セイバーメトリクス的には新人王は文句なしに大谷翔平がふさわしい理由を明らかにする

大谷翔平
09 /10 2018

大谷と新人王候補であるアンドゥハーを比較する際に、フェアーを気取って出場試合数が少ない、打率が300に達していない、規定打席に達してしない、本塁打の数が20本にあと一本足りず負けている、と大谷劣勢を分析するメジャーファンが多いが、セイバーメトリクスを理解していない人達によるフェアー気取りの分析よりも、彼らが主張することをすべて網羅しつつ限りなくフェアーな指標こそがセイバーメトリクスにはある。

それがWARという指標である。

特にこのWARという指標は健康というツールを過大でも過小でもなく適正に評価できるところに最大の特徴がある。つまり本来的にWARはアンドゥハー有利の設計となっている。。WARという指標の存在自体は誰でも知っているが、よく理解していない人が想像以上に多いために(コメント見れば一発でその理解度はわかる)fWARについて細かい部分は若干違うことは知りつつも、大筋においては正しく、わかりやすさを最優先させてこの記事は書くことにする。

大前提としてWARが無欠な指標ということはあり得ないが、その設計理念なりを正しく理解しかつ否定するのと、よく理解もせずに否定するのは全く違うことを最初に指摘しておく。

まずはざっと二人の数値を挙げる。

大谷      
OPS 964 打席数 289 DHポジション補正 -17.5 守備力 0

アンドゥハー 
OPS 853 打席数 497 3rdポジション補正 +2.5 守備力 UZR -13

まずポジション補正を見るとデフォルトでもし全162試合出場すると 大谷はDHであるために-17.5得点をくらうことになり、アンドゥハー+2.5得点加算されることになる。両者の差はこのポジションの難易度によってフル出場したならば、すでにデフォルトで20.0のアドバンテージがアンドゥハーに与えられることになる。

ちなみにこの20.0というアドバンテージの差はWARに換算すると2.0の差がつくことを意味している。2.0という数字をわかりやすく言うと、青木が全盛期に一年間フルで働いてようやくたたき出す数値である。青木メジャー通算5年で9.7WAR。これほどに大谷はDHとしてのハンデをセイバーメトリクス的には負っていることを知らなければならない。

実際大谷は162試合に出場しないためにポジション補正は-10.0得点前後を食らうことが予想される。(162試合DHなら-17.5のマイナスを食らう)。一方全試合を出場するアンドゥハーにはほぼ+2.5が与えられることになる。

よってふたりのポジション補正の差はちょうど13.0前後となる。この13.0という数値こそ、壊滅的な守備力で度々チームをピンチに陥れてきたアンドゥハーの守備力UZR-13.0とほぼ一致する。つまりいくらDHとサードというポジションの難易度に差があってもアンドゥハーの守備力の酷さがその差を完全にカバーしてしまっていることになる。それほどにアンドゥハーの守備力は酷いことがわかる。だから最近ではヤンキース、ゲーム終盤にはサードに守備固めを入れられる始末である。

では、次に攻撃力の比較をしたい。

たしかに打席数を見ると大きな差がある。OPSもアンドゥハーはしっかりした数字を残している。しかしヤンキーススタジアムという典型的なヒッターズパークをホームにしている打撃成績であるために、WARでは平均的なスタジアムをホームにした場合の補正がかかることになる。AL東地区はトロピカーナフィールドを除いてヒッターズパークが多数である一方、西地区のPFを見るとTEXのアーリントンを除いて典型的なピッチャーズパークが多数を占めている。

過去三年のホームPF平均を参考までに出してみる

ヤンキーススタジアム 1.080
アナハイムスタジアム 0.970

今回はこの数字を採用して先に話を進める。つまりよりフェアーに両者のOPSも平均的なボールパークを基準に補正するとアンドゥハーOPSは8%ほど減じる必要があり800以下の扱いになるのに対して大谷のOPSは3%ほど上げる必要があり900後半の大谷はOPS1.000扱いにすることをセイバーメトリクス的にフェアーであると考えられるわけである。最終的にはOPS800の打者が489打席と立つのとOPS1000の打者が289打席立つのをリーグ平均の打者に比べて得失点差換算して、どれだけの攻撃力を有しているのか、セイバーメトリクスではオフェンスWARとして算出している。

(今年、アナハイムスタジアムは改修はされており、PFの数値は0.970よりやや上方修正を迫られるかもしれないが、いずれにしてもヤンキースタジアムよりも打者有利ということは絶対にあり得ない。またここではお馴染みのOPSを使っているが本来はwOBAを使用する。便宜上わかりやすさを優先、)

リーグ平均OPSは730である。

アンドゥハー 800 (PF修正後のOPS)-730 (リーグ平均OPS)=70
大谷     1000 (PF修正後のOPS)-730 (リーグ平均OPS)=270

アンドゥハー 打席数 497
大谷      打席数 289

質(OPS) × 量(打席数) = 全体(攻撃WAR)

大谷     oWAR 21.2
アンドゥハー oWAR 17.3

打席数を加味すると大谷は平均的な打者に比べて21.2得点多く攻撃力で稼いでいるが、アンドゥハーは17.3得点、平均的なメジャーリーガーよりも攻撃力があると計算される。

たとえ打席数が少なくても大谷の打席の質・攻撃力が高ければオフェンスWARではアンドゥハーの上をいっているのがセイバー的には揺るぎない事実である。総合fWARはざっくり言えばディフェンスWAR(守備力を得点換算)とオフェンスWAR(攻撃力を得点換算)にベースラニングを得点化したものを足し、最終的にポジション補正をし平均レベルからリプレイスメントレベルに転換することによって求められる。毎試合出場するアンドゥハーはこのリプレイスメントレベルへ転換する際に、大きなアドバンテージを得る。
かくして

大谷     fWAR 2.4
アンドゥハー fWAR 2.3

となる。更に大谷は投手のfWAR1.0があり、トータルWARは3.4であり大谷に軍配が上がることになる。セイバーメトリクスのWARがどのような設計になっているのか、理解していればごく一部を除くヤフコメ民のような頓珍漢なコメントが増産されることは絶対にない。

もしアンドゥハーがリーグ平均レベルの守備力を持っていたら、UZR-13失点分がWARに加算されることになり単純に2.3に1.3を足せばWAR3.6となり、大谷の3.4を上回ることになる。よって新人王は文句なしにアンドゥハーで決まりだろう。しかし実際、大谷のWARはアンドゥハーよりも1.1も上回っている以上、セイバーメトリクス的には文句なしに新人王は大谷で決まりである。もっとも投票するのは記者であり、セイバーメトリクスへの理解度もピンキリである。ヤフコメ民の認識と大差はない勉強不足の記者もかなりの数いる。ちなみにTV解説者でWARについて説明できる人は皆無。小早川にしても残念ながらセイバーメトリクスのWARについては全然理解していない。結論としてはWARという指標の持つフェアネスの感覚からすれば、私ならば大谷へ一票を投じる。ただ繰り返すが、もしアンドゥハーの守備力がリーグ平均レベルにあれば、投票はアンドゥハーにする。」

1WARとは10得点、選手が稼ぐことによって生じるのであり、UZRの数値を単純に1/10にすればその数値がWARに直接反映されることになる。言われてハッと気づく人もいるに違いない。それほどにセイバーメトリクスの理解というものが日本にはまだ根付いていない。

今話をしたのはfWARではあるがrWARでは 守備指標がDRSを使われており-24というもはや救いがたい数値でありアンドゥハーのWARを守備だけで-2.4も食らうことになり、推して知るべしということになる。

守るポジションも過小評価すべきでないように守備力もまた過小評価してはならないことがアンドゥハーの例は明示する。ヤフコメを見る限り、攻撃力を過大評価し守備力を過小評価するというバイアスは今でも相も変わらず生きていることを痛感する。

ちなみに「WARがなぜ平均レベルの選手を基準にせずに、リプレイスメントレベルの選手を基準して設計されているのか?」この深い問いかけに真っ向から回答できる人がどれだけいるだろうか。WARがリーグ平均レベルとの比較でも良さそうだが、リプレイスメントレベルでなければ絶対に駄目な本当の理由をきっちり答えられる人はおそらく極めて少ない。

いずれ機会があればこの話もしていきたい。














なぜエンジェルスを大谷翔平は選んだのか?ソーシアと栗山監督の違いを明らかにする

大谷翔平
12 /18 2017
日本ハムとエンジェルスがどれだけ違うチームかまず分析する。

日本ハムはセイバーメトリクスに基づいた「ベースボール・オペレーション・システム」(通称BOS)を運用し、それを土台として1軍2軍も含めた現場とフロントの全体に対してオープンとなった情報を共有し、互いの意識に齟齬がないように民主的に話し合い、戦略的に一体となってチームの理想的な未来像に向かって力を合わせるカルチャーを持っている。

一方、エンジェルスはオーナー・モレノの直下にソーシア監督がおり、チーム最大の権限を握っている。新思考派のGMとオールドスークルの監督で意見が違えるとき、パイレーツなどは互いの立場に理解を示し、フィールドに立つ現場の知恵とフィールド外においてコンピューターによる数理解析を担当する新思考派の知恵がアウフヘーベンされて、より高次なものへ昇華する理想的な姿が現出することがあるが、エンジェルスの場合は監督とフロントが歩み寄るというよりもこれまではしばしば監督がGMの首を切るという形で問題を解決してきた歴史がある。

つまり、日本ハムのカルチャーが民主的かつボトムアップ式で組織の運営を戦略的に推進させてきたのに対して、エンジェルスは独裁という言い方がふさわしいかはともかく、オールドスクールのソーシアによるトップダウン式によって組織を運営してきたという特徴がある。新思考派の意見を上手に取り入れて、思考をアウフヘーベンさせずソーシアのオールドスクールの意見がまかり通る時、だんだん時代に適応できず古くなり、エンジェルスの最近の停滞の一つの要因となっている可能性はあるかもしれない。

このようにチームのカルチャーが大きく違うのが日本ハムとエンジェルスである。

またマーケットにしても、日本ハムはスモールマーケット故にオークランドやレイズのようにFAやポスティングで次々と育成した選手を国内外問わず放出してきたのに対して、エンジェルスは2000年代ディケ―ド最高のプレイヤーでもあるプホルスやサイヤンガーであったグリンキーも獲得したように、大きなマーケットを持っている。事実、おそらく2018年のペイロールは贅沢税のラインを優先課題としているヤンキースとほぼ変わらない金額になることが予想される。35歳キンズラーも獲得し、完全に勝負モードに入ったエンジェルスではあるが、終盤においてチームの勝利を優先する状況が来たとき、果たして大谷を育成することは最優先事項になるのだろうか。現実的に考えて、大谷が上手にメジャーの環境に適応できず、シーズン終盤でPO争いをしている時、育成の話がいったん保留状態になる可能性がある。

ビックマーケットとスモールマーケットという違いが、日本ハムとエンジェルスの育成も含めた根本的な戦略において明らかな違いを生み出している。

更には監督自体もソーシアと栗山もタイプが全く違う。奇策を好んで使うマジック系統の栗山とセオリーとデータを重視するオールドスークル系統のソーシアと分類することも可能である。(ただしここで言う奇策とは、ヒットエンドランやスクイズの類のスモールにおける奇襲の事を言っているのではない。奇襲ならソーシアは好む。成果の出た二刀流を運用するならともかく。成功するかどうかなど全くわからない二刀流をフロンティアととしてやってみるという発想はソーシアに基本的にない。)

このマジック系統の監督は二刀流に代表されるように奇策を用いるのを信条とするの同時に、ドラマを演出したがるという大きな特徴がある。一方、オールドスークルはデータを重視セオリーし、とことん拘り手堅く勝つこを好む傾向にある。

例えば、オールスターで投手イチローを采配したのは、仰木監督であり、それに乗らなかったのは野村監督である。水と油と言ってもいいこの両者が、なぜここまで違うのかというとその出自に答えはある。野村監督が大変尊敬していた監督は川上監督であり、はじめてドジャース戦法を日本に輸入した監督こそ川上であり、無死でランナーが出れば型通り送りバントをする手堅いスタイルが川上野球であった。このV9の頭脳でもあった森監督と野村監督は昵懇であり、現役時代から日本シリーズの始まる直前になると森が敵の情報を収集すべく夜を徹して森と野村は野球論議に花を咲かせ、この森との会話の中で、野村は川上野球のエッセンスを盗んだとも言われている。

この巨人の型にはまり鉄壁の強さを誇った野球を面白くないと一蹴し、プロとはファンをワクワクさせてナンボであると打倒巨人を掲げて数多くのドラマを演出したのが三原脩であった。「野球とは筋書きのないドラマである」という言葉を遺した三原脩に終生慕い、仰木彬は心服していたと言われている。仰木の采配ぶりは極めて三原に似通っていると言われ、三原マジックならぬ、仰木マジックと言われた。仰木彬の墓は三原脩の対面に立てられているからも仰木の三原脩に対する念いの深さは窺い知れよう。

三原脩同様に仰木の監督人生は極めてドラマティックなシーンに彩られていた。近鉄時代の10・19最終決戦やラルフ・ブライアントの4連発など球史にそのドラマは刻まれている。またイチローという名で世に出した仰木のプロデュース力も、三原脩譲りと言ってもいい。

同様に三原脩を師とする栗山英樹もまた、栗山マジックと言われ数多くの奇策を用いてファンをアッと言わせると共に、昨年の奇跡の大逆転優勝を「2016 ドラマ 北の国から」と命名したように。よくもわるくもドラマ仕立てにすることを信条とする監督である。奇策とドラマがこの魔術師系の監督の大きな特徴である。

一方ドジャース出身のソーシアは現役時代よりドジャース戦法を信条とし、データ好きであり、歴史的にもドジャース戦法をルーツに持つ野村克也と同じく分類することができる。野村とソーシア、キャッチャー出身のづんぐりむっくりとしたデータ好き、知将とも称されどこか似ていると感じるのは決して私だけではあるまい。野村克也と栗山英樹とそりが合わないのも、監督として巨人の野球のアンチテーゼとして出現した三原脩を支持する栗山と川上の野球に傾倒する野村との違いとも言えるかもしれない。

以上まとめると歴史的な日米の野球の歴史から眺めても、栗山監督は仰木マジック、三原マジックという三原脩をルーツに持つ魔術師系統に類するのに対して、ソーシアは野村IDや西武森監督の典型的なオールドスクール系統に属すると言える。つまりメジャーで言うと、栗山監督はフロンティア精神旺盛な守備シフトを最初に大々的に取り入れたマドンのマジック系統になると言ってもいいだろう。マドンも現役時代のめぐり合わせ上、出身はオールドスクールでありソーシアの弟子筋ではあるが、徐々に魂の奥底に眠っていた魔術的なものが目覚めて本領が発揮されるようになったと言える。

青は藍より出でて藍より青し。

師のソーシアを弟子のマドンが超えていった様を表す言葉である。メジャーにおける大谷の活躍如何によってはソーシアを野村、マドンを栗山と入れ替えても後世の歴史家は何の違和感も抱かない可能性がある。新思考派の考えを「現場を知らぬ戯言」と一蹴せずに、セイバーメトリクスに対しても心をオープンにして貪欲に新しいものを取り入れる姿勢がマドンにはある。

このように日本ハムとエンジェルスはきちんと分析すれば似ているどころか、対極にあるチームであると言ってもいい。

以上まとめる。

●ボトムアップ型の民主的な日本ハムとトップダウン型の監督の独裁的なエンジェルス。
●マーケットが小さい故に育成重視の日本ハムとプホルスやグリンキーも獲得したようにFAに積極的なエンジェルス。
●魔術師系の栗山監督とデータとセオリー重視するオールドスクール系のソーシア監督。

分析をした限り、なぜ大谷がエンジェルスを選択したのか今一腑に落ちなかった。ではなぜこうした大きな違いがあるにもかかわらず、大谷翔平はエンジェルスを選択したのか。

その最大の理由はモレノ―オーナーにある。直々に、交渉の場で大谷と話した結果、二刀流でもって育成することをオーナーが確約したとされる。

通常オーナーがフィールド上のことに対してあれこれ口を挟むことはない。しかしながらこの大谷二刀流については、オーナー直々のお達しであり、ソーシアと言えどもその方針に逆らうことはできない。

以上 大谷翔平がエンジェルスを選択した最大の理由である。ソーシアへの警戒は杞憂のものとなる可能性があると言えるかもしれない。 ただソーシアをあまり信用することはしない方がいいとは思っている。

松井をスケーブゴートにしたソーシア、大谷翔平はいずれ栗山監督が如何に優れた指導者であったか改めて知るだろう。

大谷翔平
12 /14 2017
松井がFAで2010年にLAAに入団し、OPS820とピッチャーズパークを本拠地にしている割にはそこそこの結果は残したものの失敗と判定されるような成績もなかったが期待に大いに応えたというものではなかった。LAAのチーム成績はケンドリック・モラレスの負傷を境にして失速した。

この時、痛烈に松井をスケープゴートとしてこき下ろし、不調に終わったチームの責任を主砲松井に押し付けるかのようなコメントをソーシアがしたことは今でもはっきりと覚えている。

大谷二刀流が大バッシングにさらされても栗山監督は守り抜いたように、どんなにバッシングされてもトーリ監督は断固として松井を守り抜いた。あるいはソーシアの弟子筋であるマドンもレイズ時代には全く打てない松井を最後まで使い続けて、徹底して擁護する姿勢を見せてくれた。

松井がオークランドに移籍してもゲレン監督時代には、ベンチウォーマーとして蔑ろに扱われていたが、シーズン途中にメルビンに監督が代わってからは、松井への信頼感を采配によって態度を明らかに示し、以後、松井は別人のように働いてみせた。苦しい時、その人物の本性が現れる。負けた責任を主砲松井に押し付けるソーシアの姿を見てきた者としては、どうにも信頼できかねる部分がある。

ある外国人選手が慣れない日本の野球に適応できずにとても苦しんでいた。しかし監督は我慢強くその外人を使い続けた。やがてその助っ人は野球に適応するようになり才能を開花させ、本塁打王を獲得するまでになる。その外国人とはレアードであり、監督は栗山英樹である。他の監督なら駄目外人としてレアードは終わっていた可能性が極めて高いと一般に言われている。おそらく栗山監督でなければレアードをの力を開花させることはできなかったに違いない。

もし松井がヤンキースに入って、トーリのように我慢強い監督でなければ全く違うメジャー生活になっていた可能性は誰も否定できないだろう。選手が力を発揮するのに、監督との相性や力量というものが如何に大事かをこれらの例は示している。

松井に対する監督の接し方でも明らかなように、忍耐強い監督もいればそうでない監督もさまざまにいる。メジャーでは日本の栗山監督のように甘くないというのは、見方は余りに画一的なモノの見方をしており、メジャーを注意深く良く見ていない証拠でもある。

大谷二刀流が結果が出ない時に、とくに打撃において不振になった時、ソーシアは果たして栗山監督のように身を呈して守るだろうか。松井が不振の時、ソーシアは本音を覆い隠して、通り一遍のコメントをしていた時期はあったが、トーリのように松井に対する深い信頼感が、そのコメントの奥底にはなかった。

栗山監督は選手のせいだけには絶対にしなかったし、これからもどれだけ聞き飽きたと批判されようとも「使った監督の俺が悪い」と言い続けるに違いない。

理想があるからボヤくという自己正当化するための詭弁を弄する監督もいたが、オフィシャルな場で選手を擁護することはあっても、決して批判したりしない栗山監督に理想はないのだろうか。実は理想があるかないかと、ボヤくボヤかないを結び付けるには、そこには明らかな論理的な飛躍があることをはっきりと指摘しておきたい、これを詭弁という。

また1番ピッチャー大谷のようなドラマ演出する発想もまずないのがオールドスクールのソーシアという監督でもある。レアードといい、大谷二刀流といい、栗山監督でなければここまで大成することはおそらくなかったに違いない。監督としてはソーシアと栗山はその歴史的な背景からその出自を分析しても180度違うタイプの監督と言っても過言ではない。もし機会があればその根拠についても突っ込んでいずれ話をしてみたい。

結論

大谷が順調であれば何の問題もないしソーシアもニコニコでそれを願っているが、苦境に陥った時、必ずソーシアの地が出てくる。見切りも早い監督である。GMよりも権限がある。トーリのような我慢強さはない。栗山監督はどんな時でも監督は選手の味方であったが、ソーシアは決して同タイプの監督ではない。大谷翔平はこれからの長いメジャー人生の中で栗山監督が如何に優れた指導者であったかを改めて知ることになるに違いない

お祝いムードに流されて、どういうわけか何を根拠にしているかは不明であるが日本ハムとエンジェルスが似ているとか(客観的に見て私には全然似ているとは思えない。いったいどこが似ている?)単純にソーシアは知将でいい監督であるとされているが、ほんとうにそうなのか今一度踏みとどまって思考するのも悪くはない。

少なくともそうしたものに流されないことを常に当ブログでは信条としてきた。

ちなみにジラルディは9年連続で最優秀監督賞ポイントを獲得したことに気づいている人はそうは多くない。ジラルディを無茶苦茶言っていた田口荘が同じ立場を与えられたとしても、ジラルディと同程度の仕事を成すことはほぼ無可能に近い。

最優秀のモリタ―、22連勝のフランコ―ナ、世界一のヒンチの3人以外でジラルディはポイントを獲得した唯一の監督でもある。地区優勝のBOSのファレルにはポイントは入っていない。ジラルディの欠点についても当ブログでは分析済みではあるが、総合判断としては9年連続ポイント獲得、910勝710敗の通算成績が物語るように、間違いなく有能な監督である。このジラルディについても周囲の意見に当ブログは流されることは断じてなかった。

リスクを取ってリアルタイムで指摘していただけに説得力もあると思うが、例えば守備シフト。

2011 295
2012 297
2013 297
2014 299 守備シフト元年
2015 299
2016 300
2017 300

2014年に爆発的にシフト数が増えて、シフトによって攻撃力が劇的に下がったとライターたちは書きたて、大多数の人たちは解説者も含めてその情報を見事なまでに鵜呑みにした。守備シフトが爆発的に増えて以降、BABIPは下がっていないどころか、むしろ上がっているのである。BABIPが高止まりすることを当ブログのように予見していた記事はほとんどない。事実として当ブログはライターの垂れ流す情報に決して流されることはなかった。

大谷のDバックス入りだけはないとも当ブログでは断言してきたが、タブロイド紙の情報にまんまと乗せられた人は決して少なくなかった。

情報を精査する本当の意味でのリテラシーの力を常に我々は試されている。

大谷翔平についてのスタンス

日本ハムOB・野球評論家・プロ野球ファン・日ハムファンから二刀流・大バッシングのまさしく四面楚歌だった新人時代から一貫して栗山監督及び大谷二刀流の擁護する立場を貫く。

メジャーに大谷レベルの選手いくらでもいるとした二刀流否定派・メジャー通による「ゴロゴロ大谷説」も日本ハム時代から一蹴。

当ブログのポリシー

「これは現代に繰り広げられる壮麗なサーガであり、神話という文脈の中で大谷翔平という選手を捉えなければ、その実相は決してわからない。」

写真は古代ギリシャの神殿。