 じっくり考えた方がいいです。


某SNSサイトでは日本ハムファンが栗山監督を侮るようなコメントを連発していました。黙って見守っていましたがそれはまるで栗山監督よりも遥かに野球に通じているような口ぶりでした。しかし彼らが何を言おうと 栗山監督はすでに3つの大きな仕事を成し遂げています。


●日本プロ野球史上、5年連続ERA1点台というダルという大エースを欠いて誰もが不可能と考えていた監督就任一年目での優勝。
●指導者として前人未踏の大谷の二刀流 史上初の10勝10発を実現。大谷を世間のあらゆる逆風から守り切った信念。
●わずか1年で再建期を乗り切ったその力量。

後世から振り返ってみてフェアーに栗山監督を眺めるだけの距離を取ることができた時、栗山という監督の真価が適正に評価されることになるはずです。


コール・ハメルズを獲得すべき時期が迫っている アストロズ

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05 /21 2015
当初の予定は、HOUのルーノウGMが勝負をし掛けるべき年を2016を戦略的なターゲットとして、それに備えてさまざまな準備をしてきたはずです。特に2013のペイロールではArod一人分の年俸よりも遥かに安いという倹約ぶりを示し、大変な話題となりました。その倹約もすべては優勝へHOUを導くための序章であったと言えます。


水を少しづつチョロチョロと流しても何の力にはならないが、そうしたわずか一滴の水であっても少しづつ溜めるだけ溜めて、時期を見計らってそのダムを一気に決壊させてやれば、城ひとつさえも水の力によって押し流してしまうように、アストロズが一気加勢に勢力を一点に注ぎ込んで勝負に出る時期が刻々と近づいています。


孫子も言うように真の戦略家は「天の時 地の利 人の和」を大事とするように、<天の時>いつ勝負に出てゆくべきかを見守っているのがHOUの現状でしょう。ルーノウがセイバーメトリシャンであればこそ、今年のこれまでの結果がたまたま偶然なのか?それとも実力がついているかを<慎重>に見極めているはずです。先回、HOUの戦略について述べましたが、例えばFBがHRになる比率が現状のHOUは余りに高すぎます。つまり2015のHOUは出来すぎであるという可能性は捨て切れません。


実際メンバーをみる限り、下馬評からもわかるようにHOUが戦力的にはそうそう大きなものがあるわけでもありません。しかしながら機が熟した際には<大胆>に勝負出ていかなくてはなりません。 もちろん、今年ではないと判断すれば、自重してゆくことになります。

そんな2015HOUにとって最大の戦略的課題とは、言うまでもなくPOの一番手を任せられるような「スターター」です。

「コール・ハメルズを獲得すべき時期が迫っている アストロズ」と題しました。獲得する投手がハメルズであるかどうかはともかく、必ずや勝負と見れば、HOUは今年の夏、スターター獲得に向けて大胆な動きを見せることになります。


このように真の戦略家にとっては慎重さと同時に大胆さが求められますが、なによりも大事なのは リーダーが勝負師として運を持っているかどうかです。

今後の動向に目が離せません。



栗山嫌いの野村克也に本物の知性はあるのか?

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05 /21 2015
野村の本を読むといろいろと教えられることが多いことは確かです。しかしながら、彼の本の特徴はとにかく客観を装いながらも自分のことを良く見られたいという欲求で終始しているために、自分に都合のよいバイアスに沿って物事を眺めるという最大の欠陥がある。

ヤクルト時代の野村本を読むと99パーセント監督でチームは決まるといい、ヤクルトが優勝したのは自分の力によるものであると暗に言っています。たしかに監督の力は非常に重要なファクターではあるが客観的にはそんなことは断じてあり得ません。それは後の野村のキャリアそのものがそれを図らずも証明してゆくことになります。もし野村克也のその言葉が真理であるならば、阪神時代も優勝していなければ、嘘ということなる。

万年最下位阪神時代の野村本を読むと、組織はTOPで決まると阪神のオーナーの姿勢を批判し、選手のやる気のなさを批判している。ヤクルト時代にはオーナーや選手にも恵まれていたことを告白しているに過ぎない。99パーセント発言はやはり間違っていたことをここでも証明している。もちろん、阪神以降の野村本では99パーセント発言一切出てきません。当然です。それは真理ではないのですから。


さらにもっとも呆れたのは、野村が栗山監督を嫌いのはよくわかるが、その批判の仕様です。ダルビッシュを欠いた日本ハム一年目で戦前 誰一人優勝を予想した解説者がいない中、(前任の梨田が唯一3位に予想はしていたが、このような身びいきともいうべき予想は有効なサンプルとはとてもみなせない)、というよりも梨田を除く他すべての解説者がBクラスを予想した中で、栗山監督は文字通り不可能を可能にするといった結果を出したわけです。

ダルと田中のチームにおける働きは、セイバーメトリクス的には同等か、ダルの方がやや上。楽天から田中が出て行っても尚、優勝して見せたくらいの業績であったわけです。田中が抜けた翌年の楽天は最下位でした。

しかし偉業を成した栗山監督を認めるどころか、簡単に素人が優勝してもらっては優勝監督の価値が下がる、栗山監督が優勝したのは偶然、風に乗っただけに過ぎない、ヒルマン、梨田は野村自身のことをよく研究していたからその遺産によって栗山でも優勝できたのであり、栗山の力量によるものではないと言っています。さすがに呆れました。つまり言っていることは栗山監督の優勝さえも自分の影響によったものであると読めるものでした・・・、風が吹けばおけ屋が儲かる的な驚くべき詭弁。


<まとめ>


ヤクルト時代の優勝は自らの功績とし、阪神時代の失敗はオーナーや選手を痛烈に批判し責任を押しつけ。挙句の果てには、星野を推薦したのは自分であると、星野阪神の成功の要因を自らの推薦した眼力によるものとアピールし、好意を持っていない栗山監督の優勝をこともあろうに、風が運んでくれたもの、大きな意味で野村のノウハウのお蔭であるというもはや全くの頓珍漢な論理を展開。


つまり、ダルビッシュが抜けた日本ハムをもしあの時 梨田の後継として御本尊の野村克也が監督を引き受けていたら、無能な栗山監督で優勝できるなら名将野村克也であれば100パーセントの確率で日本ハムを優勝に導いていたという結論になる。しかしながら野村克也が仮に日本ハムの監督を引き受けていて優勝させることはできたのか 大いに疑問です、はっきり言えばチームカラーにも合わずまず無理だったのではないか。

野村克也は自分のことを過大に評価し、栗山監督を嫌いなのはいいが少々過小評価し過ぎてはいないだろうか。

フェアーな精神に著しく欠ける知性とは果たして本物なのだろうか。

次の記事へつづく三原チルドレン 栗山の二刀流を成功させたその信念


アストロズの強さの秘密 その戦略をセイバーメトリクス分析する 攻撃編

未分類
05 /18 2015

前回のつづきであり今回は アストロズの攻撃力をセイバーメトリクス分析します。

HOUの防御戦略を完結に一言でまとめると<無駄なBBを出さず、打球の質においてなるべくGBを多くし長打を避ける>というものです。四球はOBPへ通じますし、長打はSLGへ通じます。

「OBP+SLG=OPS」


超一級のエースがいないHOUにとっては、多くの奪三振Kなど望むべくもなく、現有の投手陣において最善の防御戦略であると言えます。


ではHOUが攻撃側に立った場合の戦略は如何なるものなのか? この防御戦略を180度ひっくり返せば、守る側にとっては嫌な打線ということになります。その攻撃戦略の理念を ざっくり書くならば


<打球の質において数多くのフライボールFBを打ち上げることによって、得点に直結しやすい長打を狙うと同時に、長打が多い打者は自然、投手も警戒してBBも増える>


というものです。


これがHOUの攻撃戦略の核となっていると見てほぼ間違いありません。みなさんが想像している通り、フライボールFB率リーグ1位です。更にはHR数1位、BB数4位という数値が並ぶことになりました。細かい指標を見ると選球眼もそこそこHOUはいい打者をそろえています。また+wRCが99という数字が示す通り、まさにリーグ平均の攻撃力を持っているHOUですが、純粋な長打力を示す指標と言われる長打率から打率を引いたISOだけは、リーグ1位という数字になっています。


この攻撃戦略にはそうしたストロングポイントを持つ一方、諸刃の剣でもあり、ウィークポイントとしてはFBばかり打ち上げれば、BABIPも自ずから低くなり、今日のスタメンでも200を切る打者が4人もいたように打率はリーグ最低。長打を狙えば、フルスィングを強いられるためKも増える。よってKもリーグ1位という結果になっています。


大事なのはチームの攻撃戦略として、各打者の意識が統一された中で、多くのKや低打率を恐れず、フライボールFBを積極的に打つことによって長打狙いを徹底するということです。結果BBも増えてきます。戦略にとって最も大事なことはチームとしてのベクトルを分散させることなく、一点に集約させること。よって戦略を徹底させた結果、アダム・ダンの劣化版左打者、マーク・レイノルズの劣化版右打者が数多くHOUの打線に組み込まれていることになりました。


一方においてHOUでは「投手の時代」においてはステロイドエラよりも相対的に価値が上がってきている<スピード>を担当する選手も3名置くことによって攻撃に多彩なバリエーションをもたらしています。SB数はリーグ1位。さらにHOUの凄いところはSB成功率が80を越えるといったものであり、数だけではなく内実をともなった盗塁数と言えます。さすがセイバーメトリクスにおいて最先端をゆくとも言われているHOUだけに盗塁成功率にもきっちりケアをしている印象です。


この強烈なパワーとスピードによってもたらされる攻撃のバリエーションは、接戦時において1点をもぎ取る際にも非常に有効であることが、今期のHOUに限ってはセイバーメトリクス的にもWPAの数値で証明されています。こう着状態を打破するには、何か一点突破できるようなパワーなりスピードといった強力なツールを持っていることが大事になってくるのかもしれません。WPAという指標では、リーグ平均クラスの攻撃力しか持たないHOUが、なんと3割打者を何人も要するリーグ最強打線KCとほぼ同等の数字のリーグ2位というのも、極めて印象的ではあります。道理で接戦に強いはずです。


以上がセイバーメトリクス分析をしたHOUの攻撃戦略の一端です。


防御においてGBがリーグ最多、攻撃においてFBがリーグ最多、攻守は表裏一体、ここにHOUの戦略の真骨頂があります。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。