多国籍化が進むメジャーにおいて、ほんとうに人種の身体的特性によって適性ポジションはあるのか

歴史
05 /16 2019

先入観なくジャッキーロビンソンがカラーラインが突破された1947年移行、終身スタッツを投打共に眺めてみたい。果たして人種とポジションに関係性があるのかないのか。腕の振りがものを言う投擲系の競技は一般に白人が強く、スピードやパワーは一般に黒人やヒスパニックが強いと当ブログでは推論を立てている。

尚、2009年のレポートによると有色人種の割合は.39.6%、白人の割合は60.4%であり、カラーラインが突破される前は基本白人が100%シェアを占めていたと考えてもらっていい。(厳密には違うが誤差の範囲)

すなわち有色人種はこの70年の間に0%から40%までシェアを伸ばしてきたと言える。

では次に当ブログがチョイスした実にシンプルな投手と打者のスタッツの人種別の占有率を眺めていただきたい。もし当ブログの推測が正しければ、各スタッツの上位者には人種における大きな偏在が認められるはずである。

MLB(2017年) 白人57.5%、ラテン系31.9%、 黒人7.7%、アジア人1.9% 。


●通算奪三振数 1~10位まで

ノーラン・ライアン
ランディ・ジョンソン
ロジャー・クレメンス
スティーブ・カールトン
ロバート・ブライルベン
トム・シーバー
ドン・サットン
ゲイロード・ペリー
グレッグ・マダックス
フィル・ニークロ

すべて白人

●通算勝利数 1~10位まで

Gマダックス
Rクレメンス
Sカールトン
Nライアン
Dサットン
Gペリー
Tシーバー
Tグラビン
Rジョンソン


すべて白人


●fWAR  1~10位まで

ロジャー・クレメンス
グレッグ・マダックス
ランディ・ジョンソン
ノーラン・ライアン
ロバート・ブライルベン
ゲイロード・ペリー
スティーブ・カールトン
トム・シーバー
ドン・サットン
●ペドロ・マルティネス

10位のペドロもバーランダーに取って代わることになる

フィル・ニークロ

すべて白人




●通算HR数  1~10位まで(パワーを図る指標)

バリー・ボンズ
ハンク・アーロン
Aロッド
ウィリー・メイズ
アルバート・プホルス
ケングリフィJR
○ ジム・トーミ
フランク・ロビンソン
○ マーク・マグワイア

白人はわずか2人に過ぎない

●通算盗塁数  1~10位まで(スピードを図る指標)

ヘンダーソン
ルーブロック
ティム・レインズ
コールマン
モーガン
ウィリー・ウイルソン
バート・カンパネリス
オーティス・ニクソン
ケニー・ロフトン
ファン・ピエール

すべて黒人もしくはヒスパニックの有色人種

いかがだろうか。データに偏在があるかないか、もはや論評の必要すらないだろう。

結論

人種の身体的特性によって適性ポジションはあると結論する。ただし個々の選手を拾えばペドロやサバシアのような優れた黒人、ヒスパニックの投手はいるし、同様にトラウトやイエリッチのような優れた白人野手も存在することは言うまでもない。ここでは、そういう個々のケースの話をしているのではないことはご留意いただきたい。












イチローが放ったブーメラン、本物のプロフェッショナルとしての立ち振る舞いとは。

歴史
03 /16 2019


2014年4月9日、イチローは野村克也が持つ日本プロ野球記録の3017試合出場に日米通算で並んだ。この時のインタビューでイチローはこう答えている。

(3017試合出場について)だから? という感じですね。出ているだけでカウントされるものに僕は価値を見いだせない。それに尽きる

至近距離から座ったまま集中力を要する一日百球以上もボールを受けるキャッチャーと、平均5・6球前後のボールしか飛んではこないライトでは出場する疲労度は雲泥の差があることは素人でも想像はつくが、野村克也という大先輩に対して微塵のリスペクトも感じさせぬ無礼な言葉として当ブログでは印象に強く残っている。おそらく野村克也に対する個人的なわだかまりがイチローにはあるに違いない。そしてその言葉が野村克也にも届くことは十分に承知しながら、ここぞとばかりにそのわだかまりを表出すことに何のためらいもない。

では、日本プロ野球記録を数多くコレクションする王貞治がもしその出場記録も持っていたとしたら、イチローはインタビューで同じような言動を取っていただろうか。尊敬する王貞治の記録なら、にこやかな表情で手のひらを返したような態度をイチローは取ったに違いない。(残念ながらイチローが人を見て、時に態度を大きく変える人物であることは明白である。)

(プロとして求められるパフォーマンスを発揮できなければ)試合に出ていることそのものに価値はないと言い切ったイチロー。スプリングキャンプの成績、打率0.080。2018年投手の平均打率にも満たない。真のプロフェッショナルとしての矜持とは、そして責任の取り方とは果たして如何にあるべきなのだろうか

辞めさせたがっている人も多いとイチローは言うが、「プロとして最低限、保障すべきプレーの品質とはどうあるべきか」についてどう考えているのだろう。セイバーメトリクスのWARという指標もまた、そのラインを明確に設定し、選手が試合に出場するだけではそれだけで戦力としての価値はないとしている。出ない方が余程ましであると認定される選手がいるとセイバーメトリクスでは考えられている。

現状のイチローはWAR0.0を超えることはもはや不可能だろう。

野球の神様から与えられたギフト(才能)を不断に磨き抜くこよって、イチローが成し遂げた不滅の世界記録は4376安打。イチローこそ、世界で最もヒットを放つことによってファンを最も数多く喜ばせてきた選手だったと言える。そのイチローが最後に野球の神様からギフト(贈り物)として用意されたのは、自らのキャリアをスタートさせた母国・日本での開幕試合出場であった。特別に祝福された存在なのだと思う。

しかしこれまで自分のプレーに対しては厳しい品質管理をしてきた本物のプロフェッショナルならば、最後まで己のプレーの品質に対して一貫した厳しい態度で臨むべきではないだろうか。かつて野村克也へ放った厳しい言葉はブーメランとなって自らを報復する。

来るべく日はもうそこまでやってきている。


メジャーリーグ最古のチームはシンシナティ・レッズではない

歴史
02 /03 2019


ナショナルリーグが設立されたのが1876年。ちょうどアメリカ独立宣言から100年後のことであった。

そのナショナルリーグに先駆けて、1869年にはじめて誕生したプロ球団をシンシナティ・レッドストッキングスという。このプロチームはまるでサーカス団のように旅から旅をして各地の素人チームを相手に華麗なプレーをし連戦連勝を繰り広げ、興行によって金を稼ごうとするもののわずか一年で頓挫する。

しかしシンシナティ・レッドストッキングスの監督ハリー・ライトは挫けることなく、1871年に「ボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」を立ち上げ、全米初のプロ野球リーグであるナショナル・アソシエーションに加盟する。尚この時シカゴ・ホワイトストッキングス(現シカゴ・カブス)も加盟する。シカゴ・ホワイトストッキングスはシカゴ・ホワイトソックスのルーツにあたるチームではないためにここにも注意する必要がある。

◎ポイント 現在もMLBで残っているのはレッドストッキングス(現・ブレーブス)とシカゴ・ホワイトストッキングス(現・シカゴ・カブス)の二つだけである。

やがて「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」はボストンへ移動し、「ボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」と名乗り、ボストンからミルウォーキーへ、そして現在のアトランタに居を構えることに至った。

◎ポイント アトランタ・ブレーブスの名前の変遷

シンシナティ・レッドストッキングス(1869年
ボストン・レッドストッキングズ (1871年 - 1875年)
ボストン・レッドキャップス (1876年 - 1882年)
ボストン・ビーンイーターズ (1883年 - 1906年)
ボストン・ドゥーブス (1907年 - 1910年)
ボストン・ラスラーズ (1911年)
ボストン・ブレーブス (1912年 - 1935年)
ボストン・ビーズ (1936年 - 1940年)
ボストン・ブレーブス (1941年 - 1952年)
ミルウォーキー・ブレーブス (1953年 - 1965年)
アトランタ・ブレーブス (1966年 - )

1882年にこの最古のプロチームである「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」の移動した後釜に座ったのが、現在のシンシナティ・レッズ。つまり、最古のチームである「シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)」と「シンシナティ・レッドストッキングス(現 レッズ)」と名前は同じではあるが 全く別のチームなのである。

あくまで現在のシンシナティ・レッズの創設はオフィシャルとして 1882年にある。一方、アトランタ・ブレーブスのツールを辿れば1869年のシンシナティ・レッドストッキングスまで遡ることが可能となる

1975年のワールドシリーズはシンシナティ・レッズVSボストン・レッドソックスであった。歴史に残る激闘であったといわれいる。シンシナティ・レッズはシンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)を、ボストン・レッドソックスはボストン・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)をオマージュとして設立されている。だからこそ1975年のワールドシリーズのVTRを見ると2つのチームのユニフォームは瓜二つなのです。

もしメジャーリーグで名門と問われたら、圧倒的な優勝回数を誇るNYYでももちろんかまわない。しかし私ならアトランタ・ブレーブスを挙げる。なぜならもともと市民のスポーツであったベースボールをショービジネスの興行としても十分にビジネスとして採算が取れるとハリー・ライトが閃き、最初にプロチーム、シンシナティ・レッドストッキングス(現 アトランタ・ブレーブス)が誕生しなければ、プロリーグなどそもそも成り立なかったからである。

結論

トラディショナルオープナーと言って、かつてメジャーでは最古のチームに敬意を払いシンシナティ・レッズの試合だけを他のチームに先駆けて1試合のみ開幕試合を行っていた。あるいは2015年にシンシナティでオールスターゲームが行われた際も、シンシナティ・レッズこそがメジャー最古のチームであるとそれを最大のセールスポイントに挙げていた。

しかしメジャー最古のプロ野球チームは現在のシンシナティ・レッズではなくあくまでアトランタ・ブレーブスであり、かつてシンシナティ・レッドスットキングスと呼ばれていたチームである。そして、それは繰り返すが決して現在のシンシナティ・レッズのルーツに繋がるチームではないのである。

メジャーの歴史における初歩的な知識であるため、是非 抑えておいて欲しい知識でもある。




カブス史上最悪のトレード セイバーメトリクスの限界とルー・ブロックに輝きをもたらしたもの 

歴史
09 /18 2016


ルー・ブロックと言えば、打率300 3000本安打 1000盗塁にメジャー史上最も肉薄した選手としての印象が強い。リッキー・ヘンダーソン出現以前において、盗塁の象徴と言えばルー・ブロックであった。カブスの歴史においてルー・ブロックを1964年にフラッグディールで放出したトレードは、史上最悪のトレードとされており、ブロックは移籍先で一気に才能を爆発させることとなる。

カブス時代のブロックと言えば、外野守備ではボロボロと落球し、打率も260前後と平均的な打者であり、唯一の取柄は足の速さであったがチームの方針もあって盗塁はわずか20個前後にとどまっていた。当時低迷を続けていたカブスのオーナーであるリグリーはひとつの打開策として、監督グリムを含む8人のコーチが交代で指揮を執るという前代未聞の策をとったと言われている。

監督が代わるごとにチームの方針が数週間毎に変わったカブスに上昇する気配があるはずもなく、選手としてブロックは大変戸惑ったともいう。更にはクラブハウスでの新人への陰湿なイジメのようなものもあり、ブロックは精神的に極めて厳しい環境の中でカブス時代を過ごしたと自伝でも書いている。常に失敗を恐れながら、ブロックはプレーしていた。ところがそんなブロックの潜在能力に目をつけていた監督が、カブスではなく他のナショナルリーグのチームにいたのである。それがSTLの監督ジョニー・キーンであった。 21勝という最多勝も受賞したこともあるエースのアーニー・ブログリオを放出してまでも、STLはブロック獲得へ積極的に動いた。

当初カブスは使えないブロッグを餌に大魚のエース格を釣り上げることができたとして狂喜乱舞の騒ぎとなった。しかしカブスへ移籍したアーニー・ブログリオは1964年以降全く振るわず三流投手になったのに対して、「自然体で、好きなようにプレーしてくれ。走りたかったら、好きに走っていい。ウチの機動力野球のリーダーは君だ」とキーン監督はブロックにグリーンライトを与え全幅の信頼を示した結果、ブロックはこれまでの精神的な一切のくびきから解放され、見違えるような選手として生まれ変わることになる。

1964年カブスでは251だった打率も6月15日以降カージナルスでは348にまで跳ね上がり、移籍後だけで実に33個もの盗塁を決めることとなる。このブロックの大活躍もありセントルイスはペナントを逆転優勝し、最後はワールドシリーズでもヤンキースを破り、見事、世界一に輝くこととなった。

この1964年のワールドシリーズにまつわる物語は「さらば、ヤンキース」を紐解けば、克明に描かれている。時代に適応できず、アフリカ系の選手を拒否し、このワールドシリーズを境に没落してゆくヤンキース帝国の黄昏。対照的にルー・ブロックやボブ・ギブソン、カート・フラッドらのアフリカ系の選手が主力となってチームを牽引し1960年代に二度も世界一に輝いたカーディナルスの姿をハルバースタムは見事に描くことに成功している。

ブロックを選手として開花させた最大の要因は、間違いなくメンタルにあった。ブロックのメンタルをキーン監督がフォローしたからこその大ブレイクであったと言っても過言ではない。増井がコンバートされて以降、劇的な活躍ぶりを示している最大の要因も、技術の進化などではなくまさにメンタルであった。絶対に失点できない場面でのクローザーから、ある程度の失点は許容され、試合を作ることが仕事であるスターターになった時、パフォーマンスは劇的に改善された。

サッカーのPKでも平均的な成功率というものが膨大なサンプルから求められるが、明らかに成功率が上昇するシーンと下降するシーンがある。外れても同点であり決めれば勝つというシーンでは際立ってPK成功率が高く、これで外したら負けるというシーンでは明らかにPK成功率が下がる。スポーツ心理学でも明らかになりつつありますが、メンタルがパフォーマンスに影響を与えていることは統計的にも明白であるのです。

今から10年前近くにセイバーサイトの説明を読んでいるとデジタルなアプローチこそが有意義であり、曖昧でアナログなメンタルがパフォーマンスに与える影響はないのだと結論していました。あるいは勢いや流れといったものも選手のバイアスに過ぎず、セイバーメトリクス的にはそうした主観的なものは排除し、客観的なデジタルの数字を取り扱うことが正しいあり方なのだともありました。

この文言を見た時、当ブログはセイバーメトリクスという技術の限界をはっきりと感じ取り、一定の距離を保ちつつもそこから学ぶべきものだけをしっかりと頂き、学ぶという態度を採ることにしました。

たしかに解説者もよくいう勢いや流れというものの多くはバイアスに過ぎないとは当ブログでも考えています。例えば四球でランナーが出すと流れが悪くなる。シングルでランナーに出すのとでは大違いであり四球は失点につながりやすいと解説者はよく言います。しかしそうしたアナログな解説者が力説している定説は基本的には真っ赤な嘘であるというデータが出ています。典型的なバイアスの例です。かくいう私自身、解説者の言う勢いや流れという言葉の8割は眉唾と聞き流している。

しかしであるから、アナログな解説者や実際に試合に出ている選手が言う、すべての勢いや流れというものがほんとうに実在しないかと言えば、必ずしもそういう結論にはならない。

勢いや流れというものがなければ、なぜベースボールというスポーツに予測を超えたドラマ性というものが生ずるのかが確率論では本当の意味で説明できない。ものすごくわかりやすい例を出します。2016年もはやPO進出も諦めた状況でヤンキースがファイアーセールをしてからの快進撃などは、セイバーメトリクスで予測することは可能であったかということです。主力をこれでもかと放出したヤンキースがシーズン終盤にPO進出圏内に入ってきた。チームの勢いとしか説明できないものが明らかに夏場のヤンキースにはあった。セイバーメトリクスで後から分析し説明することは何とでも後付けで可能です。しかし予測は不可能であった。

それは複雑系の<非線形な地震発生>という事象を<線形の確率論>で予測できるとして、予知を外し続けてきた日本の地震予知と極めて近いものがあります。詳しくは地震学のゲラー先生に譲るとして、複雑系の非線形な事象を確率論という線形で未来の予知を語るには必ず知の限界が出てくるのです。セイバーメトリクスによるプロジェクションとは、過去のデータを統計処理したものから未来の予測を試みるというものであり、一定の有効性は認められるにせよ、そうした統計の枠を超えたところに、ベースボールのドラマ性というものは生ずる。

勢いや流れといった非線形な事象を線形による確率論で的確に捉えることなど土台、不可能であるとしか言いようがないのです。

セイバーメトリクス分析については当ブログの得意としている分野の一つではあります。しかしながらベースボールの全体性を把握するにはデジタルや線形という一面的な切り口だけでは絶対に不可能であり、セイバーメトリクスの限界についても絶えず意識しながら分析も試みてきました。デジタルとアナログ、フィジカルとメンタル、線形と非線形といった相反するアプローチを同時並行して行わなければその全体像へ迫ることはできません。確かに野球は数のスポーツでありデジタルな確率論が極めて有効となるスポーツでもある。しかしメンタルやケミストリー、勢いや流れを単純に否定する一部のセイバーメトリシャンが是とする態度は知性の欠如そのものである。



落合はフィールドしか見ずに監督業を行ってきたが、三原脩はスタンドとフィールドの両方を視野全体に治めていたように、野村克也が弱者の戦略に固執してきたのに対して、三原脩は弱者の戦略も強者の戦略も、どちらも融通無碍にゆくことができた監督でした。

スタンドとフィールド、弱者の戦略と強者の戦略、デジタルとアナログ、フィジカルとメンタル、線形と非線形、そこには明らかな境界線(マージナル)が存在しています。それらの二つがセットではじめて全体を成しているのであり、そのどちらに偏ることもなく、様々なるマージナルを自在に超えてベースボールを俯瞰し、その限りない深みにあるものを透視してゆく融通無碍な認識のあり方こそを求めなければならない。

結論

「ベースボールとはメンタルなスポーツであり、ケミストリーはチームスポーツにあっては極めて大事であり、勢いや流れは単なる主観的な思い込みなどではなく確実に存在する。」

これについては100%揺るぎない真理であると断言しておきます。そしてこの結論に至ったとしても、それは1ミリたりともセイバーメトリクスの有効性を否定するものではないことも付け加えておきたい。アナログな勢い・流れ、メンタルなものを安易に切り捨てる、誤ったセイバーメトリシャンの考え方を受け入れる必要など全くない。

その出自がバリバリのオールドスクール出身でありケミストリーを極めて大事にしつつも、同時にデジタルなデータ主義も柔軟に受け入れる名将マドンを見ていただきたい。どれだけセイバーメトリクスを学ぼうが、オールドスクールへ一定の敬意を示すようでなければ決して本物ではない。


大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。